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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第六話『魔拳参上』
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魔拳参上 十八

【これまでのあらすじ】

 シェリーの洗脳を打ち破った衛達の前に、ローブ姿の男が現れる。

 彼が言うには、囁鬼が衛に会いたいと所望しているらしい。

 ローブの男に従い、衛達は森の奥へと姿を消した───

14

 森を抜けた先には、寂れた教会が建っていた。

 教会は老朽化が酷く、長年手入れされていない様子が窺えた。

 その周囲には、雨露に濡れ、乾き切っていない草原が広がっていた。

 そこに―――ローブ姿の人影が、いくつも佇んでいた。


 衛達は、先導する男の後に続き、そのローブの人々の中心へ向かって行く。

 彼らは皆、無言であった。

 歩き続ける衛達を、虚ろな目で見続けていた。


「ひ、被害に遭った人達・・・こんなにいたのね・・・」

 マリーが不安そうな声を漏らす。

 そして、周りを取り囲む人々を、きょろきょろと見渡した。


「うむ・・・。囁鬼とかいう妖怪の術・・・まさかこれほどのものだとは・・・」

 強張った表情で舞依が答える。

 歩く動作もぎこちない。

 緊張しているようであった。


「・・・・・」

 衛は無言であった。

 無言で歩き続けた。

 代わりに、目が語っていた。

 囁鬼に対する強い怒りが、その目から漏れ出ていた。


 草原の中央で、先導の男が立ち止り、跪く。

 その前には、周りの人々と同じローブの男が佇んでいた。

 しかし、その顔には生気が満ち溢れていた。

 口元には微笑が浮かんでいた。

 細い両目からは、妖しい光が零れていた。

 この男が、囁鬼で間違いあるまい───衛はそう思った。

「ササヤキ様。魔拳を連れて参りました」

「ご苦労。下がりなさい」

「は───」

 囁鬼の言葉に、先導の男は短く返事をする。

 そして立ち上がり、囁鬼の後ろに控えた。


「クク・・・実に素晴らしい・・・!信者から話は聞いていますよ・・・。私が仕向けた女・・・彼女に施した洗脳を、身を挺して救い出したとね・・・」

 囁鬼が、笑いながら衛に言葉を掛ける。

 その言葉には賞賛と───滑稽なものをあざ笑うかのような響きが込められていた。

「貴様が囁鬼か」

 衛はその言葉を無視し、囁鬼に問い掛ける。

 声は低く、怒りを辛うじて抑え込んでいるようであった。

 それが可笑しかったのか、囁鬼は再び笑った。

「ククク・・・ええ。申し遅れました。私の名は柳善(りゅうぜん)。お察しの通り、囁鬼という妖怪です」

 囁鬼が───柳善が名乗る。

 微笑を崩すことはなかった。

 しかし、その目から零れる光に、僅かに殺気が混じった。


「答えろ。お前の目的は何だ。何故、この人達を洗脳した」

「クク・・・知れたこと・・・。私がこの地上を支配する為ですよ。愚かな人間共、そして妖怪達を私が支配し、世界を統一する。そして、その頂点に私が君臨する・・・それが私の、長年の夢でした。それを実行した、ただそれだけのことです」

