滅掌の延慶 十七
【これまでのあらすじ】
衛と延慶の立ち合いは、複雑な打撃戦へと突入。
両者は一歩も譲らず攻防を展開するが、途中、衛の形勢が不利に。
しかし、一瞬の隙を突き、衛が延慶の水月に渾身の拳を叩き込んだ。
(これでどうだ・・・!?)
延慶を睨み付ける衛。
打ち込みの感覚が残る拳を再び握り締め、すぐさま構え直した。
「ぬ・・・ぐう・・・!」
対する延慶は、水月を押さえたまま、苦悶の声を漏らしていた。
常人ならば、内蔵が破壊されてもおかしくはないほどの威力。
その上、少なくない量の抗体を乗せて放った拳撃である。
決して我慢出来る苦痛ではない。
しかし、延慶の目に宿る戦意は、未だに潰えてはいなかった。
それどころか先ほど以上の殺意と憎悪が、瞳に滲み出ていた。
恐るべき執念であった。
(・・・流石にしぶといな・・・)
最強の妖怪と評されるだけのことはある───そう思いながら、衛は眉間に皺を寄せた。
(けど、今の一撃は確かに効いたはずだ。一撃で駄目なら何度も・・・何度でも打ち込んでやる・・・!)
衛の拳が、熱を帯びていた。
まるで、衛の強い意志に呼応しているかのようであった。
(こいつは・・・こいつだけは、絶対に倒す!)
そう思いながら、衛は握った拳に、更に力を込めた。
その時である。
「・・・貴様・・・」
「・・・?」
延慶が、声を漏らした。
苦悶の声ではない。
泥ついた憎しみをまとった声であった。
「貴様・・・その拳・・・!」
「・・・」
「その・・・武術・・・!」
延慶の怨念にも近い声。
その言葉に、衛は黙って耳を傾けていた。
「貴様の繰り出す・・・その拳・・・!もしや・・・!」
「・・・」
「もしや・・・それは・・・!武心拳か!!」
「・・・・・」
言葉を紡ぎ終えた後も、延慶は睨み続けていた。
狂おしいほどの憎悪と殺意、そして喜びにまみれた視線を、衛に注ぎ続けていた。
「・・・」
それを、真正面から受け止める衛。
短くない時間、衛は沈黙を守り―――やがて、答えた。
「・・・ああ。そうだ」
「・・・!」
「俺が習得した武術は、武心拳。貴様が探し求めてる武術だ」
「・・・・・そうか・・・・・やはり・・・そういうことか・・・・・!!
」
うわ言のようにそう呟くと、延慶はニヤリと笑みを浮かべた。
凄い笑みであった。
ただ喜んでいるだけの笑みではない。
目が血走っていた。
歓喜と怒り―――それらの興奮で煮えたぎった血液が、凄まじい勢いで頭に上がっているようであった。
「・・・てめえのその口振り・・・。どこかで武心拳を見たことがあるらしいな」
「・・・・・」
「答えろ。てめえはどうして武心拳の動きを知ってる?」
「・・・・・」
衛が問う。
延慶は無言である。
「どこで武心拳を見た?誰の武心拳を見たんだ?」
「・・・・・」
延慶は、なおも無言であった。
黙ったまま、衛の鋭い両目を睨み付けていた。
不気味なほどの静寂を保ち続ける延慶。
やがて、その口元に───再び、恐ろしい笑みが浮かんだ。
「・・・よかろう。一つだけ教えてやる」
「・・・?」
「我輩が知っておるのは、武仙・ヤンロンの武心拳。かつて、奴と立ち会った際に目にしたものだ」
「・・・!?立ち合った・・・?ヤン爺さんと・・・!?」
「左様。そして───」
驚いた様子を見せる衛。
その表情を見た延慶は、更に口の端を吊り上げ───
「これ以上の問答は無用!!」
「っ───!?」
次の瞬間、延慶が凄まじい速度で踏み込んでいた。
先ほどまでの動作を更に上回る速度。
一瞬、衛の対応が遅れた。
渾身の前蹴りが、衛の腹部に打ち込まれる。
「が───!?」
後方へと弾け飛ぶ衛の体。
再び、数歩分の間合いが開く。
着地をするが、踏ん張ることが出来ず、思わずその場に膝をつく。
「っ・・・ぐ・・・・・が・・・・・!」
衛の口から、血が流れる。
どろついた血が、地面にぼたぼたとこぼれ落ちる。
(・・・・・っ・・・この野郎・・・!?)
