魔拳参上 十六
【これまでのあらすじ】
自宅に届いた地図に記された目的地───薄暗い森に到着した衛達。
そこに、謎の女が襲撃して来た。
シェリー・タチバナと名乗る襲撃者は、『ササヤキ様の命令』に従い、衛を殺害すると告げた───
「やっぱりそうか・・・」
衛が、聞こえるか聞こえないかという声で呟く。
予感的中。
この女も、囁鬼の被害者であった。
ならば───
(殺す訳にはいかねえな・・・)
衛はそう考え、構えた拳を手刀へと変える。
同時に、シェリーが衛へとじりじりと詰め寄っていく。
その間、前に出したナイフをゆらゆらと振り、隙を消していく。
徐々に間合いを詰め───
「ッ!」
斬撃。
大振りな一撃ではない。
小振りで隙が少なく、素早い一撃。
「───!」
衛は後ろに下がり回避。
それに対し、シェリーは更に前進。
間合いを離さず、小刻みな連続切りを放つ。
衛は牽制で軽く前蹴りを放つ。
───が、シェリーはそれを臆せず前進。
衛の首元を目掛け、斬り付けようとナイフを横薙ぎに振る。
その腕を、衛は右手で遮る。
(今だ───!)
シェリーの右手を、衛は左手で押さえ、逸らす。
更に、空いた右手を振り、首筋に手刀を叩き込む。
そこから、脳へと抗体を流し込む。
「ぐ───ッ!?」
シェリーが顔を歪める。
囁鬼の洗脳術を浄化しようと、抗体が働き掛けていた。
───が、
「っ───ああッ!!」
その手を払い除け、シェリーは蹴りを繰り出した。
衛の腹に直撃。
思い切り押し蹴る。
「ぐっ───!?」
衛は呻きながら、後方へと押しやられる。
衛の手刀の一撃は、シェリーを解放することは出来なかった。
シェリーに施された洗脳は、草場律子以上に強いものらしい。
(直接頭に流し込むしかないか・・・!)
衛は決断する。
再び、力強く構え直した。
「・・・・・」
シェリーの構えが変わっていた。
ナイフを逆手に持ち、腰を更に低く屈めている。
確実に衛を仕留めるつもりらしい。
「・・・・・」
衛は突き出した右の手刀を、小刻みに振る。
そうしながら、相手の出方を伺っていた。
シェリーは再び、ゆっくりと詰め寄る。
それに応えるかのように、衛もじりじりと間合いを詰め始めた。
「・・・・・」
衛の額を、一筋の汗が伝う。
殺す訳にはいかない。
手加減しなければならない。
しかし、シェリーは相当の手練れである。
果たして、手加減した状態で、彼女を無力化することは出来るのか。
衛の心は、そんな緊張感で満たされていた。
その時───
「・・・!せやっ!」
シェリーが仕掛けた。
短い掛け声と共に、ジャブ気味に右のナイフで斬り付ける。
「・・・!」
衛はそれを右手で防ぐ。
直後、顔面に裏拳の一撃。
が、左手でガードされる。
更にシェリーは、フック気味に斬撃。
衛はステップし、後方に飛び退く。
「・・・・」
無言で、再び間合いを詰める衛。
そして、右でジャブを繰り出そうと動かす。
───が、フェイントであった。
それに騙され、シェリーの右手が僅かに反応する。
その隙を突き、衛は左のローキックを放つ。
「っ!?」
ローはシェリーの右大腿部に直撃。
シェリーが顔を歪める。
が、直ぐに持ち直し、斬り付けてきた。
「くっ───!」
衛は状態を後方に反らす。
ナイフの切っ先が、衛の左頬を掠めた。
痛いのか痒いのか分からない感覚が、衛の頬に生じる。
衛は後方へステップし、体勢を立て直す。
その瞬間、シェリーが思いきり前進した。
懐に潜り込み、一気に勝負を決するつもりであった。
「やあッ!!」
シェリーは掛け声と共に、右の斬撃。
衛は後退りながら回避。
そこに、シェリーの左拳が襲う。
衛は右で、それを僅かに逸らす。
シェリーは臆せず、右の斬撃。
そこから両手を用い、メビウスの軌道を描くように、衛に向けて連続技を放っていく。
衛はそれを、時には捌き、時には逸らし、避け続けた。
そうした攻防のやり取りの中で、衛の心の中に、ある疑問が生まれつつあった。
(この女───只者じゃねえ・・・!)
