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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第七話『滅掌の延慶』
80/310

滅掌の延慶 二

2

 遡ること数日前。


 深夜の公園に、『稲妻』の異名を持つ空手家───進藤雄矢が佇んでいた。

 彼の周囲には、6人の人影が、雄矢を取り囲むように立っている。

 雄矢の前方には、3人の男。

 右側と左側に1人ずつ。

 そして背後に、最後の1人が佇んでいる。

 彼らは、決して談笑しているのではない。

 現在、彼らが放ち続けている雰囲気は、そんな楽しげなものではない。

 怒りと血の滾りによって生まれた、禍々しい雰囲気であった。


「やっと見つけたぜ、進藤・・・!」

 前方の3人───その中央の、ポケットに手を突っ込んでいる男が、そう語り掛けて来る。

 口を吊り上げ、笑っていた。

 しかし、顔は笑ってはいるが、愉快そうな笑みではない。

 その目には怒りが満ちており、目の前の雄矢に怒気を注いでいた。

 彼が、この集団のリーダーのようであった。

「・・・」

 そんな男の様子を、雄矢はつまらないものを見るような目で見ていた。

 早いところ用件を言ってくれないだろうか―――そんな感情が伝わってきた。


「よぉ進藤・・・先月はよくもうちの師範をやってくれたな・・・!」

「あ・・・?先月・・・?」

 男の言葉に、雄矢が初めて口を開く。

ぽかんとした表情になっていた。

 腕組みし、記憶を呼び起こそうと顔を上に上げ―――しばらくして、申し訳無さそうな顔で答えた。

「悪い。心当たりが多すぎて覚えてねえわ」

「ざけんじゃねえ!!てめえは先月、俺達の道場にいきなり乗り込んで、飯島師範をボコボコにしやがった!師範はまだ入院中だ・・・!その上門下生はどんどん減ってる・・・!全部てめえのせいだ!忘れたなんて言わせねえぞ!!」

「んん・・・?飯島・・・?」

 男が口にした名を耳にし、雄矢が目を丸くする。

 再び天を仰ぎ、眉を寄せて考え込み始める。


 すると、しばらくして雄矢の頭の中に、とある空手家のシルエットが浮かび上がった。

「ああ!清柳会の飯島昇か!」

 わざとらしい様子で、雄矢がそう口にする。

 それを耳にし、リーダー格の男の怒りが、若干静まった。

「けっ・・・やっと思い出しやがったか・・・!」

「おう。誰かと思ったら、チンピラの飯島センセイのことだったんだな」

「・・・!?てめえ!!」

 雄矢が口にした答え。

 その言葉に、リーダー格の男が再び目を剥いた。

「今何て言った・・・!飯島師範のことを、何て言いやがった!!」

 怒りに声と体を震わせる男。

 目は血走り、まるで餓えた獣のようであった。

「聞こえなかったか?なら何度も言ってやるよ。『飯島昇はチンピラだ』。あいつは空手家じゃねえ。金のことしか考えてねぇ、薄汚い子悪党だ」

 それに対し、雄矢はせせ笑いながら、彼らの師匠への侮辱の言葉を口にする。

「黙れ!!」

「飯島師範への暴言は許さん!!」

「ぶっ殺されてぇのかコラァ!!」

 取り巻きの男達が、初めて口を開いた。

 凄まじい剣幕で怒鳴っていた。


「あ?何キレてんだてめえら―――」

 しかし雄矢は、物怖じすることなく言葉を続ける。

「全部本当のことじゃねえか。飯島は何度も、喧嘩をしたこともねえような奴に絡んで、一方的にボコって、その上有り金全部カツアゲしてやがった。どこからどう見てもチンピラじゃねえかよ。だから俺が、本当の空手ってもんを教えてやったのさ」

