滅掌の延慶 十四
【これまでのあらすじ】
遂に始まった衛と延慶の立ち合い。
その中で衛は、憎悪によって自身が冷静な判断力を失っていることに気付いた。
一旦心を静め、どう攻めるかを黙考した後、再び衛が動く。
「っ───!」
延慶の懐を目掛け、素早く踏み込む衛。
その速さは、先程の踏み込みの比ではない。
風を切るような勢いで、延慶に右の冲拳を見舞う。
「シッ───!!」
それを防ぐべく、延慶は左腕を動かした。
両者の腕が触れ合い───
「む───」
その一瞬、延慶は感じ取った。
衛の攻め───その一撃に込められた何かが、更に鋭いものへと変化したことを。
「───ッ!」
間髪入れず、衛は左ストレートを。
そして右フック、左アッパーを延慶に向けて放つ。
それらを延慶は、両腕を用い、辛うじて防ぐ。
やはり変わっていた。
衛の攻めの質が、確実に向上していた。
「───ッ!」
衛は更に踏み込み、左の直拳を放つ。
延慶はこれを素早く捌き、その手で顔面に当て身を食らわせようとする。
が───
「っ───!」
「・・・!」
当たることはなかった。
間一髪のところで、衛が防いでいた。
「でやっ!」
「ぬうっ!」
衛がすぐさま放った直拳を、延慶は平手で弾く。
それを見ても、衛の闘志が萎えることはなかった。
そこから更に左ストレート。
延慶が右腕で逸らす。
右フック。
延慶はそれを、腰を屈めて真下に避ける。
「───!」
衛は、避けられた右フックの軌道上に左手を置き、フックにブレーキをかける。
そのまま、左ストレートを延慶の喉を目掛け放つ。
延慶は、やはりそれをガード。
「せいっ!!」
畳み掛けるように、衛の右裏拳。
延慶の額を狙う。
「ちっ!」
放物線を描くように飛来する拳。
延慶はそれを、両腕をクロスさせてガードする。
その防御姿勢をとらせること。
そして、意識を完全に上へと向かわせること───それこそが、衛の狙いであった。
(今だ!!)
衛の目に、強い意志が宿る。
同時に、左手を下から上へと振り、延慶の両腕をかち上げる。
「む───!?」
一瞬───延慶の顔が驚きの色に染まる。
その隙に衛は、右拳による一撃を叩き込まんとする。
狙うは、がら空きとなった延慶の腹部。
放つは、構え太刀三兄弟の長兄を沈めたあの突き───その名も、瓦稜螺旋拳。
「でいりゃあああああっ!!」
凄まじい勢いの回転運動と共に、瓦稜拳が延慶へと突進する。
旋風と赤色の抗体をまといながら、延慶の腹部に衝突した。
「ぐうっ───!?」
延慶が苦悶の声を漏らす。
同時に、彼の体が後方に跳んだ。
数歩離れた位置に、両足で着地していた。
瓦稜拳が当たった腹部から、僅かに煙が立ち上っていた。
直撃だ───衛はそう思っていた。
威力、スピード、間合い、タイミング───全てが完璧であった。
流石の延慶も、この一撃はひとたまりもない───そう思っていた。
しかし、実際は───
(・・・!この感覚・・・!『浅い』!?)
そう───瓦稜拳は、直撃していなかった。
直撃する寸前、延慶は後方へと飛び退き、直撃を免れていたのである。
凄まじい反射神経───そして身体能力の成せる技であった。
「・・・・・」
だがしかし───直撃を免れたと言えど、延慶にはダメージが入っていた。
衛の一撃は、致命傷を与えるまでには至らなかったものの、延慶の肉体に、確かな痛みをもたらしたのである。
「・・・・・」
延慶は、無表情であった。
無言であった。
黙って俯きながら、衛の拳が入った箇所に手を当てていた。
「・・・」
延慶が、ゆっくりと顔を上げる。
不気味なほどに意思を感じない表情。
それが───突如、獣の如き笑みへと変貌した。
「・・・見事。一発入れおったな」
延慶が、衛に称賛の言葉を送る。
声は、喜びに溢れていた。
嬉しくて堪らない───そんな響きを含む声であった。
「お代わりはいるかい?」
「もらおうか。こちらも馳走してやろう」
衛の軽口に対し、延慶も余裕そうに答える。
更に口の端を吊り上げる。
そして、構え直した。
肉体から、歓喜の想いが立ち上っているように見えた。
「・・・・・」
衛も、ゆっくりと構え直す。
延慶と違い、こちらは喜びの感情はない。
ただ冷静に、相手の攻撃を捌き、こちらの攻撃をぶち込む───その想いだけであった。
「・・・・・」
「・・・・・」
無言で睨み合う。
空気が張り詰めている。
晒した皮膚を、空気の針が突き刺さるような錯覚が襲う。
永遠に続くような緊迫した間を、嫌というほど堪能した後───
「───っ!」
「・・・ッ!」
両者は、同時に動いた。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、木曜日の午前10時に投稿する予定です。




