魔拳参上 十三
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「報告いたします」
寂れた教会。
壁に掛けられた十字架を見上げる囁鬼に、彼の信者が跪きながら話す。
「信者の1人に、魔拳が接触したようです」
「そうですか・・・」
囁鬼は振り返り、その信者を見た。
「結果は?」
「は。魔拳はその信者に気を流し込み、ササヤキ様の術を解いたようです」
「ふむ・・・」
囁鬼は口に手を当て、考え込むような仕草をする。
しばらくして、その手を下ろし───静かにほくそ笑んだ。
「やはり、厄介な男ですね。本当はもっと信者を増やしてから、彼を討伐しようと思っていたのですが、このままでは私の信者がどんどん減っていってしまうかもしれない。それは、あまり面白い流れではありませんね」
「・・・・・」
囁鬼の言葉を、その信者は跪きながら聞いている。
その表情は、やはり虚ろなものであった。
「予定変更です。全ての信者達を招集しなさい。速やかに魔拳を始末します」
「は───」
囁鬼の指示に、信者は短く返事をし、恭しく一礼する。
そして立ち上がり、踵を返して外へと歩きだした。
「とはいえ───」
その信者が外へ出たのを見て、囁鬼が呟く。
「あの男は危険です。少しでも力を削っておく必要がある───」
彼は再びニヤリと笑うと、両手を二度、叩き合わせた。
薄暗い教会に、パン、パン、と乾いた音が響いた。
「女、出て来なさい」
「は───」
囁鬼の言葉に応じ、女性の声が上がる。
そして───教会の柱の陰から、1人の女性が姿を現した。
シェリー・タチバナである。
その表情は虚ろで、瞳には生気が宿っていない。
黒いレザースーツの上から、白いローブを羽織っていた。
既に彼女も、『信者』の1人と化していた。
囁鬼は、彼女に命令を下す。
「これから魔拳を誘き出します。お前には、魔拳の力を消耗させる役割を与えましょう。しっかりとやりなさい」
「は。承知いたしました───」
シェリーは恭しく跪き、囁鬼の言葉に従う。
その反応を見てから、囁鬼は振り返り、再び十字架を見上げた。
「私の目的の達成まで、あと少し───」
囁鬼は呟きながら、己の頭を覆い隠しているフードを下ろす。
そこから、黒々とした長髪が零れ落ちた。
そして、その男の───囁鬼の顔が、露わになる。
一見すると、20代半ば程の顔に見えた。
しかし、実際の年齢は分からなかった。
もっと若いかもしれないし、30代と言われても通じるような顔であった。
目が細く、常に笑っているような印象を与える顔付きであった。
「その為に・・・魔拳よ・・・。あなたには、私の目的の糧となってもらいましょう」
そう言うと、囁鬼はいやらしい笑みを浮かべた。
細い両目からは、邪悪な光が零れていた。
次は木曜日の午前10時に投稿する予定です。




