魔拳参上 十二
9
時刻は既に11時を回っていた。
草場宅を後にした衛達は、コンビニに立ち寄り、おにぎりやパンといった軽食を購入。
それを、コンビニの屋根の下で、雨宿りをしながら食べた。
朝食と言うには遅く、昼食と言うには早い食事であった。
「・・・それにしても、ササヤキ様って一体何だったんだろうね?」
オレンジジュースを飲みながら、マリーが話を振る。
「律子さんは何も覚えてなかったし、ササヤキ様って言葉にも聞き覚えがないみたいだったけど」
「術にかかっておる間の記憶は残らんようじゃのう。同じ症状にかかった者を探して訪問したとしても、多分律子さんのように記憶はないじゃろうな。・・・やれやれ。調べるのは骨が折れそうじゃな」
マリーの言葉に、舞依が肩を落としながら答える。
そして、湯気を立てる緑茶に口をつけた。
2人のそんな会話に、衛は神妙な顔をしながら耳を傾けていた。
そして、苦いコーヒーを啜りながら、思考に耽っていた。
律子が意識を取り戻した後、衛は簡単な事情聴取を行った。
しかし、マリー達が今口にしたように、律子は何も知らない様子であった。
彼女はアルバイトから帰宅する途中までのことしか覚えておらず、そこから今日までの1週間の記憶がなかった。
当然、自分が妖術によっておかしくなっていたことも知らないようであった。
(ずっと考えてるが、さっぱり分からねえ・・・。ササヤキ様か・・・一体何をしようとしてやがるんだ・・・?)
そんなことを考えながら、衛はまた一口、コーヒーに口を付けた。
言いようのない胸騒ぎを、苦い液体で黒く塗り潰そうとするかのように。
しかし、衛の中に生まれた不安は、一向に消えることはなかった。
「考えていても仕方ねえか・・・」
衛はそう呟くと、残りのコーヒーを一気に飲み干した。
「・・・よし、狼男と赤鬼を追うぞ。マリー、探知を頼む」
「うん、分かった!」
力強く、マリーが返事をする。
それと同時に、衛は懐からジッパー袋を取り出した。
中には、義満の折れた牙が入っていた。
衛はそれをマリーに手渡すと、傘を広げ、それを使ってマリーを隠す。
マリーが探知を行う姿を、他人に見られないようにする為である。
雨が多く降り注いでおり、人通りはすくないが、油断は禁物であった。
「よし、いいぞ」
「うん。じゃあ、探してみるね―――」
衛の合図に、傘の陰に隠れたマリーが返事をする。
その後、傘の中から僅かに光が漏れ出した。
が、しばらくして―――
「・・・?あ、あれ・・・?」
マリーが戸惑う声を漏らした。
「どうした?」
「な、何かね・・・あの狼の場所が分かんない」
「・・・?『分からない』?」
「探知しようとしても、何かもやもやした感じで、詳しい場所が分かんないの・・・」
「何・・・?」
マリーの答えを聞き、衛は思わず眉を寄せていた。
「『もやもやした感じ』か・・・」
舞依がぽつりと呟く。
腕組みし、一体何が起こっているのかを考えていた。
「もしかしたら・・・何者かが邪魔をしておるのかもしれんのう」
「『邪魔』?」
「どういうこと?」
舞依が口にした考えに、衛とマリーはそう言葉を漏らす。
そこで舞依は腕組みをやめ、説明を始めた。
「言葉通りの意味じゃ。何者かが妖術を使って、今追っておる妖怪共の探知を邪魔しておるのかもしれん。・・・しかし、そう考えると妙じゃのう・・・」
「・・・ああ、そうだな・・・」
そう言うと、今度は衛が腕を組み、考え込み始めた。
あの3人組の中で、狼男と赤鬼は、妖術を習得している気配はなかった。
唯一妖術を使えた化け狸は、既に衛が退治している。
では、一体誰が───?
「クソ・・・訳が分からねえな。次から次に気になることが湧いてきやがる」
衛は僅かに顔をしかめながら、そう呟いた。
「どうしよう・・・これじゃああいつら追跡出来ないよ・・・」
マリーが落ち込んだ様子で肩を落とす。
申し訳なさそうな表情をしていた。
「気にすんな。お前のせいじゃない」
それに気付いた衛が、マリーを励ますようにそう声を掛ける。
そして、彼女の頭をわしわしと荒っぽく撫でた。
「そうじゃのう。・・・じゃが、これからどうする?振り出しに戻ってしまったのう・・・」
「ぬう・・・」
舞依の言葉に、衛は小さく唸り、再び考え込む。
しばらくして、衛が改めて口を開いた。
「・・・仕方ねえな。一旦家に戻ろう。マリー、帰ったらもう一度探知できるか試してみてくれ」
「わしはどうすればいい?」
「マリーのサポートと、アドバイスを頼む。その間、俺はササヤキ様とかいう奴のことを調べてみる」
「うん、分かった」
「了解じゃ」
衛の指示に、マリーと舞依は素直に頷いていた。
しかし、両者の表情には、まだもやもやとしたものが残っているような様子が見られた。
次回は、水曜日の午前10時に投稿する予定です。