 衛の言葉に、柳善は恍惚とした表情を浮かべながら答える。

 酔っていた。

 己の妖術が、周囲の人々を完全に支配下においていること。

 そして、これから自分が、理想を実現出来るということを確信し、深く酔い痴れていた。

「フン。分かり易い悪役だな。目的がお約束過ぎて反吐が出る」

 衛は鼻を一つ鳴らし、皮肉をぶつける。

 それでも柳善は、にやけた表情を崩さなかった。

「ククク・・・何とでも言いなさい。どうせあなたはここで死ぬのです。好きなだけ吠えると良い・・・。しかし、その前に───」

 そう言うと、柳善は右手を掲げる。

「あなたに、是非会わせたい者達がいます」

 そして、指を鳴らした。

 その音に応じるように、柳善の背後から、2つのローブをまとった人影が歩み寄って来た。

 どちらも、柳善よりも背が高い。

 彼らは、柳善よりも前に出ると、身にまとっているローブを脱ぎ捨てた。


「・・・!貴様らは・・・!」

 衛の目が鋭くなる。

「・・・・・」

「・・・・・」

 2つの人影の正体は、狼男・義満と、赤鬼・康治郎であった。

 どちらも、虚ろな表情を浮かべている。

 衛が待ち伏せをした時のような、焦りの表情は彼らには全くなかった。

「彼らは、あなたに強い恨みを持っているようだったのでね・・・。傷を癒し、私の信者として暖かく迎え入れたのですよ」

「なるほど、そういう訳か・・・」

 柳善の言葉に、衛が合点のいったという顔をした。

 マリーが何故、義満を探知出来なかったのか───その原因が分かった為であった。


 先程、シェリーに襲撃された際、マリーはシェリーの居場所を探知できなかった。

 数時間前、義満を探知出来なかったように。

 彼らに共通する点は1つ───『囁鬼の妖術によって洗脳されていた』という点である。

 おそらく、マリーが探知できなかったのは、柳善の洗脳術による妖気が、探知を阻害したせいであろう───衛はそう思った。


「せっかく魔拳がここにいるのです。彼らに、リベンジの機会を与えてあげようかと思いましてね」

「・・・」

 柳善の言葉に、衛が顔を憎々しげに歪める。

 つくづく偉ぶった男だ───衛はそう思い、虫唾が走るのを感じた。

「まあ、そういう訳で・・・魔拳、あなたには、彼らと闘っていただきましょう」

「断る」

「おや・・・?何故です」

 衛の即答。

 それに対し、柳善はにやけた表情のまま尋ねる。

「貴様は何かを企んでいる。貴様の指図は受けねえ。俺は俺のやり方で貴様を殺す。そして、その後でこいつらを殺す」


「ぷっ・・・!ククククカカカカカ・・・!」

 衛の返答に、柳善は噴き出す。

 我慢できなくなったのか、笑い声を辺りに響かせた。

「ククク、なっ、なるほど・・・!馬鹿なりに色々と考えた訳ですね・・・!クク、ククク面白い、やはり面白いですねあなたは・・・!」

「・・・・・」

 柳善は衛を侮辱しながら、なおも笑い続けた。

 衛はそれに対し、何も答えなかった。

 ただ、柳善の笑いが治まるのを、黙って待ち続けた。

「クク・・・いや、失礼・・・!あまりにも可笑しかったもので・・・ですが───」

 その時、柳善の目が鋭くなった。

 口元の笑みは消えていなかったが、目から残酷な輝きが放たれていた。

「あなたは、私の言葉に従わざるを得ないのです。それを思い知らせてあげましょう」

「何?」


「そこのお前───」

 柳善が、背後で跪いている先導の男に声を掛ける。

 その言葉に、男がゆっくりと立ち上がった。

 それを見た柳善が、指示を出した。

「腹を切りなさい」

「何!?」

 衛の目が、驚愕に見開かれる。


「は、ササヤキ様───」

 男は懐からナイフを取り出すと───

「ぐっ───!?」

 己の腹に、思いきり突き刺した。


「きゃあああああっ!?」

「な・・・何ということを・・・!」

 マリーが悲鳴を上げ、舞依が愕然と呟く。

 どちらも、驚愕の表情を浮かべていた。

「あ、が───」

 男が、苦悶に顔を歪める。

 そのまま膝立ちの姿勢になり───横へと崩れ落ちた。

「うっ・・・ぐ・・・うご・・・!」

 そのまま、草の上でもがき苦しむ。

 口からは、血がどろりと零れていた。

 同様に、ナイフが突き刺さった腹部からも血が流れ出ていた。


「・・・・・・・・」

 呆然と。愕然と、衛はそれを見詰めていた。

 草の生い茂る地面の上に、倒れ込む光景を。

 自殺を図ったその男が、もがき苦しむ姿を。


 その時、衛の思考と視界に、ノイズが奔った。


 ───自殺───。


 ───遺影───。


 ───自殺───。

 

 ───泣いている人───。


 ───己で、己を殺す行為───。


 ───絶望───。


 ───己の命と、己の人生を、己で終わらせる行為──。


 ───机の上の花───。


 ───そうだ、これは───。


 ───耳障りな笑い声───。


 ───これ、だけは───。


 過去の記憶のフラッシュバック。

 それは、一秒と経たぬ内に終わった。

 しかし、衛にとっては永遠に感じられる出来事であった。

 

「て・・・てめぇ・・・!」

 愕然としていた衛の顔が、憎悪に歪んだ。

 凄まじい目付きで、柳善に怒りの眼光を注いでいた。

 衛の心に灯っていた、小さな火。

 その火が、大量の油が注ぎ込まれたかの如く、大きく燃え滾っていた。


「私の言葉に従わなければ、他の信者達にも同様の指示を飛ばします。どうです?従う他ないでしょう?」

 そう言うと、柳善は再び微笑を浮かべた。

 氷のように冷たく、ぞっとするような笑みであった。

「ま、衛・・・!早くしないと、あの人死んじゃう・・・!」

「わしの治癒術なら何とか治せる!早くしなければ───」

「おっと、待っていただきましょう」

 マリーと舞依の言葉に、柳善が右手を掲げて制する。

「治癒術ならば、この狼男と赤鬼を倒すことが出来た後です」

「な、何じゃと・・・!?」

「嫌なら別に構いませんよ?ただし、他の信者達にも腹を切ってもらいますがね」

「っ・・・この・・・くそったれが・・・!!」

 衛が歯軋りをする。

 握り締めた両手が、ぶるぶると震えていた。

 突き上げる怒りを抑えかねていた。


「上等だ・・・闘ってやる・・・!そして・・・こいつらを殺した後、貴様を嬲り殺す・・・!」

「ふふ・・・最初からそうしていればいいものを───」

 そう言うと、柳善は右手を勢い良く衛へと掲げた。

「では行きなさい。狼、赤鬼」

「は、ササヤキ様───」

「お望みのままに───」

 義満と康治郎が、虚ろな目のまま、返事をする。

 その目が、刃物の如く鋭くなった。

 瞳には、生気の代わりに殺気が生まれていた。

 両者はローブを脱ぎ捨てると、衛へ向けてゆっくりと歩きだす。

「・・・お前ら、下がってろ」

 それを見た衛は、怒りを必死に堪えながら、マリーと舞依を下がらせる。

「わ、分かった・・・あいつだけは、絶対やっつけなさいよ!」

「気を付けるんじゃぞ・・・!」

 下がりながら、2人は衛に声援を投げ掛ける。

 その返事の代わりに、衛は前方の妖怪達を睨み付けながら、両拳を構えた。


「来やがれ・・・このクソ野郎共が!!」

 次の投稿日は未定です。


【追記】

 次は金曜日の午前10時に投稿する予定です。

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