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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第七話『滅掌の延慶』
83/310

滅掌の延慶 五

4

「ぎゃあああああああっ!!」

 悲鳴と共に、浮浪者の身体が斜めに裂けた。

 真っ赤な鮮血が、路地裏の壁と、自身に向かって飛び散る。

 生暖かいそれを全身に浴びながら、正吉(しょうきち)は歓喜した。

 堪らない。

 弱々しい人間共が惨たらしく死んでいく様は、実に堪らない。

 正吉はそう思いながら、大きな笑い声を上げた。

「ぎゃははははははははははははははははは!!」

 正吉の下品な声が、闇夜に響き渡る。

 何とも言えない心地よさが、彼の心を満たしていった。


 正吉は、『つめなが』という妖怪である。

 その名の通り、右手の爪が異様に長く、その一本一本が分厚く鋭く出来ている。

 普段、通常の人間と同じ形になるよう、右手を変化させているが、狩りの際は変化を解く。

 そして、その自慢の爪を用いて、獲物を斬り裂き、食らうのである。

 正吉は、己の爪を心から誇りに思っていた。

 この爪に掛かれば、斬り裂けぬものなど何もない───そう思っていた。


 興奮が治まらぬうちに、正吉が浮浪者の遺体に歩み寄る。

 一歩近付く毎に、浮浪者の体が放つ強烈な悪臭が鼻に入り込む。

 出来ることなら、若い女か子供を食らいたかった。

 しかし、贅沢を言う訳にはいかない。

 何の下準備もせず、本能の赴くままに若い人間の女を狩れば、退魔師に感付かれてしまう可能性もあり得る。

 そこまでの危険を冒す勇気は、正吉にはなかった。

 その為、正吉は本能をままに動くことを堪え、こうして行く宛や知人も持たぬような浮浪者を狙ったのである。


「さて・・・早速ありつくとするか・・・」

 正吉が、浮浪者の遺体の傍に屈み込む。

 久し振りの食事であった。

 やかましく鳴いていた腹の虫も、ようやく静かになる。

 そう思い、僅かに安堵の混じった笑みを浮かべた後、正吉は口を大きく開いた。


 その時である。

「フン。死臭がすると思って来てみれば―――」

 背後から、妖気と共に言葉が放たれた。

「・・・!?」

 それを耳にし、正吉の背筋が凍り付く。

 そして―――ゆっくりと振り返った。


 そこにいたのは、フロックコート姿の男性であった。

 身体からは、禍々しい妖気が。

 そして、鋭い両目からは、侮蔑の念が放たれていた。

「まさか、このような低級妖怪の狩りに行き当たるとはな・・・」

「・・・っ!なっ、何だてめぇ!?」

 正吉がその場から飛び退く。

 そして、禍々しい形をした右爪を構え、眼前の男を威嚇した。


 しかし―――対する男は、それを見ても微動だにしなかった。

 代わりに、鼻を一つ鳴らした。

 つまらないものを見るかのように。

「フン・・・何だ?その貧相な爪は」

「何!?」

 正吉の目から、怒りの意志が漏れ始める。

 正吉にとって、右手の爪は誇りそのものである。

 それを侮辱されたことが、彼には許せなかった。

「てめえ・・・!どこの妖怪かは知らねえが・・・俺の爪にケチ付けて生きて帰れると思うなよ・・・!」

「ハッ・・・吠えるな野良犬が・・・!」

 正吉の言葉に、男は小馬鹿にするような笑みを浮かべる。

「今すぐここを立ち去るのであれば、我輩の視界を汚した無礼を許し、見逃してやらんでもない。貴様のような低級妖怪と闘り合っても、面白くもないのでな」

「黙りやがれ!!てめえだきゃあ許さねえ!そこの乞食みてぇにズタボロにしてやらぁ!!」

 そう怒鳴ると、正吉は男に向かって飛び掛かった。

 男がまとっている妖気が、自分よりも遥かに凶悪なものであることなど、気付きもしなかった。

 その時の正吉の頭の中にあったのは、己の爪を侮辱したこの男をバラバラに引き裂くという考えのみであった。


「フン・・・この馬鹿者めが―――!」

 口の端を吊り上げ、男が呟く。

 その瞬間、男の全身から、爆風の如く殺気が噴き出した。


 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、水曜日の午前10時に投稿する予定です。

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