魔拳参上 十五
【これまでのあらすじ】
衛は、妖怪に関する古書の中から『ササヤキ様』に関する情報を見つけ出す。
その正体は囁鬼───話術による洗脳を得意とする、鬼の一種であった。
衛達は、囁鬼を危険な妖怪だと認定。
退治すべく、動き出そうとした。
その時、衛の自宅の前に、一通の封筒が。
中には赤い印が付けられた地図が入っており、『午後9時』とだけ記載されていた。
12
馬鹿に静かだ───衛はそう思った。
虫の鳴き声も、鳥のさえずりも聞こえない。
不自然なまでに静かであった。
時刻は9時前。
衛とマリー、そして舞依の3人は、地図に記されていた地点───薄暗い森の中を歩いていた
「ねえ・・・本当にここで合ってるの・・・?」
マリーが不安げな顔で問い掛ける。
額には汗が浮かんでいた。
「ああ。もうすぐ目的地のど真ん中だ」
それに対し、衛は周囲の様子に気を配りながら答える。
真剣な表情であった。
「足場も視界も悪いのう・・・。待ち伏せでもされとるんじゃないかのう・・・?」
マリーと同じく、不安そうな声を漏らす舞依。
躓いたり水溜まりを踏まないように注意深く歩いている。
「だろうな。嫌な予感がする。警戒を怠るなよ」
衛はそう言いながら、手首を軽く捻って回した。
その両手は、黒いグローブで覆われている。
いつ敵が襲って来るかも分からない。
既に衛は、臨戦態勢であった。
蒸し暑いのか寒いのか分からない。
湿気に混じって、妙な気配が漂っている。
殺気───そして、僅かな妖気である。
見られている。
生い茂る木々や草に紛れるように、何者かが監視している。
衛には、その視線に既視感があった。
何者かはわからないが、その人物は以前から衛を見ていた。
その人物が再び、衛を見ている。
ただし───今回は、殺気を込めながら。
「・・・・・」
衛が無言で唾を飲み込む。
空気が張り詰めている。
先程よりも張り詰めている。
足を動かすたびに、緊張感が蜘蛛の巣のようにまとわりつく。
来る。
来る。
来る───。
その時。
「・・・・・!」
衛が両目を見開く。
右から、糸のように細く、しかし鋭い殺気が放たれていた。
「危ない!」
短く叫び、マリーと舞依を庇うように立ちはだかる。
同時に、風を切るような音。
彼らを目掛けて、何かが真っ直ぐに飛んでくる。
「───ッ!」
右手を素早く振り、それを掴み取る。
矢であった。
弓矢ではない。
クロスボウの矢である。
「・・・!」
目を凝らし、前方を見る。
しかし、敵の姿は見当たらない。
気配もない。
既に敵は移動した後であった。
「マリー!」
衛は、掴み取った矢をマリーに投げ渡す。
その瞬間、マリーには衛のその行動が、何を意図したものなのかが分かった。
「分かった!」
短く返事し、矢を掴み取る。
「舞依、防御を!」
「うむ、任せろ!」
その傍らに、舞依が駆け寄る。
そして、無防備なマリーを守る為に、妖気による防御壁を張った。
マリーの身体から、蛍のような光の粒が浮かび上がる。
その間、衛は構えたまま、周囲を警戒していた。
マリーが位置を突き止めたら、すぐにその場所に疾走するつもりであった。
しかし───
「あ、あれ!?また探知出来ない!?」
「何!?」
マリーが発した思わぬ一言に、衛が驚く。
探知出来ないということはまさか、この襲撃者は義満なのか。
衛はそんなことを考え―――
(いや、違う・・・!)
即座に否定した。
先程から周囲に漂っている気配は、義満のものとは違う。
別の何者かである。
では一体―――
「・・・!また来るぞ!」
その時、再び鋭い殺気を感知する。
次の瞬間、再び矢の襲撃。
マリーと舞依を標的としての狙撃であった。
しかし、舞依は防御壁を張って、自信と舞依への攻撃から身を守っている。
矢は防御壁に衝突。
甲高い音と共に弾かれ、勢いを失い地面に落ちた。
(そこか・・・!)
矢が飛来した方向を、衛が睨み付ける。
同時に、そちらを目指して駆け出した。
生い茂る雑草をはねのけ、疾走する衛。
その視界に、襲撃者の影が映った。
(見つけたぞ!)
そう思った瞬間、襲撃者はまたしても矢を放った。
「っ!!」
衛はそれを手刀で叩き落としながら、更に接近する。
徐々に、おぼろげであった襲撃者の姿が、はっきりとしたものになる。
衛にも、だんだん分かってきた。
襲撃者が、女だということが。
衛よりも、いくらか背が高いということが。
レザースーツの上に、白いローブを羽織っていることが。
その女が、美しい顔立ちをしていることが。
女の表情が、その美貌に似付かわしくない、虚ろで生気のないものであるということが。
(この表情・・・!)
その瞬間、衛の脳裏を、ある女性の表情がよぎった。
囁鬼の妖術によって、虚ろな表情を浮かべていた、草場律子の表情が。
(まさか───)
衛がとある考えに至った瞬間、ローブの女に動きがあった。
クロスボウを傍らに投げ捨てたのである。
そして女は、ホルスターから拳銃を引き抜いた。
それを見た瞬間、衛は抗体を全身に巡らせ、鋼鎧功で硬化させる。
更に、両腕を顔の前でクロスさせ、目を防御する。
衛と女の距離は、約10メートル。
9メートル。
8メートル。
7メートルまで衛が接近したところで、女が引き金を引いた。
銃声。
腕に銃弾が直撃するが、甲高い音と共に四方に散らばる。
「チッ・・・!」
女の表情が、僅かに歪む。
それでもなお、女の目は虚ろなままであった。
女は更に三連射。
だがそれらも、衛の体を貫くことは出来ない。
そして遂に───衛が女の懐に潜り込んだ。
「シッ───!」
衛は口から呼気を漏らしながら、女の右手に手刀を叩き込む。
右手から銃が離れ、2メートル先の地面に転がる。
衛はそのまま、女の横っ面目掛けて加減した裏拳を放つ。
───が、女はそれを左手で受け止めた。
そのまま横回転。
衛を目掛け、右の後ろ回し蹴りを放つ。
「ぬぅっ!」
衛は唸りながら、上体を後ろへ反らす。
回避。
更に踏み込み、女の胸元に横蹴りの強襲。
「クッ───!」
女はそれを両腕で防ぐ。
そして飛び退き、間合いを離した。
「・・・・・」
「・・・・・」
両者は離れたまま、その場で睨み合う。
女が、何かを取り出す。
刃物───ナイフである。
木々の隙間から漏れる月の光を、ギラリと反射していた。
「・・・何者だ」
その様子を睨み続けながら、衛が問い掛ける。
「・・・シェリー・タチバナ」
女は答えながらナイフを構える。
隙の無い見事な構えであった。
「ササヤキ様の命により、貴様を討つ」
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、日曜日の午前10時に投稿する予定です。




