魔拳参上 十八
【これまでのあらすじ】
シェリーの洗脳を打ち破った衛達の前に、ローブ姿の男が現れる。
彼が言うには、囁鬼が衛に会いたいと所望しているらしい。
ローブの男に従い、衛達は森の奥へと姿を消した───
14
森を抜けた先には、寂れた教会が建っていた。
教会は老朽化が酷く、長年手入れされていない様子が窺えた。
その周囲には、雨露に濡れ、乾き切っていない草原が広がっていた。
そこに―――ローブ姿の人影が、いくつも佇んでいた。
衛達は、先導する男の後に続き、そのローブの人々の中心へ向かって行く。
彼らは皆、無言であった。
歩き続ける衛達を、虚ろな目で見続けていた。
「ひ、被害に遭った人達・・・こんなにいたのね・・・」
マリーが不安そうな声を漏らす。
そして、周りを取り囲む人々を、きょろきょろと見渡した。
「うむ・・・。囁鬼とかいう妖怪の術・・・まさかこれほどのものだとは・・・」
強張った表情で舞依が答える。
歩く動作もぎこちない。
緊張しているようであった。
「・・・・・」
衛は無言であった。
無言で歩き続けた。
代わりに、目が語っていた。
囁鬼に対する強い怒りが、その目から漏れ出ていた。
草原の中央で、先導の男が立ち止り、跪く。
その前には、周りの人々と同じローブの男が佇んでいた。
しかし、その顔には生気が満ち溢れていた。
口元には微笑が浮かんでいた。
細い両目からは、妖しい光が零れていた。
この男が、囁鬼で間違いあるまい───衛はそう思った。
「ササヤキ様。魔拳を連れて参りました」
「ご苦労。下がりなさい」
「は───」
囁鬼の言葉に、先導の男は短く返事をする。
そして立ち上がり、囁鬼の後ろに控えた。
「クク・・・実に素晴らしい・・・!信者から話は聞いていますよ・・・。私が仕向けた女・・・彼女に施した洗脳を、身を挺して救い出したとね・・・」
囁鬼が、笑いながら衛に言葉を掛ける。
その言葉には賞賛と───滑稽なものをあざ笑うかのような響きが込められていた。
「貴様が囁鬼か」
衛はその言葉を無視し、囁鬼に問い掛ける。
声は低く、怒りを辛うじて抑え込んでいるようであった。
それが可笑しかったのか、囁鬼は再び笑った。
「ククク・・・ええ。申し遅れました。私の名は柳善。お察しの通り、囁鬼という妖怪です」
囁鬼が───柳善が名乗る。
微笑を崩すことはなかった。
しかし、その目から零れる光に、僅かに殺気が混じった。
「答えろ。お前の目的は何だ。何故、この人達を洗脳した」
「クク・・・知れたこと・・・。私がこの地上を支配する為ですよ。愚かな人間共、そして妖怪達を私が支配し、世界を統一する。そして、その頂点に私が君臨する・・・それが私の、長年の夢でした。それを実行した、ただそれだけのことです」
衛の言葉に、柳善は恍惚とした表情を浮かべながら答える。
酔っていた。
己の妖術が、周囲の人々を完全に支配下においていること。
そして、これから自分が、理想を実現出来るということを確信し、深く酔い痴れていた。
「フン。分かり易い悪役だな。目的がお約束過ぎて反吐が出る」
衛は鼻を一つ鳴らし、皮肉をぶつける。
それでも柳善は、にやけた表情を崩さなかった。
「ククク・・・何とでも言いなさい。どうせあなたはここで死ぬのです。好きなだけ吠えると良い・・・。しかし、その前に───」
そう言うと、柳善は右手を掲げる。
「あなたに、是非会わせたい者達がいます」
そして、指を鳴らした。
その音に応じるように、柳善の背後から、2つのローブをまとった人影が歩み寄って来た。
どちらも、柳善よりも背が高い。
彼らは、柳善よりも前に出ると、身にまとっているローブを脱ぎ捨てた。
「・・・!貴様らは・・・!」
衛の目が鋭くなる。
「・・・・・」
「・・・・・」
2つの人影の正体は、狼男・義満と、赤鬼・康治郎であった。
どちらも、虚ろな表情を浮かべている。
衛が待ち伏せをした時のような、焦りの表情は彼らには全くなかった。
「彼らは、あなたに強い恨みを持っているようだったのでね・・・。傷を癒し、私の信者として暖かく迎え入れたのですよ」
「なるほど、そういう訳か・・・」
柳善の言葉に、衛が合点のいったという顔をした。
マリーが何故、義満を探知出来なかったのか───その原因が分かった為であった。
先程、シェリーに襲撃された際、マリーはシェリーの居場所を探知できなかった。
数時間前、義満を探知出来なかったように。
彼らに共通する点は1つ───『囁鬼の妖術によって洗脳されていた』という点である。
おそらく、マリーが探知できなかったのは、柳善の洗脳術による妖気が、探知を阻害したせいであろう───衛はそう思った。
「せっかく魔拳がここにいるのです。彼らに、リベンジの機会を与えてあげようかと思いましてね」
「・・・」
柳善の言葉に、衛が顔を憎々しげに歪める。
つくづく偉ぶった男だ───衛はそう思い、虫唾が走るのを感じた。
