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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第六話『魔拳参上』
74/310

魔拳参上 二十三

【これまでのあらすじ】

 柳善の卑怯な策によって、衛は遂に倒れてしまう。

 泣き叫ぶマリーと舞依。

 柳善は、そんな彼女達すらも己の信者にしようと企む。

 だがその前に、柳善は己の手で息の根を止めようと、ナイフを衛の首に近付けた───

18

(・・・・・?)

 ふと気が付くと、衛は闇の中にいた。

(ここは・・・)

 辺りを見渡すが、古ぼけた教会も、生い茂る草も見当たらない。

 赤鬼や狼男、洗脳された被害者、そしてその犯人である柳善の姿も。

 あるのは、見渡す限りの闇。

 衛が何度も夢の中で見た、虚無の闇であった。


(・・・俺は・・・死んだのか・・・?)

 衛が呟く。

(・・・何も・・・出来なかったのか・・・?)

 目を僅かに伏せ、自分自身に問い掛ける。

(結局俺は・・・誰も助けられないで・・・自分の目的すら果たせず・・・死んじまったのかよ・・・畜生・・・!)

 悔しさを滲ませながら、衛はそう吐き捨てた。

 その声に答える者は、誰もいない。

 彼が漏らした呟きは、そのまま闇の奥へと吸い込まれていった。


 その時、闇の彼方から、少女達の泣き叫ぶ声が聞こえた。

『嫌あああああっ!来ないで!来ないでよぉっ!!』

『や、やめろ!それ以上近付くな!!止まるんじゃ!!』

 それを耳にし、衛ははっとした顔になる。

 聞き覚えのある声であった。

(・・・!マリー・・・!舞依・・・!!)

 思わず衛は走り出していた。

 自分が倒れたことで、彼女達の身に危機が迫っている―――そう考えると、衛は何か行動せずにはいられなかった。

(クソッ・・・!まだだ・・・!まだ終わってねえ・・・!何とかして、あいつらを助け出すんだ・・・!)

 そう言いながら、闇雲に走り続ける。

 決して、足を止めることはなかった。

 存在するのかどうかも分からない、闇からの脱出口を求めて、ひたすら足を動かし続けた。


 その時。

 ―――諦めろ。

 再び、声が聞こえた。

 またしても、聞き覚えのある声であった。

 だが、少女の声ではない。

 義満でも康治郎でも、ましてや柳善の声でもない。

 己の声であった。

 悪夢を見る度に何度も耳にした、己の内なる理性の声であった。


 声は、いつものように衛に言葉を掛ける。

 ―――無駄だ。もう遅い。

(黙れ・・・!)

 衛は足を止めずに、唸るように答える。

 ―――お前は敗けたんだ。もうすぐ、お前は死ぬ。

(うるせえ・・・!)

 ―――もう足掻くのはよせ。全部無駄だったんだ。

(うるせえって言ってんだよ!!)

 衛が声を荒げる。

 それでも、足を必死に動かすことを止めはしなかった。


(ここで諦めたら、マリーと舞依はどうなる!腹を切った連中も、舞依の治癒術で助かるかもしれねえ!今ならまだ間に合うんだ!!)

 ―――無駄だ。この状況をひっくり返すことは出来ない。

(勝手に決めつけんな!!)

 ―――なら聞くぞ。もし、この後お前がまた立ち上がったとしよう。それで、お前はどうやってこの状況を打ち破るつもりだ?

(・・・!)

 その時、衛の両目が僅かに見開かれる。

 ───確かに、お前にはまだ動く力が残っている。だが、立ち上がったとして、お前に何が出来る?囁鬼に洗脳された人を、どうやって助け出す?

(・・・っ、それは―――)

 走る足が、徐々に重くなっていく。


 ───こうなったのも、全てはお前のせいだ。

 声はなおも、衛を責め続ける。

 ―――お前に強い意志があれば。多少の犠牲を払ってでも囁鬼を倒すという覚悟があれば。被害を最小限に抑えることが出来たはずだ。

(・・・!)

