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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第六話『魔拳参上』
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魔拳参上 二十一

【これまでのあらすじ】

 義満と康治郎を相手に、獅子奮迅の活躍を見せる衛。

 それを見た柳善は、何やら不穏な動きを始めていた───

16

「ッ、オラァッ───!!」

「う───ッが───!?」

 衛の後ろ回し蹴りを食らい、義満がきりもみしながら横に吹き飛ぶ。

 地面に叩き付けられる直前、素早く身を捩り───身を屈めながら両足で着地した。

 しかし、すぐに衛に反撃を仕掛けることはなかった。

 満身創痍な上に、体力が尽きようとしている為、動きが鈍くなっていた。

 衛も同様であった。

 先のシェリーとの闘いで負った傷───それを治癒する為に、体力を大幅に削られていた。

 もう、この戦闘に長い時間を掛ける訳にはいかない。

 そう判断した衛は、低い姿勢で構えた。

 短期決戦のつもりであった。


「ぐ・・・ぬ・・・!」

 康治郎が、よろよろと立ち上がる。

 赤い皮膚の為分かり辛いが、その顔はどろどろとした血に塗れていた。

 口と鼻、そして潰れた右目から血を流していた。

 しかし、残った左目───意思を奪われ曇り切った瞳は、変わることなく衛を睨み続けていた。

 その瞬間、衛は両足に力を込めた。

 まずは赤鬼の息の根を止める。

 そう思い、一気に間合いを詰めようとした。


 その時。

「ちょっと待った!」

 ねちっこい声が、辺りに響き渡る。

 柳善の声である。

 衛がそちらに目を向けると、やはり柳善はいやらしい笑みを浮かべていた。

「いやいや、実に素晴らしい!魔拳の実力、噂以上のものではありませんか!」

 そう言いながら、パチパチと乾いた拍手を送る。

 言葉の内容は衛を褒め称えるものであったが、声の調子は、どこか嘲るようなものに聞こえた。

「・・・・・」

 衛は無言で柳善を睨み付ける。

 こいつはいきなり何を言い出すんだ───そんな目で柳善を見ていた。

 しかし、柳善が喋りはじめたことで、義満と康治郎を含めた信者達も動きを止め、己の主の話に耳を傾けている。

 この間に、疲労を回復できる───衛はそう思い、嫌々ながらも柳善の話を聞き始めた。


「しかし───このまま一方的にやられるのでは、そこの2人が可哀想過ぎる。そこで、ちょっとしたハンディをあなたに課したいのですが、構いませんね?」

「何・・・?」

 有無を言わさぬ、柳善の言動。

 その言葉に、衛が不快そうに顔を歪めながら呟く。

「ふむ、そうですね・・・。こうしましょう。これから、あなたが腕を使うことを禁止します。攻撃はもちろん、防御の際にも腕を使ってはいけません」

「・・・!?」

「何ですって!?」

 柳善の課すハンディの内容に対し、衛が目を剥く。

 その直後、マリーの声が響き渡った。

 驚愕と怒りに満ちた声であった。

「あんた、自分が何を言ってるのか分かってんの!?」

「そうじゃ!正々堂々と戦わんか、この卑怯者め!!」

 マリーの批判に続き、舞依が声を荒げながら叫ぶ。

 それに対し、柳善は笑い出すのを必死に堪えていた。


「ク、クク・・・!聞けませんか・・・?では仕方ありませんね───」

 そう呟き、柳善は信者の1人を指差す。

「お前、腹を切りなさい」

「は、ササヤキ様───」

「な───止めろ───!」

 刃物を取り出す信者。

 それを見た衛が、制止しようとする。

 ───が、その信者も無感情に、己の腹を鋭い刃で裂いていた。

「ぐ───ぁ───!」

 信者の腹が、赤く染まる。

 そして、その場に崩れるようにうずくまった。


「き、貴様・・・!!」

 衛は、剥き出しの怒りを柳善に向ける。

 が、柳善はそれを、どこ吹く風というような態度で軽く受け流す。

「クク・・・。これから先、あなたがこの枷を破った場合、信者達が1人ずつ腹を切っていきます。そのつもりでお願いしますよ?」

「くっ・・・!」

「では、続けてください」

 柳善が右手を掲げる。

 それと同時に、義満と康治郎が構え直した。


(よくも・・・よくも・・・!)

