滅掌の延慶 八
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「よし・・・そんじゃ、行ってくる」
「う、うん。気を付けてね」
「危ないと思ったら、すぐに撤退するんじゃぞ?」
助手の人形妖怪―――マリーと舞依が、衛に心配そうな声を掛ける。
「ああ、分かってる。お前等も戸締まりはしっかりな」
それに対し、衛は普段の無愛想な表情で、言葉を返した。
既にウォームアップは万全である。
いつどこで襲われても対応出来る状態であった。
衛が妖気を感知したあの夜から、既に二日が経過していた。
あの後、衛はすぐに夜の街を駆け回り、妖気を発した存在を捜し求めた。
しかし、その日は結局、その存在を見つけ出すことは出来なかった。
次の晩も捜索を行ってはみたものの、結局は無駄足となってしまった。
しかし、衛は諦めようとはしなかった。
その翌晩―――つまり今晩も、衛は捜索を行おうとしていた。
もしも妖気を発したものの正体が、本当に延慶だったとしたら―――そう考えるだけで、衛の背筋は凍り付きそうであった。
延慶は危険な妖怪である。
奴を野放しにしては、大勢の人間が犠牲になるかもしれない―――そう思っていた。
(今夜こそ・・・必ず奴を捕まえてみせる)
心の中で、衛はそう強く決意していた。
自然と身体の内側から、熱いものがこみ上げてくる。
それらを冷静な感情で塗りつぶしながら、衛はジャケットを羽織った。
「・・・ねえ、衛」
「・・・?」
そんな衛に、マリーがおずおずと声を掛ける。
「何だ?」
「・・・えっと・・・何かさ、最近悩んでない?」
「え・・・?」
マリーの思いがけぬ一言に、衛の思考が一瞬停止する。
「実はね・・・舞依と話してたんだ。『最近、衛の様子がちょっと変だ』って」
「うむ。今探しておる『延慶』とかいう妖怪についてのことなのか、ハッキリとは分からんが・・・何だか、思い詰めておるような感じがしての・・・」
マリーの言葉に続いて、舞依がそう話す。
どちらも、不安げな表情を浮かべていた。
それを見て、衛は静かに眉をひそめた。
僅かに、表情が曇っていた。
二人の言う通りである。
衛は、囁鬼の事件以来、何かと考え込むことが多くなった。
悩みを打ち明けようとしたことも何度かあったが、二人に責任を感じさせてしまうような気がして、結局止めた。
なるべく気取られぬよう注意していたが―――それでも二人は、僅かな違和感に気付いていたようであった。
「・・・あのさ、衛。何か悩みがあったら、あたし達にも言ってね。あたし達、あんたの助手なんだからさ」
「うむ、そうじゃ。何を悩んでおるのかは知らんが、あまり思い詰めるでないぞ?」
そう言うと、二人は静かに微笑んだ。
笑ってはいるが、その姿はどこか寂しげなものであった。
「・・・ああ。ありがとな」
それに対し、衛は素直に礼を言った。
自身を案じてくれている助手達へと、心からの感謝の言葉であった。
しかし衛は―――
「・・・でも、大丈夫だ。ちょっと、頭の片隅に引っ掛かってるくらいのもんだからよ」
結局、二人に打ち明けることはなかった。
そのまま衛は玄関へと向かい、204号室を後にしたのであった。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、大晦日の午前10時に投稿する予定です。