そうしながら、衛は戦慄していた。
(まさか・・・まだ手加減してやがったのか・・・!?)
もうすぐ延慶に手が届く───先ほどまで、衛はそう思っていた。
しかし、今再び、延慶の姿が遥か遠くへと遠ざかったような気がした。
それだけではない。
延慶の姿が、巨大に見える。
まるで、神か何かのように、衛を見下ろしているように見えてしまう。
その幻視により、衛の心を、更に凍てつくような感覚が襲った。
「貴様が武心拳の使い手・・・そして、武仙の弟子であると分かった以上、もうじゃれ合う必要もない───」
延慶が、低く構える。
左手を衛の方へとかざし、右掌を腰元へと備える。
「喜べ、魔拳の───。我が秘奥義にて、貴様を滅殺してくれるわ・・・!」
その時、延慶の体から、ただならぬ気配が噴出する。
おびただしいほどの妖気───そして、禍々しいほどの殺気である。
常人ならば、感知するだけで発狂死しかねないほどの、恐るべき気配。
これほどまでに凶悪な気に触れるのは、衛にとっても久しいことであった。
(不味い・・・!来る・・・!奴の必殺の一撃が来る・・・!)
衛の額を、冷ややかな汗が伝う。
(鋼鎧功だ・・・!何とかして、この一撃を耐えるんだ!!)
延慶の一撃に備えるべく、衛は抗体を練ろうと試みる。
が───
(・・・耐えられるのか・・・?)
衛の脳裏を、そんな疑問がよぎる。
現在延慶が放っている殺気は、これまでこの男が放っていたものとはまるで別のものである。
それを感知し、衛の第六感が知らせたのである。
この一撃は、決して耐えられる一撃ではない───と。
(なら避けるか・・・!?)
防げぬなら躱すのみ───そう思い、衛は鋼鎧功を中断。
練っていた抗体を、身体強化の為に使おうとする。
しかし───そこで再び、衛の直感が働いた。
(無理だ・・・!避けることも出来ない・・・!)
避けることは不可能。
先ほど以上に素早く、見えない一撃が襲ってくる。
己の本能が、そう告げていた。
(クソッ・・・!ならどうすりゃいいんだよ・・・!?)
衛の心臓が、激しく音を立てている。
全身の毛穴から、嫌な汗が吹き出している。
喉はカラカラに渇き、水を求めている。
死神の手が喉を鷲掴んでいるような錯覚が訪れる。
全身が告げる死の宣告に、衛は必死に抗おうとした。
しかし───選択出来ない。
選べば死、選ばずとも死。
正に万事休すである。
「さあ、参るぞ・・・!!」
「・・・!」
その時、延慶の体から放たれている気に、変化が起こった。
延慶の体の中に凝縮され始めたのである。
(来る・・・!来る!!)
衛の両目が、緊張で血走る。
己の体に、必死に命令を送る。
(クソッ・・・!選べ・・・!動け・・・!動け!!)
歯軋りをしながら、衛が体に力を込める。
しかし、力は一向に入らない。
まるで、何かにエネルギーを吸いとられてしまったかの如く、言うことを聞かない。
そうしている間に―――延慶の準備は完了した。
衛に狙いを定め、右掌をギリギリと引き絞る。
妖気と殺気とが混ざり合い、小さく、しかし濃厚に凝縮され、そして―――
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、土曜日の午前10時に投稿する予定です。




