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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第六話『魔拳参上』
77/310

魔拳参上 二十六(完)

21

「ん───ぅ───ぁ───・・・」

 衛が目を開けると、見覚えのある天井がそこにあった。

 どこの天井だったっけか───ぼんやりとそう考えていると、1つの答えに行き当たった。

 衛の自室の天井であった。


「・・・・・」

 衛は、しばしベッドに身を横たえたまま、呆然と天井を見つめていた。

 そして、眠気の残っている頭を必死に動かして、記憶の糸を手繰り寄せていた。

「気が付いたみたいね」

 ふと、女性の声が聞こえた。

 衛がそちらに目をやる。

 そこには、金髪の西洋人の女性の姿があった。

 白いジャケットに、黒のパンツという出で立ちであった。

 微笑を浮かべたまま、腕を組んで壁に寄りかかっていた。

「気分はどう?」

 その女性―――シェリー・タチバナが歩み寄って来る。

 そして、女神の如き美貌が、微笑みながら衛の顔を覗き込んだ。


 その時―――

「・・・!」

 これまでの記憶が、衛の頭の中に一斉に蘇る。

 洗脳された彼女に待ち伏せをされたこと。

 囁鬼の卑怯な戦法。

 それにより、腹を切らされた人々。

 マリーと舞依の叫び声。

 そして―――それから―――

「―――っ!マリー・・・!舞依・・・!」

 全てを思い出し、衛が勢い良く上体を起こす。

 そして、ベッドから立ち上がろうとした。

 が、その瞬間、全身を激痛が襲った。

「っ・・・ぐ・・・!」

 顔をしかめ、呻き声を上げる。

 状態を起こした姿勢のまま身を屈め、苦痛を堪えた。


「無理しないで。昨日は一度死にかけてたんだから、しばらく安静にしておいた方がいいわ」

 衛の身を案じ、シェリーはそう声を掛けた。

「・・・?昨日・・・?」

「ええ。あの後、あなたは倒れてから、丸一日寝てたのよ。・・・それにしても、すごい回復力ね。まさかこんなに早く回復するとは思わなかったわ」

「そう・・・だったのか・・・。ああ、いや───そんなことより、俺の助手は・・・?被害者達はどうなった・・・!?」

 痛みを堪えながら、衛が身を乗り出して問い掛ける。

 必死の形相であった。

 自分のことよりも、まずはそのことを聞かなければ───そんな考えが、表情に現れていた。


 そんな衛を制止ながら、シェリーが答える。

「大丈夫よ、落ち着いて。彼女達なら───」

 下を向くシェリー。

 その仕草に習い、衛も下を向く。

 するとそこには───

「・・・ん・・・くぅ・・・」

「・・・・・すぅ・・・んむ・・・」

 ベッドの端に顔を伏せたまま寝息を立てている、マリーと舞依の姿があった。

「彼女達、一睡もしないであなたのことを看病してたのよ。容態が安定してほっとしたのか、今はぐっすりだけどね」

 そう言いながら、シェリーは目を細めた。

「ちなみに、囁鬼に洗脳された人達も、全員無事よ。切腹した人も、舞依の治癒術のおかげで一命を取り留めたわ」

「・・・!」

 シェリーのその言葉に、衛が目を見開く。

 しばらくそのまま硬直し───再び、ゆっくりと目を閉じた。

「そう・・・か・・・。助かったのか・・・。・・・・・はぁ・・・・・」

 そして、大きく安堵の息を漏らしながら、呟いた。

「・・・良かった・・・。安心したぜ・・・」

 それから、もう一度溜め息を吐く。

 吐息と共に、全身の緊張が、ゆっくりとほぐれるのを感じた。

 誰一人も死なせず、救い出すことが出来た。

 奇跡としか言いようがない───衛は、そう思った。


「・・・ありがとう。礼を言うよ。あんたが助けに来てくれなかったら、こんな結末にはならなかったかもしれねえ」

 改まった様子で、衛がマリーに言葉を掛ける。

 そして、丁寧に頭を下げた。

「・・・本当に、ありがとう」

 それから、もう一度礼を言った。

 心からの感謝の言葉であった。

「お礼を言わなきゃいけないのはこっちの方よ」

 それに対し、シェリーはかぶりを振った。

「この娘達から聞いたわ。私の洗脳を解く為に、命を賭けてくれたんですってね。・・・本当にありがとう・・・。あなたのおかげで、私もこうして、あなたと話すことが出来る。・・・そして、謝罪をすることもね」

