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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第七話『滅掌の延慶』
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滅掌の延慶 十七

【これまでのあらすじ】

 衛と延慶の立ち合いは、複雑な打撃戦へと突入。

 両者は一歩も譲らず攻防を展開するが、途中、衛の形勢が不利に。

 しかし、一瞬の隙を突き、衛が延慶の水月に渾身の拳を叩き込んだ。

(これでどうだ・・・!?)

 延慶を睨み付ける衛。

 打ち込みの感覚が残る拳を再び握り締め、すぐさま構え直した。

「ぬ・・・ぐう・・・!」

 対する延慶は、水月を押さえたまま、苦悶の声を漏らしていた。

 常人ならば、内蔵が破壊されてもおかしくはないほどの威力。

 その上、少なくない量の抗体を乗せて放った拳撃である。

 決して我慢出来る苦痛ではない。

 しかし、延慶の目に宿る戦意は、未だに潰えてはいなかった。

 それどころか先ほど以上の殺意と憎悪が、瞳に滲み出ていた。

 恐るべき執念であった。


(・・・流石にしぶといな・・・)

 最強の妖怪と評されるだけのことはある───そう思いながら、衛は眉間に皺を寄せた。

(けど、今の一撃は確かに効いたはずだ。一撃で駄目なら何度も・・・何度でも打ち込んでやる・・・!)

 衛の拳が、熱を帯びていた。

 まるで、衛の強い意志に呼応しているかのようであった。

(こいつは・・・こいつだけは、絶対に倒す!)

 そう思いながら、衛は握った拳に、更に力を込めた。


 その時である。

「・・・貴様・・・」

「・・・?」

 延慶が、声を漏らした。

 苦悶の声ではない。

 泥ついた憎しみをまとった声であった。

「貴様・・・その拳・・・!」

「・・・」

「その・・・武術・・・!」

 延慶の怨念にも近い声。

 その言葉に、衛は黙って耳を傾けていた。

「貴様の繰り出す・・・その拳・・・!もしや・・・!」

「・・・」

「もしや・・・それは・・・!武心拳か!!」

「・・・・・」

 言葉を紡ぎ終えた後も、延慶は睨み続けていた。

 狂おしいほどの憎悪と殺意、そして喜びにまみれた視線を、衛に注ぎ続けていた。


「・・・」

 それを、真正面から受け止める衛。

 短くない時間、衛は沈黙を守り―――やがて、答えた。

「・・・ああ。そうだ」

「・・・!」

「俺が習得した武術は、武心拳。貴様が探し求めてる武術だ」

「・・・・・そうか・・・・・やはり・・・そういうことか・・・・・!!

 うわ言のようにそう呟くと、延慶はニヤリと笑みを浮かべた。

 凄い笑みであった。

 ただ喜んでいるだけの笑みではない。

 目が血走っていた。

 歓喜と怒り―――それらの興奮で煮えたぎった血液が、凄まじい勢いで頭に上がっているようであった。


「・・・てめえのその口振り・・・。どこかで武心拳を見たことがあるらしいな」

「・・・・・」

「答えろ。てめえはどうして武心拳の動きを知ってる?」

「・・・・・」

 衛が問う。

 延慶は無言である。

「どこで武心拳を見た?誰の武心拳を見たんだ?」

「・・・・・」

 延慶は、なおも無言であった。

 黙ったまま、衛の鋭い両目を睨み付けていた。

 不気味なほどの静寂を保ち続ける延慶。

 やがて、その口元に───再び、恐ろしい笑みが浮かんだ。

「・・・よかろう。一つだけ教えてやる」

「・・・?」

「我輩が知っておるのは、武仙・ヤンロンの武心拳。かつて、奴と立ち会った際に目にしたものだ」

「・・・!?立ち合った・・・?ヤン爺さんと・・・!?」

「左様。そして───」

 驚いた様子を見せる衛。

 その表情を見た延慶は、更に口の端を吊り上げ───


「これ以上の問答は無用!!」

「っ───!?」

 次の瞬間、延慶が凄まじい速度で踏み込んでいた。

 先ほどまでの動作を更に上回る速度。

 一瞬、衛の対応が遅れた。

 渾身の前蹴りが、衛の腹部に打ち込まれる。

「が───!?」

 後方へと弾け飛ぶ衛の体。

 再び、数歩分の間合いが開く。

 着地をするが、踏ん張ることが出来ず、思わずその場に膝をつく。

「っ・・・ぐ・・・・・が・・・・・!」

 衛の口から、血が流れる。

 どろついた血が、地面にぼたぼたとこぼれ落ちる。

(・・・・・っ・・・この野郎・・・!?)

