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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第七話『滅掌の延慶』
96/310

滅掌の延慶 十八

【これまでのあらすじ】

 衛は遂に、延慶の水月に渾身の一撃を命中させた。

 しかしその時、延慶は『衛が武心拳の使い手である』ということ───そして、『衛がヤンロンの弟子である』ということに気付く。

 不敵な笑みを浮かべる延慶は、衛に向けて必殺の一撃を放とうと、その右掌を構え───

12

 その時である。

「延慶ェェェェェェェェッ!!」

「む!?」

「っ!?」

 何者かの声が、公園に響き渡る。

 それを耳にし、延慶は技を中断。

 構えを解き、声の方向へと顔を向ける。

 衛も同様に、そちらに目をやった。


 そこは、園内に設けられた梅林であった。

 木々の間に、柄の悪そうな男達が、十人ほど佇んでいる。

 中央の男を除く全員、右手の爪が異様に長い。

 人間ではなかった。

 化け物───『つめなが』と呼ばれる妖怪であった。


「ひ・・・ひひひ・・・!見つけたぞ延慶ェ・・・!それに・・・そこにいるのは魔拳か・・・!まさか、マジで魔拳と喧嘩してやがるとはな・・・!!」

 中央の男が、ひきつった笑みを浮かべる。

 そして、右手を掲げて見せた。

 他のつめなが達とは違い、爪が短い。

 先端が歪な形をしていた。

 まるで、何らかの形で砕かれたかのようであった。

 衛は、その男が誰なのかは知らなかった───見覚えもなかった。


 男の名は正吉。

 二日前の夜、延慶によって自慢の爪を粉砕されたつめながであった。

 延慶に復讐すべく、同じつめながの仲間達を引き連れ、この場に姿を現したのである。


「てめえに折られたこの爪の恨み・・・!晴らさせてもらうぜェ!!」

 正吉は、殺気を声に滲ませながら、そう叫んだ。

「てめえら、魔拳共々やっちまえ!!」

 正吉の言葉に、取り巻きのつめなが達が、右手の爪を一斉に構えた。

 ある者は、嘲りを。

 またある者は、恐れを。

 そしてまたある者は、義憤を。

 様々な表情を浮かべながら、衛と延慶に、爪の先を向けた。


(クソ・・・気付かなかった・・・!)

 つめながの集団を睨みながら、衛が眉をひそめる。

 不覚であった。

 延慶が放つ強大な妖気によって、つめなが達の接近を感じ取ることが出来なかったのである。

 普段であっても、この数と渡り合うのは骨が折れる。

 その上、衛は現在、延慶との立ち会いで体力を消耗している。

 苦戦は免れない───衛はそう考え、顔を歪めた。


 その時である。

「・・・・・貴様ら・・・・・」

 聞こえるか聞こえないか───そんな小さな声で、延慶が呟いた。

 声の調子からは、感情が全く読み取れない。

「貴様ら・・・・・雑魚の分際で・・・・・」

「・・・あ?」

 正吉が、顔を歪める。

 延慶に対する、怒りと恐怖。

 それらが、眉間に寄った皺に刻まれていた。

「よくも・・・我輩と魔拳の立ち合いに・・・!」

 延慶の握り拳が、ぶるぶると震え始める。

 腕から肩へ、肩から胴体へ───震えが、全身へと拡がっていく。


 そして遂に、延慶の震えは最高潮に達し───

「水を差してくれおったなァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 怒りの咆哮と共に、地面を思い切り踏み鳴らした。

