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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第六話『魔拳参上』
61/310

魔拳参上 十

7

 衛達3人は今、今回の依頼人───草場淑子の自宅の前にいた。

 衛は、緊迫した表情で、その家の呼び鈴を鳴らす。

 すると───ものの数秒もしないうちに、玄関が開かれた。

 中から出てきたのは、今にも泣き出しそうな顔をした、40代後半ほどの女性であった。

 酷くやつれた顔をしていた。


「おはようございます。草場淑子さんでしょうか?」

「は、はい・・・!あなたは、青木さんですか・・・!?」

 その女性が、衛に問い掛ける。

「はい、青木衛と申します。ご依頼を受けて参りました」

「良かった・・・!お願いします!うちの律子を助けてあげてください!色んなところに相談したんですけど、どこもお手上げで・・・!」

 そうまくし立てると、淑子は3人を家の中へと招き入れる。


「どうぞ、律子はここです・・・」

 2階へと上がり、部屋の前で立ち止まる。

 そして、扉を開けると───部屋の中央に、若い女性が力なく座り込んでいる。

 虚ろな表情で、ぶつぶつと何かを呟き続けていた。

 草場律子である。

「これは・・・」

 衛が眉をひそめる。

 そして、淑子に顔を向けた。

「・・・娘さんは、いつからこんな状態に・・・?」

 その問い掛けに、淑子は目を伏せながら答えた。

「・・・1週間くらい前です・・・。夜に、アルバイトから帰って来てから、ずっとこんな調子で・・・。私や夫が何かを話し掛けても、何も返事をしないんです・・・。ただずっと、『ササヤキ様、ササヤキ様』ってぶつぶつと・・・」

「ササヤキ様・・・?」

 衛は眉を寄せる。

 そして、再び律子に目を向けた。

 彼女は、衛達が自室を訪れていることにも気付かず、ぶつぶつと何かを呟き続けている。


「・・・・・」

 衛はその呟きに、静かに耳を傾ける。

「・・・サ・・・キ様・・・ササヤキ様・・・」

 生気の宿らぬ表情で、律子はやはり呟いている。

 淑子の語った通り───『ササヤキ様』という言葉を。


「・・・・・。舞依、お前はどう見る」

 衛はしばらく考え込んだ後、律子の顔を覗き込んでいる舞依に尋ねる。

 舞依は、幻術のような他人の精神に影響を与える妖術に精通している。

 彼女ならば、何か分かるかもしれない───そう考えたのである。

「うむ・・・」

 衛に話を振られ、舞依は衛と同じように眉を寄せて考え込む。

「・・・見たところ・・・何かの想いに囚われておるようじゃの・・・」

「『囚われている』?」

「舞依、どういうことなの?」

 律子を見ながら首を傾げていたマリーが、舞依に問い掛ける。

 その表情は不安げで、何がどうなっているのか分からないといった様子であった。

「うむ・・・。この娘さんの心の中に、誰かがおる。例えるなら・・・あれじゃ、想い人のことを考えるのに夢中になっておる・・・そんな感じじゃの」

「夢中に・・・?」

「うむ。おそらく・・・何者かが、この娘さんに妖術の類を使ったんじゃろう。おそらく、洗脳を目的とした妖術じゃ。そして、心の中に入り込み、このような状態にした───と、わしは見ておる」


「んん・・・」

 舞依の見解を聞き、衛は再び考え込む。

 舞依は、何者かが妖術を使ったと言った。

 犯人はおそらく、律子が呟いているササヤキ様ではなかろうか。

 ササヤキ様なる人物は、何故律子に妖術を施したのであろうか。

 律子は、退魔師でもなければ、特別な力を持っている訳でもないただの人間である。

 そんな彼女を己の虜にして、一体何を企んでいるのだろうか───衛は、そんなことを考えていた。


(ちっとも分からん・・・。まぁ、考えていても仕方ねえか)

 衛はおもむろに、律子の額に手を当てる。

 それでもなお、律子はササヤキ様という名を呟き続けていた。

「今は・・・この娘を治すのが先だな」

 衛はそう口にすると、手の平から僅かに抗体を放ち、律子の脳に流し込んだ。

 すると───

「───っ!」

 律子の両目が見開かれる。

 同時に衛は、律子の脳内に残存している妖気が消滅したことを感じ取った。

「───ぁ・・・っぁ・・・」

「り・・・律子っ!」

 力なく、律子が倒れる。

 それを見た淑子は、衝動的に彼女に駆け寄っていた。


「大丈夫。今、彼女の中の憑き物を取り払いました。すぐに目を覚ますでしょう」

 衛は、淑子を安心させるように語る。

 すると、その言葉の通り、律子が両目をゆっくりと開いた。

「・・・・・?」

「り・・・律子・・・?」

 淑子は不安げな顔で、律子に語り掛ける。

「・・・あ、あれ・・・?ここ・・・」

 律子は状態を起こし、そう呟く。

 先程までの、虚ろな表情ではなかった。

 生気が戻り、本人の意思が感じられる表情が浮かんでいた。


「り、律子・・・!律子!!」

 それを見た淑子は、自分の娘に臆面なく抱き付いた。

「律子・・・!良かった、律子・・・!!」

「お、お母さん・・・?どうしたのよお母さん・・・!?」

 大粒の涙を流しながら喜ぶ淑子。

 そんな母の様子に、娘は戸惑いの色を隠せなかった。

 その様子を、マリーと舞依は、安心した表情で見つめていた。

 しかし───衛の表情は、彼女たちのそれとは正反対であった。

 一体何故、律子が狙われたのか。

 ササヤキ様という人物は、一体何者なのか───そのことを考え続けており、未だに曇り続けていた。


 次は月曜日の午前10時に投稿する予定です。

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