魔拳参上 十九
【これまでのあらすじ】
遂に囁鬼───柳善の下へと辿り着いた衛達。
彼らの前に現れたのは、昨晩取り逃がした義満と康治郎であった。
彼らと闘え───柳善は衛にそう告げるが、衛はこれを拒否。
その直後、柳善は信者の1人に腹を切らせる。
怒りに震える衛は、止むを得ず義満・康治郎と闘うことに───
「ゥアオオオオオオオオオオオオオオオオオオ───!!」
「ッガアアアアアアアアアアアアアアアアアア───!!」
衛の啖呵に応えるかのように、義満と康治郎が咆哮を上げた。
衛の体に、声と共に殺気が叩き付けられた。
咆哮が止む前に、義満が動いた。
一瞬で衛の懐に潜り込む。
(速い───!)
衛はバックステップし、義満の攻撃に対応すべく身構える。
それと同時に、義満が爪による斬撃を放った。
「グァァッ───!!」
衛の左腕から、血の筋が何本か宙に舞う。
掠めていた。
鋭い爪が、衛の左腕の皮膚を斬り裂いていた。
「シッ───!」
その痛みを無視しながら、衛が前蹴りを放つ。
胸板に直撃。
義満の身体が僅かに後方にのけ反る。
「でやッ───!!」
衛はこの隙に、義満の顔面に裏拳の一撃。
直後、水月に左ストレート。
左頬に右フックを見舞う。
「グゥッ・・・!」
義満が僅かに呻く。
しかし───
「ウガァァァッ!!」
衛の電光石火の如き連撃に、義満は臆することはなかった。
すかさず、両手の爪で連続して斬り掛かって来る。
「ちぃっ───!!」
衛は後方へと後退りながら、その嵐のような攻撃を丁寧にいなしていく。
しかし、完全には捌けない。
いくつかの斬撃が衛の腕を掠め、その度に少量の血が舞う。
速い。
最初に衛が闘った時よりも、義満の動きは速く、そして正確であった。
(嘗めんじゃねぇッ!!)
衛は、義満の連続技の僅かな隙を突き、懐に潜り込む。
そして、冲拳の三連打を水月に叩き込んだ。
「ウガッ!?」
己の意識を失っているとは言えど、流石の義満も、これは耐えられなかった。
腹部の苦痛に、思わず前屈みになる。
衛は、そんな義満の右腕を捕える。
そして、後方に向けて思いきり背負い投げた。
「ガフッ───ガ───ァァ・・・!!」
勢い良く叩き付けられ、義満の肺から、空気が絞り出される。
だが、地面に生い茂る草がクッションになっている為、それ以外の決定的なダメージは無い。
僅かな時間で回復し、立ち上がって衛に攻撃を仕掛けて来るであろう。
しかし、そんな僅かな時間でも、衛には必要であった。
もう1人の敵───赤鬼の攻撃に対応する為の時間が。
「ガアアアアアアアアアアッ!!」
その時、背後から雄叫びと共に、強烈な圧を感知する。
康治郎である。
凄まじい勢いで、衛を目掛けて突進していた。
「死ねェェェェェッ!!」
怒号と共に、康治郎は右拳を力任せに振る。
「ッ!」
衛はそれを左手で捌く。
康治郎がバランスを崩した。
「でやぁッ───!!」
その隙を突いて、衛は顔面にローリングソバットを叩き込む。
が───
「・・・!」
康治郎はびくともしなかった。
殺気で塗り潰された瞳で、衛を見ていた。
「ッオオオオオオオオ!!」
(何───!?)
康治郎が、宙に浮いた衛の右足を掴む。
そのまま衛の体を振り上げ───
(不味いッ!!)
地面に思いきり叩き付けた。
「───ッ、が・・・!!」
衛の視界が揺れる。
全身に衝撃が走る。
叩き付けられる直前に鋼鎧功を発動した為、ダメージは軽減することが出来た。
しかし、それでも赤鬼の怪力は凄まじいものであった。
全てのダメージを打ち消すことは、出来なかった。
「ま、衛!!」
「大丈夫か!?」
離れた場所から、マリーと舞依の声が聞こえる。
悲鳴に近い声であった。
「・・・ッ・・・ぐ・・・!」
衛が状態を起こす。
そして、赤鬼に目を向けた。
その視界いっぱいに、康治郎の右足の裏が映し出された。
衛を踏み潰すつもりであった。
「うおおおおっ!!」
康治郎が右足を振り下ろそうとする。
衛は痛みを堪え、素早く姿勢を立て直す。
そして、後掃腿で康治郎の左足を刈った。
「ごっ───!?」
康治郎が仰向けに倒れる。
その人中を目掛け、衛が全体重を乗せたエルボードロップを叩き込んだ。
「でぃぃやッ!!」
「ぶっ!?」
前歯が砕け、血が跳ねる。
康治郎は口を手で覆うが、血走った両目には、未だに殺気が漲っていた。
「ガァァァァァァァァァァァァッ!!」
そこに、回復した義満が疾走。
鋭い爪が、月光をギラリと反射する。
横薙ぎの爪撃。
衛はスウェーバックし、それを躱す。
更に左、そして再びの右の爪が襲う。
衛はそれらを腕で捌き、拳による反撃を放つ。
───が、先程のように義満に当たることはなかった。
義満も同様に、腕で捌いていた。
そこから、一進一退の攻防が始まった。
拳で突く。
それを防ぐ。
爪で斬る。
それを躱す。
徐々に攻防の速度は速さを増し、熾烈なものになっていく。
「でやッ───!」
その最中、衛が前蹴りを放つ。
「ぐぅっ!?」
蹴りは義満の腹に直撃し、後方へ押しやる。
義満は体勢を崩していた。
(今だ───!)