 ―――全ては、お前の責任だ。お前の心が弱かったから、誰も救えなかったんだ。お前に強い覚悟がなかったから、奴を倒せなかったんだ。

(・・・)

 ―――お前に出来ることは、もう何もない。もう諦めろ。諦めて、いい加減楽になれ。

(・・・・・)

 足は徐々に動く速度を緩め、歩くのと変わらぬ速さへと落ちていく。

 そして遂に、衛が立ち止まった。

 完全に沈黙し、顔を俯かせ、その場に立ち尽くしていた。

(・・・)

 衛はしばらく、そのまま佇んでいた。

 理性の声が語った言葉を己に刻み込むように、目を伏せたまま俯いていた。


 やがて―――衛は、ぽつりと呟いた。

(・・・ああ・・・。・・・その通りだな・・・)

 ―――・・・。

(お前の言う通りだ。俺には、強い意志がなかった。強い覚悟を持つことが出来なかった。・・・だから俺は、洗脳された人が腹を切ったことに動揺して・・・そして敗けた。誰も救えなかった。・・・『あの時』みたいにな)

 ―――フン。ようやく認めたか。

(・・・ああ)

 ―――なら、もう眠れ。あの世でゆっくりと休め。きっと、『あいつ』も許してくれるさ。

(・・・)

 衛が再び無言になる。

 しばらく、そのまま沈黙していた。

 目を伏せたまま、短くない時間黙りこくり―――やがて衛は、声に対して、こう答えた。


(・・・嫌だね)

 ―――・・・何?

(『嫌だ』って言ったんだ。俺はまだ、死ぬ訳にはいかねえ)

 ───フン・・・。頑固な奴だ・・・。

 呆れるような口ぶりで、声はそう吐き捨てる。


 ───なら、俺が言ったように、多少の犠牲を払ってでも囁鬼を殺すんだな?最も、現実のお前は虫の息だ。治癒術を使って立ち向かったとしても、奴を殺せる確率は低いが───

(そんな訳ねえだろ)

 ───・・・?

(確かに、お前の言う通り、俺には意思が足りなかった。覚悟がなかった。だから、お前の言う通りにするよ。多少の犠牲は諦める。そして、少しでも多くの人を助け出す。・・・けどよ・・・その前に、俺にもう一度だけ、チャンスをくれねえか)

 ───『被害者達を全員助ける為に、闘わせてくれ』と?

(ああ、そうだ)

 ───ハッ、馬鹿な・・・。じゃあどうやって助けるんだ?策も思い付かない癖に、大きな口を叩くな。

(・・・あるさ)

 ───・・・何?

(策ならあるさ。たった1つだけな)


 その時、衛が正面を見据えた。

 瞳には強い意志が。

 力強い覚悟が宿っていた。

(簡単なことだ。『被害者達が腹を切る前に、奴をぶっ殺す』)


 ―――・・・!?何だと・・・!?

 その時、声の調子に、驚愕の感情が混ざった。

 衛が言ったことが、己の心が語ったことが信じられない───そんな響きであった。

 ───馬鹿な・・・!そんなことが出来るものか・・・!

(確かにな。馬鹿みたいな策だ。口で言うだけなら簡単だけど、成功する確率はかなり低い。・・・でも、全員が助かる為の方法があるのなら、俺はそれに賭けてみたい)

 ───上手くいくものか・・・!絶対に失敗するに決まっている!

(まあな。・・・だから言ったろ?もしやってみて、本当に駄目なら、お前の言った通りにするさ)

 ───・・・・・。

 理性の声が、沈黙した。

 呆気に取られたように。

 衛のことを憐れむように。


 声は長い間沈黙を続け───やがて、尋ねた。

 ───・・・・・なぁ、俺よ。

(・・・何だ)

 ───教えてくれ。どうして、そこまで足掻こうとする?

(・・・)

 ───どうしてお前は・・・。そして、俺は・・・。そこまで必死になって、立ち上がろうとする?全ての人を救おうとする?

