滅掌の延慶 十八
【これまでのあらすじ】
衛は遂に、延慶の水月に渾身の一撃を命中させた。
しかしその時、延慶は『衛が武心拳の使い手である』ということ───そして、『衛がヤンロンの弟子である』ということに気付く。
不敵な笑みを浮かべる延慶は、衛に向けて必殺の一撃を放とうと、その右掌を構え───
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その時である。
「延慶ェェェェェェェェッ!!」
「む!?」
「っ!?」
何者かの声が、公園に響き渡る。
それを耳にし、延慶は技を中断。
構えを解き、声の方向へと顔を向ける。
衛も同様に、そちらに目をやった。
そこは、園内に設けられた梅林であった。
木々の間に、柄の悪そうな男達が、十人ほど佇んでいる。
中央の男を除く全員、右手の爪が異様に長い。
人間ではなかった。
化け物───『つめなが』と呼ばれる妖怪であった。
「ひ・・・ひひひ・・・!見つけたぞ延慶ェ・・・!それに・・・そこにいるのは魔拳か・・・!まさか、マジで魔拳と喧嘩してやがるとはな・・・!!」
中央の男が、ひきつった笑みを浮かべる。
そして、右手を掲げて見せた。
他のつめなが達とは違い、爪が短い。
先端が歪な形をしていた。
まるで、何らかの形で砕かれたかのようであった。
衛は、その男が誰なのかは知らなかった───見覚えもなかった。
男の名は正吉。
二日前の夜、延慶によって自慢の爪を粉砕されたつめながであった。
延慶に復讐すべく、同じつめながの仲間達を引き連れ、この場に姿を現したのである。
「てめえに折られたこの爪の恨み・・・!晴らさせてもらうぜェ!!」
正吉は、殺気を声に滲ませながら、そう叫んだ。
「てめえら、魔拳共々やっちまえ!!」
正吉の言葉に、取り巻きのつめなが達が、右手の爪を一斉に構えた。
ある者は、嘲りを。
またある者は、恐れを。
そしてまたある者は、義憤を。
様々な表情を浮かべながら、衛と延慶に、爪の先を向けた。
(クソ・・・気付かなかった・・・!)
つめながの集団を睨みながら、衛が眉をひそめる。
不覚であった。
延慶が放つ強大な妖気によって、つめなが達の接近を感じ取ることが出来なかったのである。
普段であっても、この数と渡り合うのは骨が折れる。
その上、衛は現在、延慶との立ち会いで体力を消耗している。
苦戦は免れない───衛はそう考え、顔を歪めた。
その時である。
「・・・・・貴様ら・・・・・」
聞こえるか聞こえないか───そんな小さな声で、延慶が呟いた。
声の調子からは、感情が全く読み取れない。
「貴様ら・・・・・雑魚の分際で・・・・・」
「・・・あ?」
正吉が、顔を歪める。
延慶に対する、怒りと恐怖。
それらが、眉間に寄った皺に刻まれていた。
「よくも・・・我輩と魔拳の立ち合いに・・・!」
延慶の握り拳が、ぶるぶると震え始める。
腕から肩へ、肩から胴体へ───震えが、全身へと拡がっていく。
そして遂に、延慶の震えは最高潮に達し───
「水を差してくれおったなァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
怒りの咆哮と共に、地面を思い切り踏み鳴らした。
鳴り響く轟音。
クレーターの如く凹む地面。
そして、その場にいる一同の脚へと伝わる衝撃。
「ひっ───!?」
正吉の───そして、正吉の周囲のつめなが達の表情が、恐怖で歪む。
一方の衛は、怪訝な表情を浮かべていた。
これから延慶は、何をしようというのか───そんな疑問が表れていた。
その時。
延慶の体から再び、おびただしい殺気と妖気が噴出した。
やはりそれらは、先ほどと同様に、延慶の体の内側に凝縮され始める。
そして───延慶が構えた。
衛に向けて放とうとした必殺の一撃───その直前にとった構えであった。
その時───
「───!?」
凝縮していた延慶の気が、一気に爆発。
衛が立っている辺りを除く一帯を包み込んだ。
次の瞬間───衛は、風を感じた。
そよ風のように穏やかな風ではない。
凄まじい風───突風であった。
そして、その直後。
「・・・っ!?な───!?」
静止した時間の中───衛は、己の目を疑った。
彼が目にしたもの。
それは───宙に舞う残骸であった。
残骸の正体は、砕けた梅の木。
そして───かつて、つめなが達であったもの。
肉、骨、血、臓物───それらが、粉々になったものであった。
その中に、一際大きな残骸が混ざっていた。
正吉の生首である。
その顔に表れている感情は、恐怖。
延慶が地面を揺るがした際に見せた表情から、全く変わっていない。
延慶が何をしたのか。
そして、己の身に何が起こったのか、全く分かっていないようであった。
静止した時間が、ストップウォッチを再起動させたかのように、再び動き出す。
残骸が地面に散らばる。
地面に接触した瞬間、つめなが達の肉片は、蒸発するかのように消滅した。
最後まで恐怖の表情を崩さなかった、正吉の生首も。
後に残されたのは、粉砕された梅の木の破片のみであった。
その破片の先に───延慶の姿があった。
先ほどまでの構えとは違い、右掌を突き出したまま静止している。
その姿勢が意味するもの。
それは───『この妖怪の右掌が、この現象を起こした』というものであった。
(・・・・・何を、したんだ・・・・・)
呆然と。
衛は、そんなことを考えていた。
(・・・・・見えなかった・・・・・奴が何をやったのか・・・・・全く、見えなかった・・・・・)
呼吸が乱れる。
全身から、汗が吹き出す。
急激に体温が冷え込んでいく。
(・・・・・今のは・・・・・技なのか・・・・・?単発の技なのか・・・・・?それとも、連打なのか・・・・・?どんな・・・・・どんな、技だったんだ・・・・・?)
