滅掌の延慶 十
【これまでのあらすじ】
青木衛が『滅掌』を探していたのと同じように、延慶もまた、『魔拳』を探し求め、夜の街を歩き回っていた。
そして遂に、魔拳・青木衛と滅掌の延慶が、邂逅を果たす。
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その男が何故ここにいると思ったのか、衛自身にもよく解らなかった。
マンションを出て歩き出したら、自然とこの公園に向かっていたのである。
最初は、どうして自分が公園に向かっているのか全く理解出来なかった。
しかし、目的地に近付いていくに連れて、強者の気配が漂い始めた。
その時初めて―――何となくではあるが、理解した。
自分は引き寄せられるのだ―――と。
妖術や策略などではない。
言うなれば―――『因縁』のような何かに。
「・・・」
目の前で瞑想をしていた男は、古めかしいフロックコートを羽織っている。
口の上には、若かりし頃の嘉納治五郎を彷彿とさせるような、ボリュームのある立派な口髭が蓄えてある。
間違いなく、滅掌の延慶だ―――衛は、そう確信した。
「貴様が・・・『魔拳』か」
その男が、衛に声を掛ける。
問い掛けではない。
確信の言葉であった。
「ああ。退魔師―――青木衛だ」
衛が答える。
「貴様は・・・『滅掌の延慶』だな」
「・・・!ほう―――」
衛のその言葉に、延慶が僅かに驚いたような顔をする。
「何故、我輩だと?」
「知り合いから聞いたもんでね。進藤雄矢って奴にな」
「進藤・・・あやつか・・・!まさかあやつが魔拳の仲間だとはな・・・!」
衛の返答に、延慶は嬉しそうな顔になる。
対する衛は、怪訝な表情であった。
「雄矢のことなら後回しだ。それよりお前、何でまた人間達の前に姿を現した?」
「何・・・?」
「理由は分からねえけど、お前は一度、どこかに姿をくらました。けどお前は、もう一度こうやってまた姿を現した。何か目的があるんだろ?・・・雄矢から聞いたけどよ、やっぱり武心拳か?」
「・・・・・」
衛の問い掛けに、延慶は何も答えなかった。
代わりに、口の端を大きく吊り上げた。
その笑みが、何よりも多くを語っていた。
肯定の笑みであった。
(やっぱりか・・・)
衛が眉をひそめる。
延慶の目的―――それはやはり、武心拳の使い手であった。
「貴様・・・武心拳の使い手を知っておるのか?」
「フン・・・さあな」
延慶の問いを、衛は適当にはぐらかす。
自身が武心拳の使い手であることを打ち明けはしなかった。
打ち明けるにはまだ早い―――そう判断した為である。
「答えろ。どうしてそこまで武心拳と闘り合いたいんだ?」
「ハッ!知れたこと。我輩が最強の座を掴み取る為の、肥やしとなってもらう為よ」
「最強?」
「うむ―――」
延慶はにやけたまま、自身の目的を語り続ける。
「この世には、人間が化け物と闘う為に生み出した武術が数多く存在する。武心拳は、その中でも最強と謳われておる。我輩が『最強』という名の頂に君臨する為には、武心拳を撃ち破らねばならぬのだ」
その時―――延慶の表情に、僅かに変化が起こった。
口は相変わらずにやけた形を作っていた。
しかし―――ほんの少しだけ、目の奥に暗いものが宿った気がした。
(何だ・・・この目は・・・?)
その様子に―――その目に、衛が気付いた。
(これは・・・『怒り』か・・・?)
延慶の目に宿ったもの。
それは、静かに燃える怒りであった。
この男は、武心拳に対して怒りを持っているのであろうか。
一体何故、武心拳を憎むのであろうか。
ただ純粋に、自分が強くなる為に武心拳を倒そうとしている訳ではないのか。
いくつもの疑問が、衛の頭の中に浮かんでは消えていく。
すると、延慶が静かな怒気を湛えた声を放った。
「知っているのであれば、素直に話せ。さもなくば―――」
「・・・さもなくば―――?」
その時―――延慶が、狂気に満ちた笑みを浮かべた。
「そこいらの人間共を、殴り殺して見せてやってもよいぞ・・・?」
「・・・!」
直後、衛が凄まじい形相を浮かべた。
怒り。
憎悪。
殺気。
負の感情と禍々しい闘気の混ざった、恐るべき形相であった。
「・・・ああ・・・そうかい・・・」
ぽつりと。
身体の内から煮えたぎるものを抑えた声を漏らす衛。
「そんなに知りたいってんならよ・・・武術家の妖怪らしく・・・」
衛が構えるべく、ゆっくりと動く。
肉体が、熱を帯びていた。
怒りと憎悪が凝縮され、全身を熱く沸騰させていた。
―――この妖怪は、敵だ。
―――噂通りの、残虐で血も涙もない、憎むべき敵だ。
そう思い、延慶に向けて、目から殺気を放っていた。
「答えは―――『これ』で訊きな」
構え終え―――延慶に向けて突き出した手を、静かに握り締めた。
次の投稿日は未定です。
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
本年度も、魔拳をよろしくお願い致します。
【追記】
次回は、月曜日の午前10時に投稿する予定です。