 そこで雄矢は、言葉を区切る。

 そして次の瞬間、リーダー格の男を、凄い表情で睨みつけていた。

「・・・あんたもチンピラだよなぁ、三谷さん?あんた、いたいけな高校生を虐めて、無理やり清柳会の門下生にしてたよなぁ?」

「な・・・!?何でそれを!?」

 リーダー格の男―――三谷の顔が、驚愕の表情を形作る。

「気付かれねえとでも思ってたのかよ、この馬鹿が。他の流派の道場でも、とっくに噂になってるぜ。お前以外の門下生の汚え悪事もな・・・!」

「っ・・・!」

 三谷を除く他の門下生達の顔が、みるみるうちに青ざめていく。

 しかし、三谷の表情は、怒りによってますます赤くなっていく。

 あと少しでも何かを言われれば、爆発してしまいそうなほどに。


 そして遂に、雄矢がとどめの言葉を放った。

「清柳会は空手の団体じゃねえ。卑怯なやり口で美味い汁を啜る、腰抜けのゴロツキ共の溜まり場だ!!」

「・・・っ!て―――めえっ―――!!」

 三谷の怒りは、遂に頂点に達した。

 自信の内側から湧き上がるドロドロとしたものを右拳に込め、雄矢の顔面に放っていた。


 が―――

「―――っ!」

 雄矢はその拳を避けるどころか、逆に頭突きを放っていた。

「ぐっ!?」

 三谷の拳が、壁に叩き付けられたゴムボールの如く奇妙な形に歪む。

 慌てて拳を引くが、もう遅い。

 右拳の激痛が、腕を通して、三谷の脳へと駆け上がるように伝わっていく。

 そして遂に、痛みの感覚が脳へと達した。

「ひ―――ぎゃああああああああああっ!!」

 三谷の悲鳴が、夜の公園に響き渡る。

 右手の甲からは、折れた骨が皮膚を突き破っており、真っ赤な血が流れていた。

 堪らず三谷は、左の手の平で右手を庇う。

 そして、その場にうずくまろうとするが―――直後、雄矢が放った右正拳によって、顔面を打たれていた。

「うがっ!?」

 三谷が仰向けに倒れる。

 受け身を取ることも出来ず、後頭部を地面に強打。

 そのまま彼は、地面の上で昏倒した。


「み、三谷先輩!?」

 傍らに立っていた2人が、三谷へと駆け寄る。

 次の瞬間―――

「野郎っ―――!!」

 雄矢の背後から怒号が発せられる。

 三谷が倒されたことに逆上した取り巻きの1人が、背後から急襲しようとしていた。

 しかし―――

「フンッ!!」

「ぉげっ!?」

 雄矢は振り返ることなく、その男の鳩尾に右肘をぶち込む。

 堪らず男は、呻き声を漏らし、その場に膝をつく。


「りゃあっ!!」

 更に雄矢は、自身の右側に向かって、左の回し蹴りを叩き込む。

 そこには、仲間の2人が瞬時に倒されたことに驚愕している男が佇んでいた。

「がっ―――!?」

 男の側頭部を、雄矢の左足が捉える。

 その瞬間、男は頭部への激しい衝撃を感じながら、意識を失った。

「くぁっ!!」

 直後雄矢は、自身の後方―――先ほどまで左に立っていた男の方へ、右の足刀蹴りを見舞う。

 それにより、4人目の男の前歯が砕けた。

「がばっ!?」

 折れた歯を撒き散らしながら、その男は真後ろに吹き飛ばされていた。


「―――ッ!!」

 そこで雄矢は、残心の構えを取る。

 そして、周囲の様子を窺った。

 1人目の男―――三谷は、未だに頭を打った衝撃で昏倒していた。

 2人目の男は、その場に膝をついたまま、胃の中のものを激しく吐き出している。

 3人目の男は、回し蹴りを食らった後に倒れ伏し、そのままぴくりとも動かない。

 そして、今倒したばかりの4人目の男は、両手で口を覆い隠し、苦痛にもがき苦しんでいた。


「ひっ―――」

「そ、そんな―――」

 三谷に駆け寄っていた2人の男は、戦慄しながら雄矢を見つめていた。

 表情に浮かぶのは、怯えと絶望。

 次にやられるのは自分達だ―――そんな考えが、色濃く表れていた。

「どうする?続けるか?」

 萎縮し切った2人に、雄矢がそう言葉を掛ける。

 声の調子は優しかったが、表情は凄まじいものであった。

「やっ、やめろ、分かった!」

「勘弁してくれ、俺達が悪かった・・・!」

 2人は慌てて許しを請う。

 雄矢が見せた腕前と凄みに、完全に闘争心を失っていた。

「分かりゃ良いんだよ―――」

 雄矢はそう呟くと、ようやく構えを解く。

「なら、ぼやぼやしてないで、そいつらを病院に送ってやんな」

「・・・!あ、ああ・・・」

 雄矢の言葉に、2人ははっとした顔つきになり、倒れた男達に肩を貸す。

 そして背中を向け、よろよろと立ち去った。


「・・・・・ちっ」

 男達の背中が小さくなっていくのを見詰めながら、雄矢が小さく舌打ちする。

 つまらない喧嘩をしてしまった―――そんな考えが、表情に出ていた。

「どうせ闘るなら、気合いの入った奴に来て欲しいよなぁ・・・」

 雄矢はそう呟きながら、軽く伸びをする。

 そして、これからどうしようかと考えていた。

 不味い喧嘩をしたので、口直しがしたかった。

 酒でも飲みに行こうか。

 いや、折角人気の少ない公園にいるのだから、少し汗をかくのも良いかもしれない。

 雄矢がそんなことを考えていた、その時であった。


「ムハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 突如、誰もいないはずの公園に、何者かの笑い声が響き渡った。

 同時に、乾いた拍手の音が聞こえてくる。

(・・・?誰だ・・・?)