愕然とした表情を浮かべながら、衛は考えていた。
延慶は一体、どんな技を使ったのか。
何度も、自問し続けた。
しかし───解らなかった。
衛には、全く見えなかった。
故に、延慶が何をやったのか、理解出来なかった。
「───魔拳の」
「・・・!」
不意に、延慶が衛に呼び掛ける。
ゆっくりと、突き出したままの右腕を下ろす。
そして振り返り───衛を見た。
「今の技は、『心破滅閃掌』。先ほど、貴様に向けて放とうとした技に他ならぬ」
「・・・・・」
延慶は、無表情であった。
淡々と、無感動に。
ありのままの事実を、衛に伝えていた。
その表情が───
「どうだ、魔拳の───」
突如、恐ろしいほどに残酷な笑みに変わった。
「我輩の『滅掌』───貴様に見切ることは出来たか?」
「・・・っ!」
衛が言葉を詰まらせる。
答えることが出来なかった。
見えなかった───たった六文字のこの言葉が、衛の口から出てこなかった。
しかし───その反応は、幾千の言葉よりも、ずっと多くのことを物語っていた。
「クク・・・・・なるほどな・・・・・」
延慶が低く笑う。
延慶は見抜いていた。
自身の技に、今の衛が対応出来ないことを理解していた。
故に───延慶は、衛に背を向け、こう言った。
「雑魚共の邪魔で興を削がれた。今日のところは、これで引き上げることとする」
「何・・・!?」
延慶の言葉に、衛が怪訝な顔をする。
その眉間を、冷たくなった汗が伝った。
「強くなれ、魔拳の。少なくとも、我輩の滅掌を避けられるほどにはな。・・・それまで、貴様の命は預けておこう」
「・・・!ま───」
立ち去ろうとする延慶。
その背中に向かって、衛は声を掛けようとした。
待て───そう言おうと。
呼び止めようと、遠くの延慶の背に手を伸ばし───
「・・・!?」
その時初めて、衛は気付いた。
己の手が、震えていることに。
延慶の力の強大さに怯えるように。
「では、また会おうぞ───」
延慶が歩き出す。
背中が遠ざかり、小さくなっていく。
黒いフロックコートが、闇に紛れ消えていく。
やがて───辺りにに満ち溢れていた妖気と殺気も薄らぎ、静寂に包まれた。
「・・・・・」
衛はしばし、その場に立ち竦んでいた。
そうしながら、自身の内側から生まれたどろどろとした感情を抑えていた。
───助かった。
───命拾いした。
───見逃された。
己に対する憤りと不甲斐なさ。
それらが徐々に、衛の全身へと行き渡っていく。
「・・・・・」
衛が膝を着く。
そして、己の手を見詰めた。
やはり、その手は静かに震えていた。
「・・・・・!」
もはや、我慢の限界であった。
衛は歯を食いしばり、その手を握り締め───
「───っ!!」
地面を、思い切り殴り付けた。
「───っ!───っ!───ッ!!」
そのまま衛は、何度も地面を殴り付けた。
どろついた感情を拳に込め、黙って地面を殴った。
何度も。
何度も。
何度も。
しかし───何度殴っても、己に対する怒りは、決して薄れることはなかった。
そうやって衛は───しばらくの間、無言で地面を殴り続けていた。
魔拳・青木衛と滅掌の延慶の立ち合い。
その結果は───衛の、完全なる敗北であった。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、土曜日の午前10時に投稿する予定です。




