魔拳参上 二十一
【これまでのあらすじ】
義満と康治郎を相手に、獅子奮迅の活躍を見せる衛。
それを見た柳善は、何やら不穏な動きを始めていた───
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「ッ、オラァッ───!!」
「う───ッが───!?」
衛の後ろ回し蹴りを食らい、義満がきりもみしながら横に吹き飛ぶ。
地面に叩き付けられる直前、素早く身を捩り───身を屈めながら両足で着地した。
しかし、すぐに衛に反撃を仕掛けることはなかった。
満身創痍な上に、体力が尽きようとしている為、動きが鈍くなっていた。
衛も同様であった。
先のシェリーとの闘いで負った傷───それを治癒する為に、体力を大幅に削られていた。
もう、この戦闘に長い時間を掛ける訳にはいかない。
そう判断した衛は、低い姿勢で構えた。
短期決戦のつもりであった。
「ぐ・・・ぬ・・・!」
康治郎が、よろよろと立ち上がる。
赤い皮膚の為分かり辛いが、その顔はどろどろとした血に塗れていた。
口と鼻、そして潰れた右目から血を流していた。
しかし、残った左目───意思を奪われ曇り切った瞳は、変わることなく衛を睨み続けていた。
その瞬間、衛は両足に力を込めた。
まずは赤鬼の息の根を止める。
そう思い、一気に間合いを詰めようとした。
その時。
「ちょっと待った!」
ねちっこい声が、辺りに響き渡る。
柳善の声である。
衛がそちらに目を向けると、やはり柳善はいやらしい笑みを浮かべていた。
「いやいや、実に素晴らしい!魔拳の実力、噂以上のものではありませんか!」
そう言いながら、パチパチと乾いた拍手を送る。
言葉の内容は衛を褒め称えるものであったが、声の調子は、どこか嘲るようなものに聞こえた。
「・・・・・」
衛は無言で柳善を睨み付ける。
こいつはいきなり何を言い出すんだ───そんな目で柳善を見ていた。
しかし、柳善が喋りはじめたことで、義満と康治郎を含めた信者達も動きを止め、己の主の話に耳を傾けている。
この間に、疲労を回復できる───衛はそう思い、嫌々ながらも柳善の話を聞き始めた。
「しかし───このまま一方的にやられるのでは、そこの2人が可哀想過ぎる。そこで、ちょっとしたハンディをあなたに課したいのですが、構いませんね?」
「何・・・?」
有無を言わさぬ、柳善の言動。
その言葉に、衛が不快そうに顔を歪めながら呟く。
「ふむ、そうですね・・・。こうしましょう。これから、あなたが腕を使うことを禁止します。攻撃はもちろん、防御の際にも腕を使ってはいけません」
「・・・!?」
「何ですって!?」
柳善の課すハンディの内容に対し、衛が目を剥く。
その直後、マリーの声が響き渡った。
驚愕と怒りに満ちた声であった。
「あんた、自分が何を言ってるのか分かってんの!?」
「そうじゃ!正々堂々と戦わんか、この卑怯者め!!」
マリーの批判に続き、舞依が声を荒げながら叫ぶ。
それに対し、柳善は笑い出すのを必死に堪えていた。
「ク、クク・・・!聞けませんか・・・?では仕方ありませんね───」
そう呟き、柳善は信者の1人を指差す。
「お前、腹を切りなさい」
「は、ササヤキ様───」
「な───止めろ───!」
刃物を取り出す信者。
それを見た衛が、制止しようとする。
───が、その信者も無感情に、己の腹を鋭い刃で裂いていた。
「ぐ───ぁ───!」
信者の腹が、赤く染まる。
そして、その場に崩れるようにうずくまった。
「き、貴様・・・!!」
衛は、剥き出しの怒りを柳善に向ける。
が、柳善はそれを、どこ吹く風というような態度で軽く受け流す。
「クク・・・。これから先、あなたがこの枷を破った場合、信者達が1人ずつ腹を切っていきます。そのつもりでお願いしますよ?」
「くっ・・・!」
「では、続けてください」
柳善が右手を掲げる。
それと同時に、義満と康治郎が構え直した。
(よくも・・・よくも・・・!)
