魔拳参上 十七
【これまでのあらすじ】
襲撃者───シェリー・タチバナと対峙した衛。
囁鬼の被害者である彼女を、殺す訳にはいかない───そう考えた衛は、己にナイフを突き立てた隙に抗体をシェリーの脳へ流し込み、囁鬼の洗脳術を打ち消すという苦肉の策を実行する。
その結果、辛くもシェリーの洗脳を解くことに成功したのであった。
13
シェリーに変化が起こったのは、それから10分後であった。
「ん・・・ううっ・・・」
シェリーが呻く。
そして、ゆっくりと目を開いた。
「ここは・・・?」
そのまま、徐々に状態を起こしていく。
ここがどこなのか、自分が何をしていたのか、覚えていない様子であった。
そんな彼女に、傍らで座禅を組んでいた衛が声を掛けた。
「気が付いたか」
「・・・?な!?あなた達は!?」
衛と、その両隣に佇むマリーと舞依を見て、シェリーが驚く。
目を覚ましたら、知らない人物がいた―――そんな驚き方ではない。
知っている人物だが、何故この人物がここにいるのか―――そんな驚き方であった。
「その反応・・・。やっぱり、俺を知ってるみたいだな」
衛は予期していたように呟く。
その言葉を無視し、シェリーが質問を投げ掛ける。
「ここはどこ・・・?私に何をしたの・・・!?」
「落ち着け。ちゃんと説明してやるから」
そんな彼女を、衛は冷静になだめた。
「あんたは、囁鬼って妖怪に操られてたんだ」
「『囁鬼』・・・?」
「ああ。何か覚えてることはあるか?」
「・・・・・」
衛の問い掛けに、シェリーは僅かに目を伏せる。
そして、額に手を当て、記憶を呼び覚まそうとした。
「私・・・私は・・・」
「・・・」
「確か・・・あの時、白いローブを着た連中に追い掛けられて・・・」
「・・・それで?」
「・・・。駄目・・・思い出せない・・・」
「やっぱりか・・・」
シェリーが肩を落とす。
衛はそれに対し、彼女の言葉を予期していたかのような答えを返した。
「思い出せないならしょうがない。なら、あんたのことについて聞かせてもらおう」
「・・・!」
衛の言葉に、シェリーが僅かに顔を強張らせる。
そんな彼女の様子を気にも留めず、衛は質問を投げ掛けた。
「あんた、しばらく前から俺達のことを監視してただろう。一体何者だ?」
「・・・・・」
衛の問い掛けに、金髪の美女は沈黙する。
美しい両目が鋭くなっていた。
「・・・・・」
シェリーはしばらく、黙秘し続けた。
答えることは出来ない―――そんな意志が表れていた。
「・・・・・」
その様子を見て、衛は両目を伏せた。
そのまま考え込む。
しばらくして―――衛が両目を開いた。
やさぐれたような目が、シェリーの瞳を見つめる。
そして、小さな声で呟いた。
「・・・『レイダー』」
「・・・!?」
その時、シェリーに変化が起こった。
鋭くなった両目が、驚いたように僅かに見開かれていた。
「・・・図星か」
「・・・」
「あんたは多分、レイダーのエージェントだ。そうだな」
「・・・」
女はそれでも、黙秘を貫いた。
ただ静かに、衛の次の言葉を待っていた。
その時、それまで2人の会話を見守っていたマリーと舞依が口を開いた。
「ねぇ衛、『れいだー』って何?」
「そうじゃ、わしらにも分かるように説明してくれんか?」
「ああ、そういやお前らには話してなかったな」
衛は人形達を見て答えた。
「レイダーってのは、アメリカお抱えの組織さ。超能力者や霊能者を集めて、妖怪や超能力犯罪者を相手に戦ってる、退魔師で構成された部隊みたいなもんだ」
「ほえぇ・・・そんな人達がいるんだ・・・」
「やはりアメリカはやることが派手じゃのう・・・」
マリーと舞依が、感嘆の声を漏らす。
その時、シェリーが口を開いた。
「どうして・・・レイダーだと・・・?」
声の調子は冷静なものであった。
しかし、その節々から、動揺が滲み出ていた。
「あんたの銃だよ。あんたの銃は、レイダーのエージェント専用の改造銃だった。だからさ」
「・・・なるほどね」
衛の解答を聞き、シェリーが納得したような言葉を漏らす。
観念した───そんな響きが含まれた言葉であった。
「教えてくれ。あんたの目的は何だ?どうして、俺達を監視してたんだ?」
「・・・」
シェリーが顔を逸らす。
僅かに目を伏せていた。
目的を打ち明けるべきかどうか、決めかねているようであった。
彼女はしばらく、そのまま逡巡していた。
やがて、意を決したのか、か細い言葉を呟いた。
「・・・それは―――」
その時。
「―――!」
衛は感じ取った。
気配と、微かな妖気を。
4人がいる場所の傍らに、何者かが出現したことを。
「・・・!?衛!!」
悲鳴に近いマリーの叫び声。
それと同時に、衛が気配のする方を向く。
そこには―――
「・・・・・」
白いローブを身にまとった男が佇んでいた。
やはり、虚ろな表情。
囁鬼の被害者である。
男は淡々と、衛に語り掛ける。
「魔拳。ササヤキ様が貴様に話があると仰せだ。付いてきてもらおう」
「・・・・・」
有無を言わせぬ要求。
その言葉に、衛の表情が険しくなる。
狙いはやはり自分か―――衛はそう思った。
「・・・分かった。案内しろ」
衛は答え、立ち上がる。
そして、左肩を回し、傷の治り具合を確かめた。
既に傷は塞がり、筋組織も繋がっていた。
完治という訳ではなく、やや突っ張るような感覚が残るが、戦闘に支障が出るほどではなかった。
「マリー。舞依。行くぞ」
「待って、私も―――うっ・・・!」
シェリーが立ち上がろうとする。
―――が、目眩が生じたのか、頭を押さえて座り込んだ。
「あんたはもうしばらく休んでた方が良い。俺達だけで行く」
衛は、彼女を労るように声を掛ける。
囁鬼の目的は己である。
無関係なシェリーを、これ以上巻き込む訳にはいかない―――衛はそう考えていた。
「来い」
そう言うと、ローブの男は無言で歩き出した。
衛達も無言で、男の後に続く。
彼らの姿は、闇夜と生い茂る草木に紛れ込んで行き―――やがて、見えなくなった。
シェリーはそれまで、彼らの背中を見つめていた。
「・・・くっ・・・」
やがてシェリーは、呻き声を一つ漏らした。
その表情は、悔しげに眉を寄せたものであった。
少しでも早く回復し、彼らの後を追わなければ―――シェリーは、そう思った。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は水曜日の午前10時に投稿する予定です。