(・・・)

 ───これ以上続けても、自分が苦しいだけなのに・・・報われないかもしれないのに・・・どうして『俺達』は諦めないんだ・・・?

(・・・)

 その問い掛けに、衛は一度目を伏せる。

 そして再び、目を開いた。

 強い決意が宿った瞳を、解き放った。


(そんなの、決まってるだろ)

 ───・・・?

(お前にも、分かるはずだ)

 ───何・・・?

(囁鬼が・・・命を道具のように弄ぶあの野郎が、俺には許せねえ・・・)

 ───・・・。

(大勢の人が利用され、命を奪われるのが気に入らねえ・・・!)

 ───・・・。

(それだけじゃねえ・・・!)

 ───・・・!


 その時。

 衛の目の前に、光が灯った。

 その小さな光は、徐々に大きくなり、人の形となる。

 輝きは僅かに薄れ───その光の中に、女性が佇んでいた。

 夢の中に何度も現れる、あの女性であった。

 胸元から上は、相変わらず光でぼやけており、どんな顔をしているのかは分からなかった。

 しかし───衛には、その女性が誰なのかがはっきりと分かった。


(助けたい奴がいる・・・)

 大切な女性であった。

(守りたい奴がいる・・・!)

 救えなかった女性であった。

(命を掛けても救いたい、何よりも大事な奴がいる・・・!!)

 人生で誰よりも愛した、共に歩みたい女性であった。


(俺は決めたんだ。『あいつ』を助けるって・・・!その為に・・・どんな敵にも負けないくらい、どんな人も助けられるくらい強くなるってな・・・!)

 ───・・・。

(ここで誰も助けられないのなら・・・『あいつ』を助けるのなんて、夢のまた夢だ・・・!)

 ───・・・。

(だから俺は・・・!この程度のことで諦める訳にはいかない・・・!!)

 ───・・・!

(この程度のことで・・・!この程度のピンチで、心を折る訳にはいかねえんだ!!)

 ───・・・!!


 衛の叫びが、闇の中で反響する。

 それと同時に、目の前の女性が放つ輝きが弱まっていく。

 光と同時に、その女性の姿も薄れていき───やがて、闇に溶けるように、姿を消した。

 それを見ても、衛の瞳に宿る決意は揺るがなかった。

 強い意志が、炎のように燃え上がり、その瞳の中で輝いていた。


 ───・・・ああ。そうだったな・・・。

(・・・)

 ───お前は・・・。俺は・・・。そう決めたんだったな・・・。

 やっと思い出した。

 そんな風に言うかの如く、理性の声が言葉を紡ぐ。


 ───・・・どうしても、やるのか。

(やる。やってやる)

 ───諦めるつもりは、ないんだな。

(端からない。徹底的に足掻いてやる)

 ───・・・フン。とことん狂ってるな。

(そんなこと、俺もお前もとっくに分かってるだろうが)

 ───ああ。その通りだ。

 声は、自分達の愚かさを自虐するかのように同意する。

 だが、その言葉に、弱さは感じられなかった。


 ───なら、やってみろ。俺はここで見物させてもらうさ。

(ああ。それでいい)

 ───それじゃあ、早く起きろよ。囁鬼が、お前の息の根を止めてしまう前にな。

(ああ。当然だ)

 衛の体に、力が漲る。

 全身にへばり付いていた重みがなくなり、体が軽くなる。

 肉体を流れる血液が、一気に熱くなる。


 ───立て。立ち上がれ。

(分かってるよ・・・!)

 ───囁鬼を倒せ。そして、奴に操られている、全ての人々を救ってみせろ!!

(言われなくとも───!!)


 その時、闇の中に、一筋の光が差し込む。

 光は徐々に強く大きくなり、衛の周囲の闇を掻き消していく。

 やがて、虚無の闇は跡形もなく消え去り、そして───


 次は、土曜日の午前10時に投稿する予定です。


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