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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第七話『滅掌の延慶』
81/310

滅掌の延慶 三

【これまでのあらすじ】

 ある日の夜、進藤雄矢は、他流派の空手家の集団に喧嘩を吹っ掛けられた。しかし雄矢は、彼らを一瞬で倒してしまう。

 そこに、1人の男が姿を現す。男は雄矢に対して、『滅掌の延慶』と名乗った───

3

「───とまぁ、そんなことがあったんだよ」

 翌日の同時刻、薄暗いバーのカウンター席。

 雄矢はそこで、昨日の公園での出来事を、隣の席に腰掛けている人物に語っていた。

 隣の人物は、退魔師・青木衛である。

「いやー、あのおっさん強そうだったなぁ。あの時、無理矢理にでも殴り掛かっとくべきだったかもな。今になって後悔しちまってるぜ」

「・・・」

 興奮気味な雄矢。

 彼の言葉に、衛は気難しそうな表情を浮かべながら、静かに耳を傾けていた。


 ──2人が知り合ったのは、つい先日。

 切っ掛けは、雄矢が衛の噂を耳にしたことであった。

 雄矢は、強い相手との喧嘩が何よりも好きである。

 強い男がいるという噂を耳にすれば、すぐに立ち合いに向かう───それが雄矢の信条であった。

 当然その時も、雄矢は意気揚々と衛に立ち合いを挑みに行った。

 結局、その時は決着はつかなかったが、その際彼らは、互いの持つ実力が、そこいらの武術家とは一線を画していることを知った。

 その後彼らは、歌舞伎町で再会したのだが、直後に超能力者が起こした事件によって、雄矢は家族でありライバルでもあった友人を失った。

 怒りに震える雄矢は、友の仇を討つべく、衛に協力を申し出たのである。


 そして彼らは、事件の調査を行う過程で、互いの事情を知った。

 衛は、雄矢が複雑な人生を歩んできたことを。

 そして彼が、そんな境遇にも負けないくらい、真っ直ぐで熱い心を持った男であることを。

 雄矢は、この世に妖怪や超能力者が存在することを。

 そして衛が、それらを狩る退魔師であることを。

 人々の無念の想いを汲み取る心を持つ、強く優しい心を持った男であることを。

 以来彼らは、事件が収束した後も、このようによく交流を行うようになった。

 性格も境遇も、歩んできた人生も異なる2人。

 しかし両者は、互いの心の奥底に、何か通じ合うものを感じていたのである。


「それにしてもあのおっさん、一体何者だったんだろうなぁ」

「・・・・・」

 心から不思議がるように、雄矢は言葉を漏らす。

 そして、皿の上のビーフジャーキーを、勢い良く噛み千切った。

「・・・ん、っぐ。隙が全く見当たらねえし、気迫も凄かったしよ。でも、『滅掌の延慶』なんて武術家、聞いたこともないんだよな」

「・・・・・」

「あんなに強そうな武術家なら、結構有名になっててもおかしくないんだけどなぁ・・・。───・・・ん?」

 その時初めて、雄矢は衛の様子に気付いた。

 衛はずっと、眉を寄せていた。

 真剣な表情のまま、ただ一点───ウィスキーの注がれた己のグラスを見つめていた。


「・・・おい、衛?」

「・・・・・。・・・ん?」

 その時、初めて衛が反応を示す。

 眉間の皺が、僅かに和らいでいた。

「・・・どうしたんだよ?まさか、もう酔っちまったのか?」

「え?・・・ああ、違うんだ。ちょっと、お前の話で気になることがあってよ」

「気になること?」

 衛の返答に、今度は雄矢が眉を寄せる。

 自分が何かおかしいことをいったのであろうか───そんな考えが浮かんでいた。


 衛は、皿の上に置かれている塩味のピーナッツを齧ると、雄矢に質問を投げ掛ける。

「・・・なぁ雄矢。その延慶って男、どんな感じの男だった?」

「え?どんな感じって、見た目とかか?」

「ああ」

「うぅん・・・」

 衛の質問に、雄矢は短く唸った後に答えた。

「・・・なんつーか・・・『明治時代の人間』って感じだったな」

「明治?」

「おう。なんかこう・・・若い頃の嘉納治五郎みてぇな、立派な口髭を生やしててよ。そんであれだよ。昔っぽいフロックコート羽織っててさ。いかにも『文明開化しました!』みたいな感じだったな」

