滅掌の延慶 一
1
深夜の、寂れた神社の境内。
そこに、1人の男がぽつんと佇んでいた。
青木衛。
人々に危害を加える超常的存在と日夜闘う、悪人面の退魔師である。
しかし、どんな凶悪な妖怪も震え上がる彼の顔は今、何かを憂うように俯いていた。
「・・・」
彼は、一言も言葉を発しなかった。
目を僅かに伏せ、物思いに耽っていた。
内に秘めた悩みに対し、そうやって自問自答し続けていた。
「・・・」
その時―――
「どうしたんじゃ、そんなに思い詰めて」
衛の背後から、声が聞こえた。
それに対し、衛がゆっくりと振り返る。
そこにはいつの間にか、1人の老人が立っていた。
道士服をまとっており、背は衛よりも僅かに低い。
人懐っこそうな顔は、白い頭髪と、同じくらい白く長い髭によって、口周りは覆われていた。
「ヤン爺さん―――」
衛が、その人物の名を呟く。
驚いた様子はなかった。
この老人は、衛がよく知る人物であり、彼がここを訪れたのも、衛によって呼び出された為であった。
「また、何かに悩んでおるようじゃな」
「・・・」
ヤンと呼ばれた老人が、微笑を浮かべながら呟く。
衛は、何も答えなかった。
無言の肯定であった。
「お前さんは昔よく悩む男じゃからのう。それが例え、どんな些細なことでもな」
「・・・」
「どれ、お前さんの悩みをまたかき消してやろう。わしに言うてみると良い」
笑顔でそう告げるヤン。
幼い子供を彷彿とさせるような、無邪気な笑みであった。
「・・・」
衛はしばらく無言であったが―――
「爺さん―――」
「ん?」
不意に、ぽつりと切り出した。
「俺、『ある男』と立ち合ったんだ」
「『ある男』?」
衛の言葉に、ヤンは僅かに眉を寄せる。
が、すぐに元の笑顔へと戻った。
そして再び、衛に問い掛ける。
「そいつは、どんな男なんじゃ・・・?名前は、何と言うんじゃ?」
「・・・」
また無言になる衛。
衛の表情に差した影が、僅かに濃くなる。
「・・・」
ヤンは、じっと待った。
衛が勇気を振り絞り、その男の名を口にするのを、辛抱強く待った。
そして衛は―――遂に、その男の名を告げた。
「・・・・・『延慶』」
「・・・!」
その時、ヤンの顔から笑みが消えた。
表情が一瞬で険しいものになり、額からは汗が噴き出していた。
衛はその様を目にしながら、再びその男の名を告げた。
「・・・『滅掌の、延慶』」
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、水曜日の午前10時頃に投稿する予定です。




