魔拳参上 十一
8
「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・!」
雷鳴が轟き、雨が絶えず降り注ぐ、人通りの少ない街。
その路地裏を、シェリーは疾走していた。
その表情は、必死の一言。
捕まれば死―――そんな絶望的な状況を表していた。
(どうして・・・どうして、こんなことに・・・!?)
逃げ続けながら、シェリーは思わずそんなことを考えていた。
彼女が魔拳の監視を行っている途中に現れた、ローブ姿の謎の男。
彼を一瞬で気絶させ、シェリーは魔拳の追跡を再開しようと考えた―――そこまでは良かった。
だが途中、シェリーの行く手を、再びローブ姿の人物が阻んだのである。
しかも、今回は1人ではなかった。
4人の人物が表れたのである。
形勢不利と感じたシェリーは、やむなく魔拳の追跡を一時断念し、逃走することを選択した。
だが、ローブの人物の人数は徐々に増え、現在シェリーは、10人以上の人物から追われていた。
(あいつら、一体何者・・・!?いや、考えている場合じゃないわね・・・何とかして、この場を切り抜けないと・・・?)
己の頭の中に、絶えることなく湧き出る疑問。
シェリーはそれらを、完全にシャットダウンする。
そして、路地裏の角にある、通り道の入り口を見つける。
彼女は躊躇なくそこを曲がり、更に逃走しようと試みた。
しかし―――
「っ―――!?」
その角に隠れていた、狼の頭を持つ人物によって、遂にシェリーの逃走劇は終わりを迎えた。
「シッ―――!」
狼男は小さく呼気を漏らしながら、シェリーを目掛けて回し蹴りを放つ。
彼女はガードをとろうとするが―――間に合わない。
「うぐっ!?」
腹部に重い一撃。
直後、壁に叩き付けられ、無防備な姿勢で地面に倒れ伏す。
「っ・・・ぐ・・・ぁ・・・」
苦痛に喘ぐシェリー。
立ち上がろうとするが、身体に残るダメージにより、それも困難であった。
そんな彼女の首を、何者かが片手で鷲掴む。
そのまま彼女は無理やり引き起こされ、壁に押さえつけられていた。
「ぐ・・・ぅっ・・・」
シェリーは美しい顔を苦悶に歪め、呻き声を漏らす。
そして、己を壁に押し付けている人物―――否、妖怪の顔を見た。
赤鬼であった。
虚ろな表情を浮かべながら、シェリーの首を鷲掴んでいた。
そこから少し離れた場所―――シェリーの視界の端に映る妖怪は、狼男であった。
赤鬼と同様の表情を浮かべながら、シェリーを見つめていた。
(この妖怪達・・・!確か、魔拳が取り逃がした妖怪・・・!?)
見覚えのある妖怪達の姿に、シェリーが動揺する。
そう、シェリーの目の前に現れたのは、狼男・義満と、赤鬼・康治郎だったのである。
(どういうこと・・・!?この妖怪達、あのローブ姿の連中の仲間になったの・・・!?)
シェリーの頭に、多くの疑問が湧き上がる。
彼女は混乱していた。
次々に現れる人物と妖怪の関連性が掴めず、思考の糸が絡まっていた。
その時である。
「止めなさい、おまえ達。レディに対して失礼ですよ」
シェリーの耳に、新たに現れた男性の声が届く。
同時に、シェリーの首から、康治郎の巨大な手が離れた。
それにより、シェリーの体が、地面に崩れ落ちる。
「ぐぅっ・・・!っ・・・ゴホッ・・・ゲホッ・・・」
シェリーは咳込みながら、声を発した人物を見る。
その人物は、先程までシェリーを追いかけていた者と同様に、白いローブをまとっていた。
しかし―――この人物は、それまでに現れたローブの人々とは異なる、 禍々しい雰囲気を放っていた。
そして―――同時に、強大な妖気を放っていた。
「あ・・・あなたは・・・一体・・・!?」
動揺と恐怖を堪えながら、シェリーが尋ねる。
その質問に、その人物は押さえ気味の笑い声を漏らした。
「クク・・・知りたければ、教えてあげましょう・・・。ただし、あなたが私に協力してくれればの話ですがね・・・」
「何ですって・・・?一体、何を言っているの・・・!?」
男の答えに、シェリーの混乱はますます酷くなっていく。
その様子を見て、ローブの男はニヤリと笑った。
「ふふ・・・まぁ、その前に―――」
男はそこで言葉を区切ると、シェリーに顔を近付けた。
「あなたのお名前を、教えていただきましょうか―――」
息がかかる距離から聞こえる、男の囁き声。
シェリーの顔が恐怖で歪む。
だが、脳がとろけるような心地よい感覚が訪れ、次第にその表情は、恍惚としたものに変わっていった。
その瞳に、男の口が映った。
男の喉の奥には、角のような小さな突起物が、妖しくきらめいていた。
次回は、火曜日の午前10時に投稿する予定です。




