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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第七話『滅掌の延慶』
82/310

滅掌の延慶 四

【これまでのあらすじ】

 とあるバーで、雄矢は衛に対し、滅掌の延慶についての話を聞かせる。

 そこで雄矢は、『延慶は妖怪である』という驚愕の事実を知る。

 それからしばらくの間、彼らはカウンターに置かれた酒とつまみを黙々と口に運び続けた。

 ピーナッツを噛み砕き、酒で口の中を浸す。

 ビーフジャーキーを噛みほぐし、酒で流し込む。

 酒とつまみが無くなると、バーテンダーにおかわりを求める。

 そういったことを何度も繰り返した。

 ふと気が付くと、カウンターの上には、注文したばかりの3杯目のウィスキーが置かれていた。

 その頃には、衛の中に沸き上がっていたどろついた感情は、嘘のように鎮まっていた。


 落ち着いた───衛はそう思い、真新しいウィスキーに口をつける。

 そして、延慶に関することを雄矢に問い掛けた。

「・・・そういや、延慶は他には何か言ってなかったか?」

「ん?」

 その質問に、雄矢がつまみを口にする動きを止めた。

「何でも良いんだ。奴がまた人前に姿を現した目的が知りたい」

「・・・んん・・・何て言ってたかな・・・」

 天井を仰ぎ見ながら、雄矢が呻く。

 そして、昨日自分が体験した情景を、頭の中に思い浮かべた。


「えーっと・・・・・ああ、そう言えば―――」

「何か思い出したか?」

「おう。確かあいつ、俺に話し掛ける時に、『武心拳の使い手かと思って来てみたけど、違ったみたいだ』って言ってたんだ」

「何・・・!?」

 雄矢の言葉を聞き、衛が僅かに目を見開いた。

 武心拳―――その武術の名を、衛はよく知っていた。

「武心拳なんて武術、俺は初めて聞いたけど・・・もしかして延慶の奴は、その武心拳の使い手ってのと立ち合うつもりなんじゃねえかな」

「・・・なるほど・・・あり得るな・・・」

 雄矢の仮説を聞き、衛が納得する。

 そして、静かに眉を寄せた。

 瞳には、何らかの強い意志が宿っている。

 その目を、雄矢は決して見逃さなかった。


「・・・なあ、衛」

「・・・何だ?」

「お前ひょっとして、その武心拳ってのに心当たりがあるのか?」

「ああ、よく知ってるよ」

 予感的中―――雄矢はそう思った。

 そして、食いつくように衛に問い掛ける。

「衛・・・武心拳ってのは何なんだ?どんな武術なんだ?俺にも教えてくれよ」

「ああ、いいぜ」

 雄矢の質問に、衛はそう即答する。

 そして、ウィスキーをまた一口飲み、静かに語り始めた。


「・・・武心拳ってのは、一言で言うと、『妖怪と闘う為の武術』だ」

「妖怪と?」

「ああ。開祖は、『武仙』の異名を持つ仙人───陽龍(ヤンロン)。元々は中国武術の達人だった爺さんだ」

「・・・」

 真面目な表情で、常軌を逸した内容を話す衛。

 それに対し雄矢は、静かに耳を傾けていた。

 雄矢は一度、超能力という非現実的な現象を目の当たりにしている。

 その為、衛が語る突拍子もないような話も、すんなりと耳に入った。


「武心拳のコンセプトを一言で言うと、『古流武術と現代格闘技のいいとこ取り』だ。世界各地の様々な武術や、空手やキックなんかの要素も混ぜ合わせて作られてる」

「へぇ、空手の要素も入ってるんだな。・・・でも、そこまで聞いた感じだと、その辺のよくある武術と対して変わらねえような気がするんだけどよ」

「まあな。確かにここまでの説明だと、ただ色んな武術の要素を組み合わせただけにすぎない。でも―――実はもう1つ、武心拳を対妖怪用の武術たらしめる大事な要素があるんだ」

「え?何だよそれ?」

 興味深そうに尋ねる雄矢。

 衛は、渇いた喉に薄まったウィスキーを流すと、続きを語り始めた。


「仙術さ」

「せんじゅつ?」

「ああ。文字通り、『仙人の術』だよ。武心拳には、ヤンが独自にアレンジした仙術が組み込まれてるんだ。そのお陰で、人間よりも遥かに強い妖怪とも、互角以上に渡り合うことが出来る」