シェリーの正体についてである。
彼女の装備、戦闘技術、そのどちらも、一般人のものではない。
何らかの組織・団体で、技術を習得し、実戦も経験している───衛はそう思った。
その時、衛の中に、先程の感覚が甦った。
既視感───以前から見られていたという感覚が。
(こいつ・・・まさか・・・?)
その時、衛とシェリーの間に、少量の血が舞った。
衛の右腕にナイフが掠め、裂けたのである。
熱い痛みが脳へと伝わった瞬間、衛は決断した。
(仕方ねえ!!)
衛が踏み出す。
シェリーに向かって、思いきり接近する。
そこに───
「フンッ!!」
シェリーが、逆手に持ったナイフを振り下ろした。
その瞬間───
「ぐっ!?」
衛の左肩に、焼け付くような激痛が生じる。
そこから、ナイフが生えていた。
シェリーが振り下ろしたナイフが、衛の左肩に深々と突き刺さっていた。
が───
「捕・・・まえた・・・ぜ・・・!」
衛の両目から、戦意は削がれていなかった。
そのまま、シェリーの額を、右手で鷲掴む。
禍々しい赤色の輝きをまとった、右手が。
抗体の光であった。
「目を───」
「う、ぐっ!?」
地獄の底から響くような衛の唸り声に、シェリーが身じろぎする。
離れようとするが、逃れられない。
そこに───
「覚ませッ!!」
叫び声と共に、衛が抗体を流し込む。
先程の手刀の時の比ではない。
シェリーの脳にまとわりつく囁鬼の大量の妖気を、全て滅ぼすほどの量であった。
「っ───きゃああああああっ!?」
シェリーの悲鳴が、森の中に木霊する。
が、衛は抗体を流し込むのを止めない。
それほどまでに、シェリーの脳に巣食う妖気は強かった。
シェリーの悲鳴が、徐々に力を失っていく。
そして───囁鬼の妖気が、全て潰えた感覚を、衛は感じ取った。
「っ!」
その瞬間、衛は抗体を流し込むのを止め、右手を離した。
シェリーが力なく崩れ落ちる。
意識を失っていた。
衛は再び、シェリーの額に手を当てる。
そして、両目を閉じ、彼女の頭の中に妖気が残っていないか確認した。
やはり、囁鬼の妖気は完全に消失していた。
衛の抗体も、シェリーの脳に危害は加えていない。
彼女の脳は、無事であった。
「はあ───」
衛が、その場に座り込む。
そして、左肩に生えたナイフを、右手で握り締めた。
「っ───グッ!」
そのまま思いきり引き抜く。
傷口から、勢い良く血が噴き出した。
「衛ーーーっ!!」
「大丈夫か!!」
マリーと舞依が、衛に駆け寄って来る。
両者共に、真っ青な顔をしていた。
「ああ・・・女は無事だ。しばらくしたら、目を覚ますだろうぜ」
「い、いや・・・そっちも心配だけど、その傷大丈夫なの・・・!?」
「大丈夫だ・・・。これくらいなら、俺の治癒術ですぐに治る」
マリーの言葉に、衛は脂汗を流しながら答えた。
そして、シェリーの顔を見た。
肌は透き通るような白色だが、先程のような青白いものではない。
僅かに生気が宿っていた。
「・・・はぁ」
それを見て、衛は小さく溜め息を吐いた。
そして座禅を組み、仙術の治癒術を行うべく、精神を集中させた。
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は月曜日の午前10時に投稿する予定です。




