魔拳参上 十四
11
「・・・・・」
衛は現在、書斎で本に目を通していた。
読んでいるのは、知人から借りたばかりで、まだ目を通していなかった妖怪に関する古書である。
そういった本が、他にも机の上に何冊も積み上げられている。
「これにも載ってないか・・・」
衛はそう呟くと、その本を丁寧に閉じ、隅に置く。
そして、積み上げられた本を手に取り、新たにページを開いた。
自宅に帰って数時間。
衛はずっとこうして、『ササヤキ様』に関する情報を探していた。
もしもササヤキ様が超能力者ではなく、妖怪なのだとすれば、間違いなく何らかの古書に記載されているはず。
衛はそう考え、現在彼の自宅に置いてある本を全て引っ張り出し、探しているのであった。
「ん・・・ぐ・・・おお・・・」
一度本から目を離し、大きく伸びをする。
凝り固まった筋肉と骨がゴリゴリと音を立てる。
そして再び、本に目を向けた。
(どこかに書いてあるはずだ・・・。ササヤキ様の正体・・・。一体、どこだ・・・?)
隅々まで目を通し、ページをめくりながら、衛が呟く。
額には汗が浮かんでいた。
衛の心には、徐々に焦りが出始めていた。
洗脳された草場律子の姿を見た時、衛は確信した。
ササヤキ様という存在は、強い力を秘めた存在であると。
これ以上野放しにすると、多くの人々が被害に遭い、いずれ取り返しのつかない事態になってもおかしくないと。
再び誰かが被害に遭う前に、何とか正体を突き止めなければ───そう思っていた。
(クソ・・・どこだ・・・?ちょっとした情報でも良い・・・載っててくれ・・・!)
その時。
「・・・!」
衛の両目が僅かに見開かれる。
ある単語が、衛の目に留まった。
初めて目にする単語であった。
「・・・・・・・・・・囁鬼・・・」
単語を───その名を、衛が呟く。
その項目に書かれた文を、正確に読み取り、脳内にインプットしていく。
見つけた。
これだ。
この妖怪だ。
そんな言葉が、衛の頭の中にいくつも浮かんだ。
「よし・・・」
本を閉じ、額の汗を拭う。
そしておもむろに椅子から立ち上がり、居間へと向かった。
居間のソファーでは、マリーと舞依が、狼男の探知を続けていた。
その傍らには、舞依の姿もあった。
「・・・どうじゃ・・・?何か掴めそうか・・・?」
「ぬぅぅぅぅ・・・む、無理・・・!」
舞依の問い掛けに、マリーは苦い顔をしながら呟く。
まとっている光は弱々しく、大分力を消耗しているように思われた。
「・・・その様子じゃ、探知は上手くいっていないみたいだな」
衛が2人に歩み寄り、言葉を掛ける。
その声に、2人は作業を止め、顔を向けた。
「はぁ・・・うん・・・やっぱりもやが掛かってて見つかんないよ・・・」
「衛よ、そっちはどうじゃった?何か掴めたか?」
「ああ、見つけたぜ。『こいつなんじゃないか』って内容をな」
「本当か!?」
「教えて!」
衛の言葉に、2人は目を見開きながら詰め寄る。
2人のその反応に、衛もソファーに腰掛けながら口を開いた。
「俺が見つけたのは、囁鬼───『囁く鬼』についての内容だった」
「「『囁く鬼』?」」
「ああ。文字通り、鬼の一種だ。口の奥に小さい角が生えてて、そこから発する妖気を自分の言葉に混ぜて、話を聞いた奴を洗脳するらしい。舞依の言った通りだったぜ」
「やはりそうか・・・」
舞依が深刻な顔で呟く。
己の予想が的中したことを、誇りはしなかった。
それよりも先に、囁鬼の手に掛かる人々の姿が思い浮かんだ為であった。
「どうするんじゃ・・・?狼男達もそうじゃが、囁鬼の術はとてつもなく危険な妖術じゃぞ」
「このまま野放しにしてたら、色んな人が危ない目に遭うわよ・・・?」
「ああ、そうだな・・・」
舞依とマリーの言葉に、衛も真剣な表情で頷く。
何としても、囁鬼の悪行は阻止しなくてはならない。
そんな考えが、表情から滲み出ていた。
「・・・よし、囁鬼の調査をしよう。囁鬼の件が片付いたら、すぐに狼達を───」
その時。
「・・・!?誰だ!!」
衛が玄関の方向に目を向け、鋭く叫ぶ。
妖気を感知した為である。
すぐに玄関に駆け寄り、扉を開く。
しかし───
「・・・・・?」
そこには、誰も居なかった。
既に去った後であった。
代わりに、封筒が落ちていた。
何の変哲もない、ただの茶封筒。
それが、廊下に残されていた。
「何だ・・・?」
衛は疑問の声を漏らし、封筒を手に取る。
「衛、急にどうしたの・・・!?」
「何かあったのか・・・?」
遅れて、マリーと舞依が衛に駆け寄る。
「・・・これが」
衛が、茶封筒を2人に見せる。
2人はそれを目にし、怪訝な顔をした。
「封筒・・・?」
「中身は何じゃ・・・?」
「今、開けてみる」
衛は封筒を耳元に近付け、軽く振る。
紙が入っているようであった。
それ以外は、何の仕掛けもないらしい。
罠の類もないようであった。
「・・・・・」
無言で中の紙を取り出す。
広げてみると、地図のようであった。
「・・・これは・・・」
ぽつりと、衛が言葉を漏らす。
その視線は、地図の中央に記された、赤い点に注がれていた。
その赤点の下に、文字が書かれている。
午後9時───そう書いてあった。
「・・・・・」
衛は無言で、外の様子を伺う。
既に雨は止んでいたが、辺りは暗くなっていた。
やはり、何者の気配もなかった。
「・・・マリー、今何時だ?」
「え・・・?今、7時過ぎだけど───」
衛の問い掛けに、マリーはきょとんとした顔で答えた。
「あと2時間か・・・」
それを聞き、衛は神妙な顔で呟く。
「9時にここまで来い───そういう意味なのかのう?」
地図を覗き込みながら、舞依が尋ねる。
衛は静かに頷いた。
「多分、そうだ」
「・・・もしかして、罠?」
「かもな」
マリーの不安そうな声に、衛は短く答える。
その目付きが、一気に鋭くなった。
「・・・だとしても、行かなきゃならない。そんな気がする」
衛はそう呟き、外の闇を見つめた。
雨が止んだ後の冷たい風が、微かに暗闇の中で舞っていた。
次の投稿日は未定です。
次回から、また投稿の頻度が不規則になると思います。
もしかしたら、何日か日が開くかもしれませんが、完結まで必ず投稿します。
ご迷惑をおかけしますが、何卒宜しくお願いします。
【追記】
次は、土曜日の午前10時に投稿する予定です。