「まあ、そういう訳で・・・魔拳、あなたには、彼らと闘っていただきましょう」
「断る」
「おや・・・?何故です」
衛の即答。
それに対し、柳善はにやけた表情のまま尋ねる。
「貴様は何かを企んでいる。貴様の指図は受けねえ。俺は俺のやり方で貴様を殺す。そして、その後でこいつらを殺す」
「ぷっ・・・!ククククカカカカカ・・・!」
衛の返答に、柳善は噴き出す。
我慢できなくなったのか、笑い声を辺りに響かせた。
「ククク、なっ、なるほど・・・!馬鹿なりに色々と考えた訳ですね・・・!クク、ククク面白い、やはり面白いですねあなたは・・・!」
「・・・・・」
柳善は衛を侮辱しながら、なおも笑い続けた。
衛はそれに対し、何も答えなかった。
ただ、柳善の笑いが治まるのを、黙って待ち続けた。
「クク・・・いや、失礼・・・!あまりにも可笑しかったもので・・・ですが───」
その時、柳善の目が鋭くなった。
口元の笑みは消えていなかったが、目から残酷な輝きが放たれていた。
「あなたは、私の言葉に従わざるを得ないのです。それを思い知らせてあげましょう」
「何?」
「そこのお前───」
柳善が、背後で跪いている先導の男に声を掛ける。
その言葉に、男がゆっくりと立ち上がった。
それを見た柳善が、指示を出した。
「腹を切りなさい」
「何!?」
衛の目が、驚愕に見開かれる。
「は、ササヤキ様───」
男は懐からナイフを取り出すと───
「ぐっ───!?」
己の腹に、思いきり突き刺した。
「きゃあああああっ!?」
「な・・・何ということを・・・!」
マリーが悲鳴を上げ、舞依が愕然と呟く。
どちらも、驚愕の表情を浮かべていた。
「あ、が───」
男が、苦悶に顔を歪める。
そのまま膝立ちの姿勢になり───横へと崩れ落ちた。
「うっ・・・ぐ・・・うご・・・!」
そのまま、草の上でもがき苦しむ。
口からは、血がどろりと零れていた。
同様に、ナイフが突き刺さった腹部からも血が流れ出ていた。
「・・・・・・・・」
呆然と。愕然と、衛はそれを見詰めていた。
草の生い茂る地面の上に、倒れ込む光景を。
自殺を図ったその男が、もがき苦しむ姿を。
その時、衛の思考と視界に、ノイズが奔った。
───自殺───。
───遺影───。
───自殺───。
───泣いている人───。
───己で、己を殺す行為───。
───絶望───。
───己の命と、己の人生を、己で終わらせる行為──。
───机の上の花───。
───そうだ、これは───。
───耳障りな笑い声───。
───これ、だけは───。
過去の記憶のフラッシュバック。
それは、一秒と経たぬ内に終わった。
しかし、衛にとっては永遠に感じられる出来事であった。
「て・・・てめぇ・・・!」
愕然としていた衛の顔が、憎悪に歪んだ。
凄まじい目付きで、柳善に怒りの眼光を注いでいた。
衛の心に灯っていた、小さな火。
その火が、大量の油が注ぎ込まれたかの如く、大きく燃え滾っていた。
「私の言葉に従わなければ、他の信者達にも同様の指示を飛ばします。どうです?従う他ないでしょう?」
そう言うと、柳善は再び微笑を浮かべた。
氷のように冷たく、ぞっとするような笑みであった。
「ま、衛・・・!早くしないと、あの人死んじゃう・・・!」
「わしの治癒術なら何とか治せる!早くしなければ───」
「おっと、待っていただきましょう」
マリーと舞依の言葉に、柳善が右手を掲げて制する。
「治癒術ならば、この狼男と赤鬼を倒すことが出来た後です」
「な、何じゃと・・・!?」
「嫌なら別に構いませんよ?ただし、他の信者達にも腹を切ってもらいますがね」
「っ・・・この・・・くそったれが・・・!!」
衛が歯軋りをする。
握り締めた両手が、ぶるぶると震えていた。
突き上げる怒りを抑えかねていた。
「上等だ・・・闘ってやる・・・!そして・・・こいつらを殺した後、貴様を嬲り殺す・・・!」
「ふふ・・・最初からそうしていればいいものを───」
そう言うと、柳善は右手を勢い良く衛へと掲げた。
「では行きなさい。狼、赤鬼」
「は、ササヤキ様───」
「お望みのままに───」
義満と康治郎が、虚ろな目のまま、返事をする。
その目が、刃物の如く鋭くなった。
瞳には、生気の代わりに殺気が生まれていた。
両者はローブを脱ぎ捨てると、衛へ向けてゆっくりと歩きだす。
「・・・お前ら、下がってろ」
それを見た衛は、怒りを必死に堪えながら、マリーと舞依を下がらせる。
「わ、分かった・・・あいつだけは、絶対やっつけなさいよ!」
「気を付けるんじゃぞ・・・!」
下がりながら、2人は衛に声援を投げ掛ける。
その返事の代わりに、衛は前方の妖怪達を睨み付けながら、両拳を構えた。
「来やがれ・・・このクソ野郎共が!!」
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は金曜日の午前10時に投稿する予定です。