 衛は怒りに体を震わせながら構える。

 直後、康治郎に向かって疾走した。

「うぉぉぉりゃああああっ!!」

 鋭い掛け声と共に、右のローキックを放つ。

 康治郎の左脚を打っていた。

「ぐぅっ!?」

 康治郎が呻く。

 それを待たぬうちに、衛は再び右のローを放つ。

 更に同じロー。

 ロー。

 ロー。

 ロー。

 大木を斧で叩き斬るような勢いで、怒涛の右のローキックを放っていく。

 康治郎が体勢を崩す。

 その横っ面目掛け、右の後ろ回し蹴りを放った。

「ぶッ!?」

 直撃。

 康治郎が横倒しになった。

 衛がその傍らに立つ。

 そして、その顔面を踏み砕こうと、右足を振り上げた。


「ガアアアアアアアアアアッ!!」

 咆哮を耳にし、衛がそちらに顔を向ける。

 義満であった。

 衛の体を斬り裂こうと、右手を大きく振り上げた。

「───!」

 その瞬間、衛は鋼鎧功を発動。

 爪が接触した瞬間、甲高い音が響いた。

 衛の体には、傷一つ付いていなかった。

 同様に、強化術を施されている義満の爪も、一片も欠けている箇所はなかった。


「おっと、待っていただきましょうか」

 すると、再び柳善の声が響いた。

 同時に、義満の攻撃が止む。

「・・・何だ、腕は使ってねえだろうが」

 衛は義満達に対する構えを解かぬまま、どすの効いた声を吐く。

 しかし柳善は、相変わらずの余裕の表情を浮かべていた。

「ええ、腕は使っていませんね。ちゃんと、足だけで闘ってくれていますね。それは実に結構。・・・ですが───」

 その時。

 柳善の笑みに、残酷さが付け足される。

「今、あなたが使った小細工・・・実に厄介です。それも禁止とさせていただきましょうか」

「ちっ・・・次から次に・・・!」

「嫌ですか?」

「フン・・・良いぜ。使わないでおいてやる。避けりゃ良いだけの話だ。それとも、避けるのも禁止するか?」

「フフ・・・いいえ、避けるのは構いませんよ?結構結構・・・!」

 柳善は微笑みながら、首を縦に振った。


「しかし・・・あなたの物言い、実に不愉快です。礼儀をわきまえていませんねぇ。・・・お前、腹を切りなさい」

「なっ───!?」

 柳善が指差した先の信者が、ナイフを取り出し、己の腹部に刺し込む。

 信者は呻きながら、血を吐き出した。

「クソッ・・・タレが・・・!」

 衛はギリギリと、激しく歯軋りをする。

 目は怒りにより充血し、赤く染まっていた。

 胃が激しく痛む。

 体の中のものと一緒に、己の内の憎悪を全て吐き出したいという欲求に駆られた。


「ふむ、これで良し。では、再開してください」

 柳善はにこりと微笑みながら、手を掲げた。

 同時に、義満が勢い良く斬り掛かっていく。

「ちっ───!」

 衛は一度舌打ちする。

 そして、義満に触れられぬよう、何度も後退を繰り返す。

 が、下がっても下がっても、義満は素早く間合いを詰め、衛に向かって斬り掛かっていく。

 そして遂に───

「ッ!?」

 ガードすらも封じられた衛の左腕が、深く抉られた。

(畜生が・・・!)