「へえ・・・!どんなことが出来るんだ?」

「そうだな。身体強化や硬化、自己治癒に体重の増減なんかも出来る。アレンジされまくってて、仙術っつーより、あれはもう魔法って言った方が近いな」

「魔法・・・!」


 衛の説明を聞きながら、雄矢は武心拳について思いを馳せていた。

 武心拳―――どんな武術なのだろう。

 実際にこの目で見てみたい。

 いや、この拳で確かめてみたい。

 雄矢はそう思い、体の内側から熱い闘争本能が沸き上がってくるのを感じた。

 それと同時に―――武心拳の使い手とは、一体どんな人物なのかという疑問が浮かんできた。


「なぁ衛、武心拳の使い手って、何人くらいいるのか分かるか?」

「ん・・・?そうだな───」

 衛はそこで、酒を一口入れる。

 そして、ゆっくりと喉に通してから、右手の親指を除く、4本の指を立てた。

「俺が知っている限りでは4人。1人目は、開祖のヤンロン。2人目は、ヤンの一番弟子で、ヤンと一緒に武心拳を完成させた日本人武術家───赤坂泰地(あかさかたいち)。3人目は、その泰地の息子───赤坂武流(あかさかたける)。・・・ただし、泰地と武流はもう亡くなってて、この世にはいないんだけどな」

 そう言いながら、衛は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 その表情を見て、雄矢は一瞬、何かが引っ掛かるような感覚を覚えた。

 しかし、衛にも何か触れられたくないものがあるに違いない───そう思い、詳しく訊くのは止めることにした。


「そうか・・・。・・・4人目は?」

「俺だ」

「へぇ・・・。・・・え!?」

 ワンテンポ遅れる形で、雄矢が弾かれたように驚愕する。

 それに対し、衛は普段のむっつり顔のまま、再び口を開いた。

「俺だよ。ヤンの3人目の弟子───そして、武心拳の4人目の使い手は、俺さ」

「お、お前だったの・・・!?」

「ああ。こないだの事件で、宮内が俺の足元を爆発させた時、俺は体を硬くして防御しただろ?あれは『鋼鎧功』っていう、武心拳の中の仙術の技なんだ」

「・・・そう・・・だったのか・・・!」

 目を丸くしたまま、雄矢が辛うじてそう呟く。


 雄矢はこれまで、衛が何の武術を習得しているのか、一度も尋ねたことがなかった。

 尋ねるつもりなど、微塵もなかった。

 自分自身で立ち合って、その闘いの中で推理し、当ててやろう───そう心に決めていた為である。

 しかし───まさか、この男が件の武心拳の使い手であったとは。

 雄矢はそう思いながら、己の内から出る驚きの感情を抑えようと努めた。


「・・・って、ちょっと待てよ───?」

 その時、雄矢がある事に気付いた。

 もし、青木衛が武心拳の使い手なのだとしたら───

「・・・じゃあ、延慶の奴は、お前を狙ってるってことになるんじゃねえの!?」

「ああ。そうなるな」

 焦りにも似た感情が混じった雄矢の言葉。

 それに対し、衛は平然とそう返した。

「『そうなるな』って・・・。大丈夫なのか・・・?俺はまだ闘り合ってねえけど・・・あいつ、お前の言う通り、相当強いと思うぜ・・・?」

「分かってるさ。『最強』なんて呼ばれてるくらいだ・・・正直、俺もちょっと恐えよ」

 そう呟き、衛はグラスを握った手に力を込める。

 眉を寄せ、瞳に強い意志を宿らせる。


「それでも・・・俺はやらなきゃならねえ。もしもあいつが、また人間に危害を加えるつもりなら───闘うだけだ。退魔師として・・・そして、1人一人の人間として。俺がもっと強くなる為にもな」

 振り絞るように、そう呟く。

 そして、グラスに注がれたばかりの酒を、一気に飲み干した。

 再び浮かびそうになったどろついた感情を、そうやって流し込んでいた。

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、火曜日に投稿する予定です。

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