衛は怒りに体を震わせながら構える。
直後、康治郎に向かって疾走した。
「うぉぉぉりゃああああっ!!」
鋭い掛け声と共に、右のローキックを放つ。
康治郎の左脚を打っていた。
「ぐぅっ!?」
康治郎が呻く。
それを待たぬうちに、衛は再び右のローを放つ。
更に同じロー。
ロー。
ロー。
ロー。
大木を斧で叩き斬るような勢いで、怒涛の右のローキックを放っていく。
康治郎が体勢を崩す。
その横っ面目掛け、右の後ろ回し蹴りを放った。
「ぶッ!?」
直撃。
康治郎が横倒しになった。
衛がその傍らに立つ。
そして、その顔面を踏み砕こうと、右足を振り上げた。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
咆哮を耳にし、衛がそちらに顔を向ける。
義満であった。
衛の体を斬り裂こうと、右手を大きく振り上げた。
「───!」
その瞬間、衛は鋼鎧功を発動。
爪が接触した瞬間、甲高い音が響いた。
衛の体には、傷一つ付いていなかった。
同様に、強化術を施されている義満の爪も、一片も欠けている箇所はなかった。
「おっと、待っていただきましょうか」
すると、再び柳善の声が響いた。
同時に、義満の攻撃が止む。
「・・・何だ、腕は使ってねえだろうが」
衛は義満達に対する構えを解かぬまま、どすの効いた声を吐く。
しかし柳善は、相変わらずの余裕の表情を浮かべていた。
「ええ、腕は使っていませんね。ちゃんと、足だけで闘ってくれていますね。それは実に結構。・・・ですが───」
その時。
柳善の笑みに、残酷さが付け足される。
「今、あなたが使った小細工・・・実に厄介です。それも禁止とさせていただきましょうか」
「ちっ・・・次から次に・・・!」
「嫌ですか?」
「フン・・・良いぜ。使わないでおいてやる。避けりゃ良いだけの話だ。それとも、避けるのも禁止するか?」
「フフ・・・いいえ、避けるのは構いませんよ?結構結構・・・!」
柳善は微笑みながら、首を縦に振った。
「しかし・・・あなたの物言い、実に不愉快です。礼儀をわきまえていませんねぇ。・・・お前、腹を切りなさい」
「なっ───!?」
柳善が指差した先の信者が、ナイフを取り出し、己の腹部に刺し込む。
信者は呻きながら、血を吐き出した。
「クソッ・・・タレが・・・!」
衛はギリギリと、激しく歯軋りをする。
目は怒りにより充血し、赤く染まっていた。
胃が激しく痛む。
体の中のものと一緒に、己の内の憎悪を全て吐き出したいという欲求に駆られた。
「ふむ、これで良し。では、再開してください」
柳善はにこりと微笑みながら、手を掲げた。
同時に、義満が勢い良く斬り掛かっていく。
「ちっ───!」
衛は一度舌打ちする。
そして、義満に触れられぬよう、何度も後退を繰り返す。
が、下がっても下がっても、義満は素早く間合いを詰め、衛に向かって斬り掛かっていく。
そして遂に───
「ッ!?」
ガードすらも封じられた衛の左腕が、深く抉られた。
(畜生が・・・!)
激痛に顔を歪める衛。
しかし、義満の斬撃は止まらない。
衛は何度も回避していくが、避け損ねた爪が、衛の体を何度も抉る。
徐々に、衛の黒いジャケットが赤く染まり、ボロボロになっていく。
「「衛!!」」
マリーと舞依が悲鳴を上げる。
両者の目には、涙が浮かんでいた。
マリーは悔しかった。
自分に何の力もないことが、本当に悔しくて堪らなかった。
舞依も、己が何の手助けも出来ないことを歯痒く思っていた。
マリーと違い、舞依は様々な妖術を使うことが出来る。
しかし───もしここで自分が妖術を使ったら、柳善はまた信者達に自刃するよう命じるのではないか。
そう考えてしまい、舞依は妖術を使うことが出来なかった。
そして、そうなることにたいして怯えてしまう、己の心の弱さを恥じた。
しかし、彼女達以上に、己の無力さを嘆く者がいた。
他ならぬ、衛自身であった。
自分には、柳善が習得しているような便利な妖術はない。
また、それに代わる、この状況を打破できる策を思い付く知恵も持ち合わせてはいない。
自分に力があれば。
もっと強い力があれば。
義満の爪が、己の身体を抉る度に、衛は何度もそう思った。
「グオオオオオオオオッ!!」
康治郎の雄叫びが辺りに響き渡る。
ローのダメージから回復し、衛に迫っていた。
「・・・!」
衛が目を見開く。
その瞳に、丸太のような右腕を振り上げる康治郎の姿が映った。
───危ない。
───これを食らえば、意識が飛ぶ。
衛は無意識のうちに、両腕をクロスさせて顔をガードしていた。
「がああああああああああああっ!!」
康治郎が渾身の右拳を叩き込む。
交差した腕の中央に直撃。
めきめきという音が、骨から全身へと伝わる。
そして次の瞬間、衛は宙へと放り出されていた。
「ぐぁっ・・・!!」
そのまま草地を転がり、無様な姿を晒す。
「ぐ・・・っ・・・!!」
何とか立ち上がろうとする。
腕が激痛を発していた。
骨にヒビが入っているようであった。
「おっと!腕を使いましたね!!」
柳善の愉快そうな声が衛の耳に入る。
「ペナルティです。お前!腹を切りなさい!」
「は───」
「しまっ・・・止め───!!」
衛が叫ぶが、もう遅い。
支持を受けた信者が、ナイフで腹を切っていた。
真横に一を書いたような傷から、血が溢れ出る。
白いローブが、真っ赤に染まる。
信者の口から、血が溢れ出る。
それを目にした衛の両目も、真っ赤に染まった。
怒り───そして、絶望。
瞳に宿っているのは、それらであった。
もはや、我慢の限界であった。
思わず衛は、憎悪を込めた絶叫を放っていた。
「っ───おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!てンめ───」
その時。
「・・・!」
衛の目から、一瞬、それらの感情が潰えた。
同時に衛は、己の脇腹に、何かが入り込んでいくのを感じた。
熱い───衛はそう思った。
しかし、すぐに熱さではないと悟った。
痛みであった。
激痛であった。
衛は呆然と、痛みを発している脇腹に目を向ける。
そこから───義満の右腕が生えていた。
義満の爪が、衛の脇腹を抉り、そこから手首までが衛の体内に潜り込んでいた。
「───ッ」
義満が、右手を引き抜く。
その手は、衛の血によって、赤黒く染まっていた。
「───っ、が───ごぼっ───」
衛の口から、どろどろとした血が零れる。
同様に、脇腹からも血が漏れる。
傷を手で押さえるが───同時に、衛の視界に映る光景が、遠ざかっていく。
体が急激に冷えていく。
音が聞こえなくなる。
ふと衛は、風を感じた。
高い場所から飛び降りたような感覚になり───そのまま衛は、草地に倒れ伏した。
雨露に濡れた草の冷たさを感じながら、衛の意識は、闇へと呑まれていった───
次は、木曜日の午前10時に投稿する予定です。