 激痛に顔を歪める衛。

 しかし、義満の斬撃は止まらない。

 衛は何度も回避していくが、避け損ねた爪が、衛の体を何度も抉る。

 徐々に、衛の黒いジャケットが赤く染まり、ボロボロになっていく。


「「衛!!」」

 マリーと舞依が悲鳴を上げる。

 両者の目には、涙が浮かんでいた。

 マリーは悔しかった。

 自分に何の力もないことが、本当に悔しくて堪らなかった。

 舞依も、己が何の手助けも出来ないことを歯痒く思っていた。

 マリーと違い、舞依は様々な妖術を使うことが出来る。

 しかし───もしここで自分が妖術を使ったら、柳善はまた信者達に自刃するよう命じるのではないか。

 そう考えてしまい、舞依は妖術を使うことが出来なかった。

 そして、そうなることにたいして怯えてしまう、己の心の弱さを恥じた。


 しかし、彼女達以上に、己の無力さを嘆く者がいた。

 他ならぬ、衛自身であった。

 自分には、柳善が習得しているような便利な妖術はない。

 また、それに代わる、この状況を打破できる策を思い付く知恵も持ち合わせてはいない。

 自分に力があれば。

 もっと強い力があれば。

 義満の爪が、己の身体を抉る度に、衛は何度もそう思った。


「グオオオオオオオオッ!!」

 康治郎の雄叫びが辺りに響き渡る。

 ローのダメージから回復し、衛に迫っていた。

「・・・!」

 衛が目を見開く。

 その瞳に、丸太のような右腕を振り上げる康治郎の姿が映った。

 ───危ない。

 ───これを食らえば、意識が飛ぶ。

 衛は無意識のうちに、両腕をクロスさせて顔をガードしていた。

「がああああああああああああっ!!」

 康治郎が渾身の右拳を叩き込む。

 交差した腕の中央に直撃。

 めきめきという音が、骨から全身へと伝わる。

 そして次の瞬間、衛は宙へと放り出されていた。

「ぐぁっ・・・!!」

 そのまま草地を転がり、無様な姿を晒す。

「ぐ・・・っ・・・!!」

 何とか立ち上がろうとする。

 腕が激痛を発していた。

 骨にヒビが入っているようであった。


「おっと!腕を使いましたね!!」

 柳善の愉快そうな声が衛の耳に入る。

「ペナルティです。お前!腹を切りなさい!」

「は───」

「しまっ・・・止め───!!」

 衛が叫ぶが、もう遅い。

 支持を受けた信者が、ナイフで腹を切っていた。

 真横に一を書いたような傷から、血が溢れ出る。

 白いローブが、真っ赤に染まる。

 信者の口から、血が溢れ出る。

 それを目にした衛の両目も、真っ赤に染まった。

 怒り───そして、絶望。

 瞳に宿っているのは、それらであった。

 もはや、我慢の限界であった。

 思わず衛は、憎悪を込めた絶叫を放っていた。

「っ───おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!てンめ───」


 その時。

「・・・!」

 衛の目から、一瞬、それらの感情が潰えた。

 同時に衛は、己の脇腹に、何かが入り込んでいくのを感じた。

 熱い───衛はそう思った。

 しかし、すぐに熱さではないと悟った。

 痛みであった。

 激痛であった。

 衛は呆然と、痛みを発している脇腹に目を向ける。

 そこから───義満の右腕が生えていた。

 義満の爪が、衛の脇腹を抉り、そこから手首までが衛の体内に潜り込んでいた。


「───ッ」

 義満が、右手を引き抜く。

 その手は、衛の血によって、赤黒く染まっていた。

「───っ、が───ごぼっ───」

 衛の口から、どろどろとした血が零れる。

 同様に、脇腹からも血が漏れる。

 傷を手で押さえるが───同時に、衛の視界に映る光景が、遠ざかっていく。

 体が急激に冷えていく。

 音が聞こえなくなる。

 ふと衛は、風を感じた。

 高い場所から飛び降りたような感覚になり───そのまま衛は、草地に倒れ伏した。

 雨露に濡れた草の冷たさを感じながら、衛の意識は、闇へと呑まれていった───


 次は、木曜日の午前10時に投稿する予定です。

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