「・・・所々がふわふわしてる説明なのに滅茶苦茶解り易いな」

 雄矢の答えを聞き、衛が率直な感想を漏らす。

 そして、ウィスキーの入ったグラスに口を付け、僅かに傾けた。


「・・・でもまぁ、それを聞いて分かったよ。その男は多分、本物の『滅掌』だな」

「本物?お前、あのおっさんのこと何か知ってんのか?」

「ああ。今の武術界じゃ誰も知らないと思うけど、俺達退魔師の間じゃかなり有名だぜ」

 衛はそう呟き、また一口酒を呷る。

 店内にいるのは、彼ら2人を除けば、カウンターの中にいるバーテンダーのみである。

 口元に微笑を湛えたまま、黙々と己の仕事に取り掛かっていた。

 このバーは、衛にとっては行き付けの店である。

 そしてこの人物は、衛の仕事の内容、そして超常的な存在について熟知している。

 その上彼は、非常に口も堅い。

 故に衛は、気兼ねなくこの店でそれらについての話題を口に出来た。


「え・・・?ひょっとしてあのおっさん、お前と同じ退魔師なのか?」

「その逆さ。『滅掌の延慶』は、妖怪なんだよ」

「妖怪!?」

 衛の言葉を聞き、雄矢が両目を大きく見開く。

 思わず、弾かれたように席から立ち上がっていた。

「落ち着けって。まだ話は始まったばっかだぞ」

「───っと、悪い・・・」

 軽く詫びを入れ、雄矢が再び席に着く。

 それを確認した衛は、小さく頷くと、説明の為に口を開いた。


「・・・滅掌の延慶は、元々は明治時代の武術家でな。若くして、当時名を馳せた武術家達をことごとく叩きのめせるほど、凄まじい実力と才能を持ってたらしい」

「やっぱりか・・・。只者じゃねえとは思ってたけどよ」

「ああ。けどある日、延慶にとんでもない変化が起こったんだ」

「変化?」

 神妙な面持ちになる衛。

 それに釣られるように、雄矢も眉をひそていた。


「狂ったのさ」

「狂った?」

「ああ。前の事件の時、狂ったことで起こる現象については説明したよな。覚えてるか?」

「え?・・・ああ、何となくだけどよ」

 衛の言葉に、雄矢が頷く。

 そうしながら雄矢は、あの時の衛の説明を、記憶の中から手繰り寄せていた。

 狂った人間のごく一部には、超能力に目覚めたり、妖怪に変化したりする者もいる―――衛は確か、そう言っていた。


「延慶の場合、超能力者にはならなかった。代わりに、人間とは別の生き物―――つまり、妖怪になっちまったんだ」

「・・・」

「妖怪になった後も、延慶はたくさんの武術家と立ち合い、殺しまくった。そしていつしか、延慶は武術界じゃ話題にすることすら許されない、禁忌とも言える存在になったんだ」

「・・・そうか。俺は、延慶って武術家がいるなんて聞いたこともなかった。それは、当時の武術家が延慶にビビっちまって、奴のことを隠蔽しちまったからなんだな」

 雄矢の言葉に対し、衛は小さく頷き肯定する。

「武術界じゃ、奴についての噂は御法度になった。・・・けど、奴の話題が、逆に大いに盛り上がった業界もあったんだ」

「それが、退魔師業界か?」

「ああ。延慶の噂はやがて、当時の退魔師達の耳にも入るようになった。そして、何人もの退魔師が、奴に勝負を挑んだんだ。ある者は、一般人が危害を被る前に奴を狩る為に。またある者は、自分の名を上げる為にな。・・・けど、現実はそう甘いもんじゃなかった」