「謝罪?」

「ええ。あなた達を監視していたことをよ」


 その時、シェリーの表情から笑みが消えた。

 柔らかくなっていた目が、鋭くなっている。

 どうやら、ここからが本題のようであった。

「昨日、あなたが言っていた通り。私は、レイダーのエージェントよ」

「やっぱりそうか」

「ええ。ただし、『元』だけどね」

「『元』・・・?辞めたのか?」

「そうよ」

 衛のその言葉に、シェリーがゆっくりと頷く。

「どうして辞めたんだ?レイダーの実力は、超常的な存在との戦闘を目的とした組織の中じゃトップクラスだし、給料も破格なはずだぜ」

「まぁね。・・・でも、私は収入を求めてる訳じゃなかったのよ」

「・・・どういうことだ?」

 衛が訝しむように呟く。

 それに対し、シェリーは苦笑を浮かべながら答えた。

「レイダーは、野良の妖怪や超能力者が起こした事件の調査、そして、犯人の退治を行う組織よ。・・・でもね、国と裏で繋がりがある犯罪組織や、大手企業が関わっている事件には、動くことが出来ないの。動こうとしたら、圧力が掛けられて、調査が打ち切られてしまう。何度もそんな目に遭ったわ。・・・私には、それが我慢できなかった」

「・・・・・」

「誰かが美味い汁を啜ってる裏で、誰かが泣いている。誰かが私利私欲の為に動くことで、無関係な誰かが命を落としてしまう。そんな現実、私には許せなかった。・・・そして思ったの。『組織の中で長いものに巻かれたまま暮らすくらいなら、1人で行動した方が良い』ってね。・・・その結果、命を落とすことになったとしても」

「・・・それで、レイダーを脱退したのか」

「ええ。そして、フリーの退魔師になったの。依頼を受けて、妖怪や超能力者を倒す傍らで、大きな犯罪組織の調査を行っていたわ。・・・でもね、現実はそこまで甘くなかった」

 そこでシェリーは、肩を竦めた。

「・・・大きな力に対して、1人で出来ることは限界がある。潜入や抵抗は出来ても、陰謀の全てを討ち滅ぼすことは出来ないのよ」

「・・・・・」

「・・・だから、仲間が必要だった。相手がどんな敵であろうと、怯むことなく立ち向かう、強い力を持った仲間がね」


 その時、衛が眉をひそめた。

 ある種の予感を抱きながら、シェリーに問い掛ける。

「まさか・・・俺か?」

「ええ。どんな相手が妖怪であろうと、体一つで立ち向かい、必ず打ち滅ぼす退魔師───『魔拳』。その噂を聞いて、あなたに接触しようとしたの。・・・でも、噂が色々と交錯しててね。『金さえ貰えば、平気で悪人の味方にもなる』とか、『必要があるなら、味方も平気で切り捨てる』とかね」

「酷えな。流石にそんなことはしねえよ」

「そうでしょうね。きっと、あなたを必要以上に恐れる妖怪達や、あなたを妬む退魔師がデマを言い触らしてるんだと思った。・・・けど、実際にどんな人物なのか、この目で確認してみる必要があったの」

「なるほど。それで監視してたって訳か」

「ええ。・・・まあ、あなたにはとっくにバレてたみたいだけどね」

 そう言い、シェリーは苦笑した。


「本当にごめんなさい。・・・でも、実際にこの目で見て分かったわ。あなたはそんなことをする人じゃない。あなたの本質は、明らかに善人そのものよ。・・・そして思ったわ。あなたなら、命を預けることが出来る、ってね」

