滅掌の延慶 十六
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「ふんっ!」
「むうっ!」
衛が瓦稜螺旋拳を放ってから、短くない時間が経過した。
立ち合いの局面は現在、複雑な打撃戦へと突入していた。
衛が突き、延慶が捌く。
延慶が打ち、衛が防ぐ。
一進一退の緻密な攻防。
一発一発に込められた、相手を抹殺せしめんという気迫。
一瞬でも気を抜けば死に繋がる。
それほどまでに激しく、凄まじいせめぎ合いであった。
「はぁっ───!」
「ちぃっ───!」
「なっ───!?」
「でやっ───!」
「ぐっ───!?」
「りゃっ───!」
「じゃっ───!」
深夜の公園に響き渡るのは、気合いの掛け声、苦悶する声、そして打撃音。
言葉は交わさなかった。
交わさずとも、放たれる打撃に乗った感情が、両者の全身に伝わっていた。
そして───衛は今、延慶の打から伝わってくる感情に、僅かに不審な思いを抱いていた。
「けあっ!」
鋭い声と共に、延慶が打撃を放ってくる。
拳打、蹴打、肘打、そして掌打。
凄まじい勢いのそれらから、延慶が抱いている様々な想いが伝わってくる。
この決闘の楽しさ、衛の力量に対する歓喜───そして、怒りと悲しみが。
(・・・?・・・怒りと・・・悲しみ?)
衛が眉を寄せる。
延慶の鋭く激しい猛攻は、一向に止むことはない。
その最中に考え事をするのは、極めて危険である。
衛にもそれは分かっていた。
それでも、衛は悩まずにはいられなかった。
延慶は、何に対し怒り、何に対し悲しんでいるのか───と。
(楽しいという感情と、嬉しいという感情───それは分かる。こいつの様子や打撃から、それらの感情がたっぷり伝わってくる。・・・けど───)
延慶の直拳。
それを捌きながら、衛は考え続けた。
(・・・その打の中に。微かに怒りと悲しみが混じっている。そして、こいつは・・・何かに絶望している)
延慶の負の感情。
そして───その陰に潜む絶望感を、衛は確かに感じ取っていた。
(・・・何なんだ・・・こいつは・・・?)
延慶の攻めが、更に激しさを増す。
衛の防御する手が、徐々に痛みを訴え始める。
(こいつは一体・・・何に絶望してやがるんだ・・・?)
その時。
「・・・ぐっ!?」
衛が呻く。
水月に激痛。
延慶の一本拳が、防御の網を掻い潜っていた。
思わず嘔吐してしまいたくなる衝動を、辛うじて堪える。
そこに、追撃の右前蹴り。
重い衝撃と同時に、衛の体が後方へと押しやられた。
「っ───ぐ───」
衛は、膝を着きそうになり───何とか堪える。
そして、両足で力強く地面を踏ん張った。
(考え込み過ぎたか・・・。余計なことを考えるのは後回しだ)
鳩尾を軽く擦り、衛は再び構え直す。
全身に気合いを込め───
(まずは・・・こいつをぶっ潰す!!)
延慶に向かって、再び突撃した。
「っ、シッ!!」
呼気と共に左右のワンツー。
延慶は、その拳打を片手で捌く。
「フンッ!!」
アッパー。
左に回り込み回避する延慶。
そのまま衛の側頭部目掛け、鳥嘴による一撃を見舞おうとする。
「───!」
これを衛は、スウェーバックで回避。
すかさず延慶は、衛を連続技で攻め立てていく。
それを衛は、後退りながら捌いていく。
どの一撃も、人体急所を狙ったものである。
一発でも直撃すれば、昏倒は免れない。
「くっ・・・!」
衛の背筋を冷や汗が伝う。
緊張感から来る吐き気を無視しながら、延慶の鋭い手技を防ぎ続ける。
耐え続ければ、必ず好機は訪れる───そう信じながら。
しかし───延慶の猛攻は、一向に途切れる気配を見せなかった。
それどころか、速度と威力が、これまで以上に勢いを増していた。
このままでは、消耗していくのはこちらの体力ばかり。
そうなってしまうのは危険だ───衛はそう考えた。
(クソッ・・・仕方ねぇ・・・!)
衛は腹を括った。
敵の攻撃を無理やり中断させ、反撃するしかない───そう考えたのである。
「ぬうっ!!」
「くっ・・・!」
延慶の抜き手が、衛の頬を掠める。
皮膚に切り傷が生じ、血が滲み始める。
同時に、額からまた一筋、嫌な汗が伝った。
(ビビるな・・・!活路を見出だせ・・・!いつだってそうやってきただろうが・・・!!)
延慶の猛攻を辛うじて防ぎながら、己の心に克を入れる。
チャンスは一瞬───その一瞬で、隙を作り出して見せる。
その決意を胸に、延慶の攻めの中から、タイミングを見出だそうとする。
「せいっ!!」
延慶の二連打。
衛は両手を用い、素早く弾く。
それを見て、延慶は更に衛の懐へと潜り込もうとする。
右足を前へと───
(───!ここだ!!)
その時、衛が斧刃脚を放つ。
延慶の右足に直撃、ストッピングを掛ける。
「・・・!」
延慶が、驚愕の表情を浮かべる。
同時に、前進運動が止まる。
隙が生まれた。
ほんの一瞬の小さな隙。
その隙こそ、衛が待ち望んだ好機であった。
(食らえ!!)
迅六拳。
延慶の正中線を狙う。
第一打、胸尖───躱される。
第二打、檀中───避けられる。
第三打、金的───捌かれる。
第四打、人中───防がれる。
第五打、三日月───浅い。
第六打、水月───入った。
最後の一撃が、確かに命中していた。
「っ、が───!?」
その一撃が、延慶の体を後方へと押し戻す。
拳に残る感覚は、先程の螺旋拳のような感覚ではない。
しっかりと、延慶の水月を捉えた。
渾身の一撃が、延慶の鳩尾に叩き込まれたのである。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、火曜日の午前10時に投稿する予定です。