「・・・延慶が返り討ちにしたんだな」

 先読みする雄矢。

 彼の真面目な表情を一瞥し、衛は再び小さく頷いた。

「延慶の実力は、当時の退魔師よりも遥かに上だった。延慶の気紛れで、見逃して貰って命拾いした奴も何人かはいたらしいけど、それ以外の大半は皆、ボコボコにされて殺されたそうだ」

「・・・」

「そうやってる内に、延慶は行方をくらましたらしい。自分よりも強い奴がいないと悟ったのか、闘いに飽きたのか、それは分からねえ。・・・ただ一つだけ言えるのは、それ以降現代になるまで、奴が一度も事件を起こさなかったってことだけだ」

 そう言うと衛は、また一口、酒を煽った。

 それに釣られるように、雄矢もウィスキーに口をつける。

 溶けた氷で薄まったウィスキーが、雄矢の渇いた口内を湿らせた。


「・・・延慶って奴。そんなに強かったんだな」

「ああ。退魔師に対して、『過去から現代を通して、一番強い妖怪は何だ』って質問をすれば、十中八九、延慶の名前が挙がる。そのくらい危険で、強い妖怪だ」

「へえ・・・。・・・ああ、そう言えば一つ、気になることがあるんだ」

 雄矢が不思議そうな顔で呟く。

 衛の話を聞いて、ある疑問が浮かんだようであった。

「さっきお前、『延慶は狂って妖怪になった』って言ってたけどよ。どうして奴は狂っちまったんだ?」

「さあな・・・詳しいことは分からねえ。一説によると、恋人や家族、同じ流派の門下生を皆殺しにして、それが原因でイカレちまったとか言われてる」

「・・・っ。・・・マジかよ・・・」

 雄矢の背筋に戦慄が走る。

 昨晩、自分に微笑みながら拍手を送ってきた武術家。

 しかしその男の手は、近しい者の血で真っ赤に染まったことがあるのである。

「・・・あいつ・・・俺に、『強くなりたかったら、徹底的に非情になれ』って言ってきたんだ・・・」

「・・・」

 感情を押し殺したような雄矢の言葉。

 その声に、衛は黙って耳を傾ける。

「『非情になれ』って言葉の意味・・・。もしかして、『自分の身の回りの人間を殺せ』って意味なのかな」

「・・・」

「『守らなきゃいけないものなんて、余計なしがらみでしかない』って・・・。あいつは、そう言いたかったのかな」

「・・・かもな」

 雄矢の言葉に、衛は真剣そうな表情で答える。


 そして、また一口酒を飲み、言葉を続けた。

「・・・でもな。仮に奴が、本当にそういう意味で言ったんだとしたら―――そんな強さ、俺は認めねえ」

「・・・?」

 絞り出すような衛の声。

 思わず雄矢は、衛の横顔を凝視する。

「強さを手に入れる為に、誰かを犠牲にしなきゃいけねえってんなら・・・俺は、そんな強さいらねえ」

「衛・・・?」

 雄矢が眉をひそめる。

 彼の瞳には、俯いたまま、グラスの表面を見つめる衛の姿が映っていた。

 今、彼の中で煮えている感情は、怒りか憎しみか。

 それとも―――


「・・・!」

 その時、衛がはっとした顔になる。

 自身がどろどろとした感情を放っていることに、ようやく気付いたようであった。

「あ──いや・・・悪ィ。熱くなっちまった」

「・・・いや。気にすんなよ」

 顔をしかめ、衛が謝罪する。

 そんな衛に、雄矢は軽くかぶりを振って見せる。

 そして、衛を促した。

「・・・飲もうぜ」

「・・・ああ」


 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、木曜日の午前10時に投稿する予定です。

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