「・・・そんなにかっこいいもんじゃねえんだけどな」

 衛はそう言いながら顔をしかめ、むず痒そうに頭を掻く。

 それを見て、シェリーはまた微笑を浮かべた。

 しかし、すぐに顔を引き締め、真剣な表情に戻った。

 真剣に、衛に己の要求を打ち明けようとした。


「勝手なお願いだってことは分かってる。簡単に信用出来ないってことも、重々承知してる。それを踏まえた上で、お願いがあるの」

「俺と協力関係を結びたい、と?」

「ええ、そうよ」

 シェリーの言葉を引き継ぐように語った衛。

 彼に対し、シェリーは力強く頷いた。

 あなたの力が必要だ───そう言わんばかりに。


「…………」

 衛は、即答しなかった。

 目を伏せ、しばしの間沈黙していた。

 数秒経過し、衛は口を開いた。

「……分かった、協力しよう」

「……本当に良いの?」

「おいおい。協力を持ちかけたのはあんただろ」

「そうだけど……あなたを騙そうとしてるとは思わないの?私はずっとあなたを監視してたのよ?敵だとは思わないの?」

 その問い掛けに、衛はまた僅かに目を伏せた。

 シェリーが口にした言葉について考え込むように。

 しかし───衛が導き出した答えはやはり変わらなかった。

「・・・思わねえよ。長いことこういう仕事やってたから、相手が嘘を言ってるかどうかはある程度分かる。それに、あんたが俺らを監視してた時、俺は視線は感じてたけど、殺気は感じなかった。・・・そもそも、もしあんたが本当に敵なら、俺を殺すチャンスなんていくらでもあった。特にこの1日の間はな」

「・・・まあ、ね・・・」

「だろう。それに───」

 そこで、衛は言葉を区切った。

 そして、今のシェリーの表情に劣らない真剣な顔で、再び口を動かした。


「あんたには借りがある。昨日の夜、助けに来てくれた借りがな。その借りは、返さなきゃならねえ」

「え・・・?そんな・・・あんなの、貸した内に入らないわ。それに、あなたに洗脳を解いてもらっていなかったら、私はどうなっていたか───。借りを返さなきゃいけないのは、私の方よ」