 鳴り響く轟音。

 クレーターの如く凹む地面。

 そして、その場にいる一同の脚へと伝わる衝撃。

「ひっ───!?」

 正吉の───そして、正吉の周囲のつめなが達の表情が、恐怖で歪む。

 一方の衛は、怪訝な表情を浮かべていた。

 これから延慶は、何をしようというのか───そんな疑問が表れていた。


 その時。

 延慶の体から再び、おびただしい殺気と妖気が噴出した。

 やはりそれらは、先ほどと同様に、延慶の体の内側に凝縮され始める。

 そして───延慶が構えた。

 衛に向けて放とうとした必殺の一撃───その直前にとった構えであった。


 その時───

「───!?」

 凝縮していた延慶の気が、一気に爆発。

 衛が立っている辺りを除く一帯を包み込んだ。

 次の瞬間───衛は、風を感じた。

 そよ風のように穏やかな風ではない。

 凄まじい風───突風であった。


 そして、その直後。

「・・・っ!?な───!?」

 静止した時間の中───衛は、己の目を疑った。

 彼が目にしたもの。

 それは───宙に舞う残骸であった。

 残骸の正体は、砕けた梅の木。

 そして───かつて、つめなが達であったもの。

 肉、骨、血、臓物───それらが、粉々になったものであった。

 その中に、一際大きな残骸が混ざっていた。

 正吉の生首である。

 その顔に表れている感情は、恐怖。

 延慶が地面を揺るがした際に見せた表情から、全く変わっていない。

 延慶が何をしたのか。

 そして、己の身に何が起こったのか、全く分かっていないようであった。


 静止した時間が、ストップウォッチを再起動させたかのように、再び動き出す。

 残骸が地面に散らばる。

 地面に接触した瞬間、つめなが達の肉片は、蒸発するかのように消滅した。

 最後まで恐怖の表情を崩さなかった、正吉の生首も。

 後に残されたのは、粉砕された梅の木の破片のみであった。


 その破片の先に───延慶の姿があった。

 先ほどまでの構えとは違い、右掌を突き出したまま静止している。

 その姿勢が意味するもの。

 それは───『この妖怪の右掌が、この現象を起こした』というものであった。


(・・・・・何を、したんだ・・・・・)

 呆然と。

 衛は、そんなことを考えていた。

(・・・・・見えなかった・・・・・奴が何をやったのか・・・・・全く、見えなかった・・・・・)

 呼吸が乱れる。

 全身から、汗が吹き出す。

 急激に体温が冷え込んでいく。

(・・・・・今のは・・・・・技なのか・・・・・?単発の技なのか・・・・・?それとも、連打なのか・・・・・?どんな・・・・・どんな、技だったんだ・・・・・?)

 愕然とした表情を浮かべながら、衛は考えていた。

 延慶は一体、どんな技を使ったのか。

 何度も、自問し続けた。

 しかし───解らなかった。

 衛には、全く見えなかった。

 故に、延慶が何をやったのか、理解出来なかった。


「───魔拳の」

「・・・!」

 不意に、延慶が衛に呼び掛ける。

 ゆっくりと、突き出したままの右腕を下ろす。

 そして振り返り───衛を見た。

「今の技は、『心破滅閃掌(しんはめっせんしょう)』。先ほど、貴様に向けて放とうとした技に他ならぬ」

「・・・・・」

 延慶は、無表情であった。

 淡々と、無感動に。

 ありのままの事実を、衛に伝えていた。


 その表情が───

「どうだ、魔拳の───」

 突如、恐ろしいほどに残酷な笑みに変わった。

「我輩の『滅掌』───貴様に見切ることは出来たか?」

「・・・っ!」

 衛が言葉を詰まらせる。

 答えることが出来なかった。

 見えなかった───たった六文字のこの言葉が、衛の口から出てこなかった。

 しかし───その反応は、幾千の言葉よりも、ずっと多くのことを物語っていた。


「クク・・・・・なるほどな・・・・・」

 延慶が低く笑う。

 延慶は見抜いていた。

 自身の技に、今の衛が対応出来ないことを理解していた。

 故に───延慶は、衛に背を向け、こう言った。

「雑魚共の邪魔で興を削がれた。今日のところは、これで引き上げることとする」

「何・・・!?」

 延慶の言葉に、衛が怪訝な顔をする。

 その眉間を、冷たくなった汗が伝った。

「強くなれ、魔拳の。少なくとも、我輩の滅掌を避けられるほどにはな。・・・それまで、貴様の命は預けておこう」

「・・・!ま───」

 立ち去ろうとする延慶。

 その背中に向かって、衛は声を掛けようとした。

 待て───そう言おうと。

 呼び止めようと、遠くの延慶の背に手を伸ばし───

「・・・!?」

 その時初めて、衛は気付いた。

 己の手が、震えていることに。

 延慶の力の強大さに怯えるように。


「では、また会おうぞ───」

 延慶が歩き出す。

 背中が遠ざかり、小さくなっていく。

 黒いフロックコートが、闇に紛れ消えていく。

 やがて───辺りにに満ち溢れていた妖気と殺気も薄らぎ、静寂に包まれた。


「・・・・・」

 衛はしばし、その場に立ち竦んでいた。

 そうしながら、自身の内側から生まれたどろどろとした感情を抑えていた。

 ───助かった。

 ───命拾いした。

 ───見逃された。

 己に対する憤りと不甲斐なさ。

 それらが徐々に、衛の全身へと行き渡っていく。

「・・・・・」

 衛が膝を着く。

 そして、己の手を見詰めた。

 やはり、その手は静かに震えていた。


「・・・・・!」

 もはや、我慢の限界であった。

 衛は歯を食いしばり、その手を握り締め───

「───っ!!」

 地面を、思い切り殴り付けた。

「───っ!───っ!───ッ!!」

 そのまま衛は、何度も地面を殴り付けた。

 どろついた感情を拳に込め、黙って地面を殴った。

 何度も。

 何度も。

 何度も。

 しかし───何度殴っても、己に対する怒りは、決して薄れることはなかった。

 そうやって衛は───しばらくの間、無言で地面を殴り続けていた。


 魔拳・青木衛と滅掌の延慶の立ち合い。

 その結果は───衛の、完全なる敗北であった。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、土曜日の午前10時に投稿する予定です。

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