 雄矢は、声と拍手が飛んできた方向を見やる。

 茂みがある辺りであった。

 そこに紛れるように、男が立っていた。

 型の古いフロックコートを身にまとっていた。

 髪は整髪料で撫で付けられ、口の上の辺りには、形の整えられたボリュームのある髭が乗っている。

 年齢は───分からなかった。

 30代半ばのようにも見えるし、50代半ばの威厳も兼ね備えていた。

 そして、細めた両目からは、妖しくも強い光が放たれていた。


「ムハハハハハハ!!いや、見事見事!電光石火の早業とは正にこのことよ!!」

 男性は笑いながら、雄矢に賛辞を送る。

 そして、拍手を続けながら、茂みの隙間を抜け、雄矢の下へと歩み寄って来た。

「あんた、見てたのか」

 雄矢は怪訝な顔をしながら、その男に声を掛ける。

「左様!強い闘気を感じたのでな。武心拳(ぶしんけん)の使い手かと思って来てみたのだが・・・違っていたようだな。いやしかし、代わりに面白い男に出会えた。結構結構!」

「・・・『武心拳』?」

 雄矢が眉を寄せる。

 初めて聞く武術の名であった。

「何だよ?その武心拳って」

「ん?ああいや、気にするな、こちらの話よ」

 雄矢の質問に、男性は微笑みを崩さぬままはぐらかす。


 どうやら、敵意はないようであった。

 しかし───雄矢は見抜いていた。

 この男性の肉体から、はち切れんばかりのエネルギーが漏れ出していることを。

 強い───雄矢はそう思った。

 そして同時に、疑問に思った。

 これほどまでに強そうな男が近くにいることに、なぜ自分は全く気付かなかったのだ───と。


 そんなことを雄矢が考えていると───

「しかし、どうも腑に落ちんことがある───」

 不意に男性がトーンを落とした声を発した。

「貴様、何故残った2人を始末しなかった?」

「何?」

 男性の質問に、思わず雄矢は目を丸くする。

「武術家にとって、情けは余計な感情よ。己に歯向かった相手は、全て容赦なく叩きのめすべきなのだ。しかし、貴様はそうしなかった。何故だ?」

「え・・・?何故ってそりゃ───」

 きょとんとした顔で、雄矢は答える。

「あいつら、完全にビビってたんだぜ?やる気のない奴をわざわざ虐めることもねえだろ?」

「・・・ふむ・・・なるほどな・・・」

 雄矢の言葉に、男性は口元に手を当て、考え込むような仕草をする。


 その様子を見ながら、雄矢は身体の内側で、再び闘志を燃え滾らせていた。

 闘いたい。

 この男と、激しく殴り合ってみたい。

 そんな考えが、表情にゆっくりと浮かび上がっていた。

「で、どうする・・・?あんたも闘るかい?不味い喧嘩をした後だからな。こっちは口直しがしたくて仕方ねえんだよ」

 ニヤリと笑いながら、雄矢はその男性に言葉を掛ける。

 我慢の限界であった。

 一刻も早く、この男の顔面に拳をぶち込みたい───雄矢は、そんな内なる格闘衝動を抑えかねていた。


「むう・・・」

 しかし、男性はじっくりと黙考した後───ゆっくりとかぶりを振った。

「いや、止めておこう。才能有る若い芽を早く摘み取るのも惜しい。後の楽しみの為に、ここは引くことにする」

「へ・・・?あ、そう・・・」

 男性の返答に、雄矢は拍子抜けした様子で答える。

 己の内から湧き出る熱い衝動が、ゆっくりと冷えていくのを感じた。


「では、我輩も立ち去ることとしよう。だがその前に───貴様の名前を聞いておきたい」

「え?俺?」

 男の問い掛けに、雄矢は素直に答えた。

「・・・進藤雄矢。正錬館空手の二段だ」

「進藤雄矢か。なるほど、良き名だ」

 雄矢の名前を聞き、男は再びニヤリと笑う。

「進藤雄矢よ。非情さを身に付けろ。貴様が冷酷なまでの殺意を手に入れた時、相手をしてやろう」

 男は笑みを浮かべ続けながら、雄矢に助言するように言葉を掛ける。

「情けや甘さなど、強さを求める道では邪魔なだけよ。徹底的に非情になることだ」

「・・・」


 そう言うと男は、雄矢に背中を向ける。

 そして、僅かに首だけを振り向かせ、名乗った。

「我が名は延慶。『滅掌の延慶』」

「滅掌の・・・延慶・・・?」

「では、また会おうぞ───」

 延慶は最後にそう言うと、悠然と歩きだした。

 雄矢はその背中を、黙って見つめていた。

 そして公園に残されたのは、再び雄矢のみとなった。

 僅かに、風が吹いている。

 暖かくも冷たくもなく、不穏な気配を漂わせる風であった。


 進藤雄矢と、『滅掌の延慶』の邂逅。

 それが、事の始まりであった。


 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は、火曜日の午前10時に投稿する予定です。

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