 そう言い、シェリーは顔を伏せた。

 柳善に洗脳され続けた場合、自分がどうなっていたのか───そのことを何度も考えていた。

 いくつもの可能性を考えてみたが、その結末は、どれも悲惨なものであった。


 しかし、衛はそれに対し、かぶりを振った。

「いや・・・それは俺の方も同じさ。あの時、あんたが来てくれなかったら、全員無事に助けることは出来なかったと思う」

 そう言いながら、衛はあの時の事を思い出していた。

 あの時───柳善に拳を打ち込む直前、柳善は信者と化した被害者に、自害を命じようとしていた。

 その時衛は、覚悟を決めていた。

 その被害者が命を落とすかもしれないという、悲しき覚悟を。

 しかし、シェリーが助けに来てくれたことで、柳善に心置きなく渾身の一撃を叩き込むことが出来た。

 あの時のシェリーの助けが、自分にどれだけの救いをもたらしたか───衛はそう考えていた。


「あの時、あんたが来てくれて、本当に助かった。……だから俺には、その借りを返す義務がある」

「・・・・・」

 衛の言葉を聞き、シェリーはしばらくの間、ぽかんとした表情を浮かべていた。

 そして───

「ふふっ・・・」

 静かに笑った。

 嘲笑ではない。

 衛のことを気に入ったという笑い方であった。

「あなた、やっぱり善人よ」

「・・・そうか?」

「ええ、そうよ」

「・・・そうか」

「そうよ」


 そんなやり取りをした後、衛は再び頭を掻いた。

 そして改まった様子で、再び口を開いた。

「まぁそういう訳で。・・・あんたに協力するよ、ミス・タチバナ」

「そう・・・ありがとう。それと、シェリーで構わないわ。・・・私も、衛と呼んでも?」

「ああ。よろしくな、シェリー」

「ええ、衛。こちらこそよろしく」

 衛とシェリーが同時に右手を差し出す。

 衛は普段のむっつり顔で。

 シェリーは魅力的な微笑みを浮かべながら。

 そして───しっかりと、握手を交わした。


「・・・それじゃあ、本題も終わったことだし、そろそろお暇するわ。他にも話したいことがあるんだけど、それはまた今度ね」

「そうか。悪いな、お茶も出さなくってよ」

「気にしないで。体を休めることの方が大事よ。・・・それと───」

 シェリーはそう言うと、懐から1枚の紙切れを取り出す。

 そして、それを衛に差し出した。

「私の連絡先よ。何かあったら連絡して」

「ああ、分かった。ありがとな」

「ううん。それじゃあね」

 そう言うと、シェリーは背を向け、扉に向かって歩いていく。

 そして、部屋から退出しようとして───

「あ、そうそう」

 立ち止まり、衛に向かって振り向いた。


「マリーから伝言があるの」

「伝言?」

 衛が眉をひそめる。

 何か重大なことでもあったのだろうか───そう考えていた。

 それに対し、シェリーは微笑みながら答えた。

「ええ。『元気になったら、目玉丼を作ってね』だそうよ」

「・・・あ?」

 思いがけぬ内容に、衛がぽかんとした顔になった。

 その顔を見て、シェリーはクスクスと笑う。

「はぁ・・・そういや、昨日は結局作ってやれなかったもんなぁ・・・」

「ふふ・・・。今回の事件で一番頑張ったのは、間違いなくその娘達よ。御褒美に、とびっきり美味しいご飯を御馳走してあげてね」

「ああ、そうするよ」

 衛が頷く。

 それを見たシェリーは、にっこりと魅力的な笑顔を浮かべた。

 そして、今度こそ、部屋を退出するのであった。


「・・・・・」

 衛はしばらく、その扉を見つめていた。

 その目を、ゆっくりと閉じ───

「・・・・・ふぅ」

 息を吐きながら、上体を再びベッドに預けた。

 そして、また目を開く。

「・・・・・」

 天井に向けた視線を、マリーと舞依に移す。

「・・・・・ん・・・む・・・・・」

「・・・くぅ・・・・・・ぅ・・・」

 彼女達は依然として、すやすやと寝息を立てていた。

 しかし───その顔には、僅かに殴られた跡が残っていた。

 おそらく舞依は、腹を切った被害者達の治癒で、妖力の殆どを消耗してしまい、自分達の怪我を完治させることが出来なかったのであろう───衛はそう考えた。


「・・・・・っ」

 その瞬間、衛は、己の胸が締め付けられたような感覚を味わった。

 そして、思った───『あの時、自分が選んだ選択肢は、本当は間違っていたのではないか』と。


 あの時───衛の目の前には、『少数を切り捨て、多数を助ける』という安全な選択肢と、『全員を助け出す』という危険を伴う選択肢が出現していた。

 衛はその時、後者を選んだ。

 そして奇跡的に、全員を助け出すという結果に至った。


 被害者達が全員生き残れたのは、実に喜ばしいことである。

 しかし───もし失敗していた場合、洗脳された被害者達はもちろんのこと、マリーや舞依も命を落としていたのではないだろうか。

 もしあの時、前者を選択していたら、彼女達を恐ろしい目に遭わせず、こうやって怪我を負わせることもなかったのではないだろうか。

 自分が選んだ選択肢は、本当に正しかったのだろうか───衛の頭の中に、そんな疑問がいくつも湧き上がって来た。

 しかし、何度己の心に問い掛けても、その答えが浮かび上がることはなかった。


 そうやって何度も自問自答をしているうちに───衛の脳を、睡魔が襲ってきた。

 瞼が徐々に重くなる。

 脳の動きも、ゆっくりとしたものになっていく。

 衛はしばらくの間、抵抗を試みようとしたが───無駄だと悟り、その睡魔に身を委ねることにした。

 そして、朝になるまでもう一度眠ろうと思った。


 まずはゆっくりと眠って、体と心を回復させよう。

 朝になったら、すっきりと目覚めて、美味い目玉丼と味噌汁を作ろう。

 それらを振る舞い、助手達の活躍を大いに労おう。

 そして、腹が満たされたら───回復した体と心で、もう一度考えてみよう。

 自分が選んだ選択肢が、本当に正しかったのかどうかを。


「・・・・・」

 衛がゆっくりと目を閉じる。

 同時に、衛の意識が、再び眠りの世界へと沈んでいく。

 その感覚に身を委ねながら、衛は思った。


 ───考える為の時間も余裕も、たっぷりとある。

 もう、『彼女』の夢を見ても、動揺することはないのだから。


                          第6話 完


 今回で、このエピソードは完結です。

 今回の『魔拳参上』は、これまで投稿してきたお話の一区切りとなるお話となりました。

 次からは、また新しいエピソードを投稿していきます。

 投稿日は決まっておりませんが、早ければ1週間以内、遅くとも3週間以内に投稿出来ればと思っております。


 次の話は、武術物の要素が強い作品になるのではないかと考えております。

 衛が習得した武術の謎についても、少しだけ触れるかもしれません。

 また、久し振りに登場するキャラクターもいるので、是非ご期待ください。


 それでは、ここまで読んでくださいまして、本当にありがとうございました。

 次回も、是非お付き合いくださいますよう、宜しくお願い致します。


【追記】

 7話の投稿に先駆けて、これまでのエピソードでメインを務めたキャラクターをまとめてみることにしました。投稿は、水曜日の午前10時を予定しております。

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