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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第七話『滅掌の延慶』
94/310

滅掌の延慶 十六

11

「ふんっ!」

「むうっ!」

 衛が瓦稜螺旋拳を放ってから、短くない時間が経過した。

 立ち合いの局面は現在、複雑な打撃戦へと突入していた。


 衛が突き、延慶が捌く。

 延慶が打ち、衛が防ぐ。

 一進一退の緻密な攻防。

 一発一発に込められた、相手を抹殺せしめんという気迫。

 一瞬でも気を抜けば死に繋がる。

 それほどまでに激しく、凄まじいせめぎ合いであった。


「はぁっ───!」

「ちぃっ───!」

「なっ───!?」

「でやっ───!」

「ぐっ───!?」

「りゃっ───!」

「じゃっ───!」

 深夜の公園に響き渡るのは、気合いの掛け声、苦悶する声、そして打撃音。

 言葉は交わさなかった。

 交わさずとも、放たれる打撃に乗った感情が、両者の全身に伝わっていた。


 そして───衛は今、延慶の打から伝わってくる感情に、僅かに不審な思いを抱いていた。

「けあっ!」

 鋭い声と共に、延慶が打撃を放ってくる。

 拳打、蹴打、肘打、そして掌打。

 凄まじい勢いのそれらから、延慶が抱いている様々な想いが伝わってくる。

 この決闘の楽しさ、衛の力量に対する歓喜───そして、怒りと悲しみが。

(・・・?・・・怒りと・・・悲しみ?)

 衛が眉を寄せる。

 延慶の鋭く激しい猛攻は、一向に止むことはない。

 その最中に考え事をするのは、極めて危険である。

 衛にもそれは分かっていた。

 それでも、衛は悩まずにはいられなかった。

 延慶は、何に対し怒り、何に対し悲しんでいるのか───と。


(楽しいという感情と、嬉しいという感情───それは分かる。こいつの様子や打撃から、それらの感情がたっぷり伝わってくる。・・・けど───)

 延慶の直拳。

 それを捌きながら、衛は考え続けた。

(・・・その打の中に。微かに怒りと悲しみが混じっている。そして、こいつは・・・何かに絶望している)

 延慶の負の感情。

 そして───その陰に潜む絶望感を、衛は確かに感じ取っていた。

(・・・何なんだ・・・こいつは・・・?)

 延慶の攻めが、更に激しさを増す。

 衛の防御する手が、徐々に痛みを訴え始める。

(こいつは一体・・・何に絶望してやがるんだ・・・?)


 その時。

「・・・ぐっ!?」

 衛が呻く。

 水月に激痛。

 延慶の一本拳が、防御の網を掻い潜っていた。

 思わず嘔吐してしまいたくなる衝動を、辛うじて堪える。

 そこに、追撃の右前蹴り。

 重い衝撃と同時に、衛の体が後方へと押しやられた。

「っ───ぐ───」

 衛は、膝を着きそうになり───何とか堪える。

 そして、両足で力強く地面を踏ん張った。

(考え込み過ぎたか・・・。余計なことを考えるのは後回しだ)

 鳩尾を軽く擦り、衛は再び構え直す。

 全身に気合いを込め───

(まずは・・・こいつをぶっ潰す!!)

 延慶に向かって、再び突撃した。


「っ、シッ!!」

 呼気と共に左右のワンツー。

 延慶は、その拳打を片手で捌く。

「フンッ!!」

 アッパー。

 左に回り込み回避する延慶。

 そのまま衛の側頭部目掛け、鳥嘴による一撃を見舞おうとする。

「───!」

 これを衛は、スウェーバックで回避。

 すかさず延慶は、衛を連続技で攻め立てていく。

 それを衛は、後退りながら捌いていく。

 どの一撃も、人体急所を狙ったものである。

 一発でも直撃すれば、昏倒は免れない。


「くっ・・・!」

 衛の背筋を冷や汗が伝う。

 緊張感から来る吐き気を無視しながら、延慶の鋭い手技を防ぎ続ける。

 耐え続ければ、必ず好機は訪れる───そう信じながら。


 しかし───延慶の猛攻は、一向に途切れる気配を見せなかった。

 それどころか、速度と威力が、これまで以上に勢いを増していた。

 このままでは、消耗していくのはこちらの体力ばかり。

 そうなってしまうのは危険だ───衛はそう考えた。


(クソッ・・・仕方ねぇ・・・!)

 衛は腹を括った。

 敵の攻撃を無理やり中断させ、反撃するしかない───そう考えたのである。

「ぬうっ!!」

「くっ・・・!」

 延慶の抜き手が、衛の頬を掠める。

 皮膚に切り傷が生じ、血が滲み始める。

 同時に、額からまた一筋、嫌な汗が伝った。

(ビビるな・・・!活路を見出だせ・・・!いつだってそうやってきただろうが・・・!!)

 延慶の猛攻を辛うじて防ぎながら、己の心に克を入れる。

 チャンスは一瞬───その一瞬で、隙を作り出して見せる。

 その決意を胸に、延慶の攻めの中から、タイミングを見出だそうとする。


「せいっ!!」

 延慶の二連打。

 衛は両手を用い、素早く弾く。

 それを見て、延慶は更に衛の懐へと潜り込もうとする。

 右足を前へと───


(───!ここだ!!)

 その時、衛が斧刃脚を放つ。

 延慶の右足に直撃、ストッピングを掛ける。

「・・・!」

 延慶が、驚愕の表情を浮かべる。

 同時に、前進運動が止まる。

 隙が生まれた。

 ほんの一瞬の小さな隙。

 その隙こそ、衛が待ち望んだ好機であった。


(食らえ!!)

 迅六拳。

 延慶の正中線を狙う。

 第一打、胸尖───躱される。

 第二打、檀中───避けられる。

 第三打、金的───捌かれる。

 第四打、人中───防がれる。

 第五打、三日月───浅い。

 第六打、水月───入った。


 最後の一撃が、確かに命中していた。


「っ、が───!?」

 その一撃が、延慶の体を後方へと押し戻す。

 拳に残る感覚は、先程の螺旋拳のような感覚ではない。

 しっかりと、延慶の水月を捉えた。

 渾身の一撃が、延慶の鳩尾に叩き込まれたのである。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、火曜日の午前10時に投稿する予定です。

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