勝機と判断し、衛が一気に詰め寄ろうとする。
が───
「ぐぅッ───!?」
衛が呻く。
苦しい。
前へ踏み出せない。
首に何かが絡まり、全く動けない。
「ぅがアアアアアアアアアアア!!」
衛の耳元に、やかましい怒鳴り声が。
康治郎の声であった。
チョークスリーパーで衛の首を絞め、捕えていた。
「───っ───グ───ガ───・・・!」
呼吸が出来ない。
首が折れそうになる。
徐々に、意識が薄れていく。
「死ね・・・!」
体勢を立て直した義満はそう呟き、前方に疾走する。
そして、衛の顔面を八つ裂きにしようと爪を向ける。
衛は、薄れゆく意識の中───
(クソッ───タレが・・・・!!)
左足に渾身の力を込めながら、蹴りを放った。
「ゥブッ!?」
義満の鼻先に直撃。
勢い良く血が噴き出す。
更に衛は、丹田に意識を集中させ、瞬時に思いきり腰を屈める。
「───!!」
「ぐおッ!?」
康治郎が体勢を崩す。
前傾姿勢になった。
同時に衛は、右足を振り上げる。
右脚は、弧を描くような軌道で真上へと進み───
「───!・・・、が・・・あ、ご・・・!?」
康治郎が呻く。
衛の爪先が、康治郎の右目を潰していた。
思わず康治郎は両手を離し、目を覆う。
この隙に衛は横に飛び退く。
草地を転がり、立ち上がる。
「う───っ、ゲホッ、ゴホッ・・・!う───っ、ゲボッ・・・!!」
そして、思いきり咳き込んだ。
首が痛い。
吐き気がする。
喉が潰れそうだ。
そんなことを考えながら、衛は義満と康治郎を睨み付けた。
「ぐぅっ・・・!」
義満が、よろよろと立ち上がる。
鼻から血を垂れ流していた。
凄まじい形相で、牙を剥き出していた。
その隙間から、ねっとりとした唾液が零れた。
「う・・・ぬぅっ・・・!」
潰れた右目を押さえながら、康治郎が身構える。
指の隙間から血が流れている。
常人が目にすれば、委縮してしまうような姿であった。
が、残された康治郎の左目は、衛を睨み付け、殺気を送り続けていた。
両者共に、初めて衛と闘った時の面影はなかった。
あの時、義満と康治郎の中には、僅かに怯えがあった。
衛に対する恐怖心が、心の奥底にあった。
それが、今はない。
衛に対して、一切の恐怖を抱いていない。
囁鬼の洗脳術によって、彼らは恐怖の感情すらも奪われているのであろう───衛はそう思った。
──その時、衛の頭の中に、先程の扇動者の姿が浮かび上がる。
彼が、己の腹にナイフを突き立てた光景が、思い起こされる。
思えば彼も、己の腹を刺すことに、一切の恐怖を抱いてはいなかった。
柳善に、『そうしろ』と命じられた時も。
あの扇動者も、前方で衛に殺気を放ち続ける妖怪達のように、感情を奪われたのであろう。
おそらく、生きとし生ける者全てが持つ、喜びや悲しみといった感情すらも、柳善から奪われているのであろう。
そうして柳善は、彼らを人形へと変えたのであろう。
己の『主人』のことしか考えられない操り人形に。
衛はそう思うと、心の内の怒りが、更に激しく煮立つのを感じた。
(許さねえ・・・許さねえぞ・・・!!)
衛は憎しみに顔を歪めながら、再び構え直す。
そして、怒りに身を任せ、2体の妖怪目掛けて突進した。
「うおおおおおおおおおっ!!」
次は、日曜日の午前10時に投稿する予定です。




