魔拳参上 十
7
衛達3人は今、今回の依頼人───草場淑子の自宅の前にいた。
衛は、緊迫した表情で、その家の呼び鈴を鳴らす。
すると───ものの数秒もしないうちに、玄関が開かれた。
中から出てきたのは、今にも泣き出しそうな顔をした、40代後半ほどの女性であった。
酷くやつれた顔をしていた。
「おはようございます。草場淑子さんでしょうか?」
「は、はい・・・!あなたは、青木さんですか・・・!?」
その女性が、衛に問い掛ける。
「はい、青木衛と申します。ご依頼を受けて参りました」
「良かった・・・!お願いします!うちの律子を助けてあげてください!色んなところに相談したんですけど、どこもお手上げで・・・!」
そうまくし立てると、淑子は3人を家の中へと招き入れる。
「どうぞ、律子はここです・・・」
2階へと上がり、部屋の前で立ち止まる。
そして、扉を開けると───部屋の中央に、若い女性が力なく座り込んでいる。
虚ろな表情で、ぶつぶつと何かを呟き続けていた。
草場律子である。
「これは・・・」
衛が眉をひそめる。
そして、淑子に顔を向けた。
「・・・娘さんは、いつからこんな状態に・・・?」
その問い掛けに、淑子は目を伏せながら答えた。
「・・・1週間くらい前です・・・。夜に、アルバイトから帰って来てから、ずっとこんな調子で・・・。私や夫が何かを話し掛けても、何も返事をしないんです・・・。ただずっと、『ササヤキ様、ササヤキ様』ってぶつぶつと・・・」
「ササヤキ様・・・?」
衛は眉を寄せる。
そして、再び律子に目を向けた。
彼女は、衛達が自室を訪れていることにも気付かず、ぶつぶつと何かを呟き続けている。
「・・・・・」
衛はその呟きに、静かに耳を傾ける。
「・・・サ・・・キ様・・・ササヤキ様・・・」
生気の宿らぬ表情で、律子はやはり呟いている。
淑子の語った通り───『ササヤキ様』という言葉を。
「・・・・・。舞依、お前はどう見る」
衛はしばらく考え込んだ後、律子の顔を覗き込んでいる舞依に尋ねる。
舞依は、幻術のような他人の精神に影響を与える妖術に精通している。
彼女ならば、何か分かるかもしれない───そう考えたのである。
「うむ・・・」
衛に話を振られ、舞依は衛と同じように眉を寄せて考え込む。
「・・・見たところ・・・何かの想いに囚われておるようじゃの・・・」
「『囚われている』?」
「舞依、どういうことなの?」
律子を見ながら首を傾げていたマリーが、舞依に問い掛ける。
その表情は不安げで、何がどうなっているのか分からないといった様子であった。
「うむ・・・。この娘さんの心の中に、誰かがおる。例えるなら・・・あれじゃ、想い人のことを考えるのに夢中になっておる・・・そんな感じじゃの」
「夢中に・・・?」
「うむ。おそらく・・・何者かが、この娘さんに妖術の類を使ったんじゃろう。おそらく、洗脳を目的とした妖術じゃ。そして、心の中に入り込み、このような状態にした───と、わしは見ておる」
「んん・・・」
舞依の見解を聞き、衛は再び考え込む。
舞依は、何者かが妖術を使ったと言った。
犯人はおそらく、律子が呟いているササヤキ様ではなかろうか。
ササヤキ様なる人物は、何故律子に妖術を施したのであろうか。
律子は、退魔師でもなければ、特別な力を持っている訳でもないただの人間である。
そんな彼女を己の虜にして、一体何を企んでいるのだろうか───衛は、そんなことを考えていた。
(ちっとも分からん・・・。まぁ、考えていても仕方ねえか)
衛はおもむろに、律子の額に手を当てる。
それでもなお、律子はササヤキ様という名を呟き続けていた。
「今は・・・この娘を治すのが先だな」
衛はそう口にすると、手の平から僅かに抗体を放ち、律子の脳に流し込んだ。
すると───
「───っ!」
律子の両目が見開かれる。
同時に衛は、律子の脳内に残存している妖気が消滅したことを感じ取った。
「───ぁ・・・っぁ・・・」
「り・・・律子っ!」
力なく、律子が倒れる。
それを見た淑子は、衝動的に彼女に駆け寄っていた。
「大丈夫。今、彼女の中の憑き物を取り払いました。すぐに目を覚ますでしょう」
衛は、淑子を安心させるように語る。
すると、その言葉の通り、律子が両目をゆっくりと開いた。
「・・・・・?」
「り・・・律子・・・?」
淑子は不安げな顔で、律子に語り掛ける。
「・・・あ、あれ・・・?ここ・・・」
律子は状態を起こし、そう呟く。
先程までの、虚ろな表情ではなかった。
生気が戻り、本人の意思が感じられる表情が浮かんでいた。
「り、律子・・・!律子!!」
それを見た淑子は、自分の娘に臆面なく抱き付いた。
「律子・・・!良かった、律子・・・!!」
「お、お母さん・・・?どうしたのよお母さん・・・!?」
大粒の涙を流しながら喜ぶ淑子。
そんな母の様子に、娘は戸惑いの色を隠せなかった。
その様子を、マリーと舞依は、安心した表情で見つめていた。
しかし───衛の表情は、彼女たちのそれとは正反対であった。
一体何故、律子が狙われたのか。
ササヤキ様という人物は、一体何者なのか───そのことを考え続けており、未だに曇り続けていた。
次は月曜日の午前10時に投稿する予定です。