 そうしながら、衛は戦慄していた。

(まさか・・・まだ手加減してやがったのか・・・!?)

 もうすぐ延慶に手が届く───先ほどまで、衛はそう思っていた。

 しかし、今再び、延慶の姿が遥か遠くへと遠ざかったような気がした。

 それだけではない。

 延慶の姿が、巨大に見える。

 まるで、神か何かのように、衛を見下ろしているように見えてしまう。

 その幻視により、衛の心を、更に凍てつくような感覚が襲った。


「貴様が武心拳の使い手・・・そして、武仙の弟子であると分かった以上、もうじゃれ合う必要もない───」

 延慶が、低く構える。

 左手を衛の方へとかざし、右掌を腰元へと備える。

「喜べ、魔拳の───。我が秘奥義にて、貴様を滅殺してくれるわ・・・!」

 その時、延慶の体から、ただならぬ気配が噴出する。

 おびただしいほどの妖気───そして、禍々しいほどの殺気である。

 常人ならば、感知するだけで発狂死しかねないほどの、恐るべき気配。

 これほどまでに凶悪な気に触れるのは、衛にとっても久しいことであった。


(不味い・・・!来る・・・!奴の必殺の一撃が来る・・・!)

 衛の額を、冷ややかな汗が伝う。

(鋼鎧功だ・・・!何とかして、この一撃を耐えるんだ!!)

 延慶の一撃に備えるべく、衛は抗体を練ろうと試みる。

 が───

(・・・耐えられるのか・・・?)

 衛の脳裏を、そんな疑問がよぎる。

 現在延慶が放っている殺気は、これまでこの男が放っていたものとはまるで別のものである。

 それを感知し、衛の第六感が知らせたのである。

 この一撃は、決して耐えられる一撃ではない───と。


(なら避けるか・・・!?)

 防げぬなら躱すのみ───そう思い、衛は鋼鎧功を中断。

 練っていた抗体を、身体強化の為に使おうとする。

 しかし───そこで再び、衛の直感が働いた。

(無理だ・・・!避けることも出来ない・・・!)

 避けることは不可能。

 先ほど以上に素早く、見えない一撃が襲ってくる。

 己の本能が、そう告げていた。


(クソッ・・・!ならどうすりゃいいんだよ・・・!?)

 衛の心臓が、激しく音を立てている。

 全身の毛穴から、嫌な汗が吹き出している。

 喉はカラカラに渇き、水を求めている。

 死神の手が喉を鷲掴んでいるような錯覚が訪れる。

 全身が告げる死の宣告に、衛は必死に抗おうとした。

 しかし───選択出来ない。

 選べば死、選ばずとも死。

 正に万事休すである。


「さあ、参るぞ・・・!!」

「・・・!」

 その時、延慶の体から放たれている気に、変化が起こった。

 延慶の体の中に凝縮され始めたのである。

(来る・・・!来る!!)

 衛の両目が、緊張で血走る。

 己の体に、必死に命令を送る。

(クソッ・・・!選べ・・・!動け・・・!動け!!)

 歯軋りをしながら、衛が体に力を込める。

 しかし、力は一向に入らない。

 まるで、何かにエネルギーを吸いとられてしまったかの如く、言うことを聞かない。


 そうしている間に―――延慶の準備は完了した。

 衛に狙いを定め、右掌をギリギリと引き絞る。

 妖気と殺気とが混ざり合い、小さく、しかし濃厚に凝縮され、そして―――

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、土曜日の午前10時に投稿する予定です。

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