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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第六話『魔拳参上』
58/310

魔拳参上 七

「―――っ!」

 そこで衛は、ベッドから跳ね起きた。

「・・・・・!・・・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 荒い息遣い。

 激しく音を立てる心臓の鼓動。

 全身に残る疲労感。

 それらの感覚が、夢から覚めたのだという実感を衛にもたらした。


「・・・くそっ・・・またかよ・・・」

 悪態をこぼし、溜め息を吐く。

 全身から嫌な汗を噴き出しており、寝間着代わりのシャツをじっとりと濡らしていた。

 おもむろに時計を見やる。

 時刻は午前8時。

 いつもよりも遅い起床であった。


「・・・・・はぁ」

 衛は、もう一度深い溜め息を吐いた。


 眠る時、衛はいつも悪夢を見る。

 悪夢の種類は三つ。

 一つ目は、大切な友がいなくなった夢。

 二つ目は、とある村で遭遇した、地獄のような惨劇の夢。

 そして三つ目が、先ほどまで衛が見ていた夢であった。


 これらの夢を、衛は眠る度にいつも見る。

 しかし、何度見ても、この悪夢には適応出来ない。

 この夢から覚める度に、最悪な気分になった。

 見る度に跳ね起きてしまう。熟睡など、出来るはずがなかった。


「・・・朝メシ当番・・・今日は俺だったな・・・」

 そう呟くと、衛はゆっくりと立ち上がった。

 気分を害している暇はない。

 朝食をとって、また妖怪達を追わなければ―――そう思い立った。


 着替える為に、汗だくのシャツを脱ぐ。

 そこで、衛の肉体が露わになった。

 全身の筋肉には全く無駄がない。

 小柄な体格であることを除けば、理想的な体型であった。

 だが、何よりも特筆すべきは、全身に刻まれた闘いの傷痕であった。

 斬られたような生傷や、黒くなった痣が、全身の至る所に見られた。

 中でも一際目立つのは、胸元に刻み込まれた傷であった。

 放射状に抉られたような拳大の傷痕が、胸板の中央にあった。

 どこで、何があって付いた傷なのか―――それは分からない。

 だが、それらの傷痕が、衛が潜り抜けてきた死闘の熾烈さを物語っていた。


「・・・っしゃ」

 汗を拭いて着替え終えると、両頬を軽く叩いて気合いを入れた。

 そして扉を開き、居間へと入る。

 居間には既に、マリーと舞依の姿があった。

 2人並んでソファーに腰掛け、朝のニュース番組を視聴していた。

「おはよう」

 2人に挨拶をする。

 すると2人は、『待ってました』と言わんばかりの明るい表情で衛を見た。

「あ、起きた!おはよう!」

「今日は起きるのが遅かったのう。疲れておったのか?」

「ん・・・かもな。・・・朝メシ作るけど、お前ら何食いたい?」

 話を逸らしつつ、2人にリクエストを訊く。

「目玉丼!!」

「卵雑炊!!」

 衛の質問に、2人が同時に答える。

 そして顔を見合わせ───睨み合った。


「ちょっと・・・!あんたのリクエストは昨日通ったじゃないの!」

「ふん!2日続けては採用されんという決まりはなかろうが!」

「な!?大体、何で雑炊なのよ!戦闘中にお腹空いちゃったらどうすんのよ!」

「お主こそ、目玉丼なんて量も油もタップリ過ぎじゃろうが!戦の最中に腹でも壊したらどうするんじゃ!」

「・・・お前らは朝っぱらから騒がしいな」

 呆れたような調子で、衛が呟く。

 しかし、そんな彼女達の普段通りな様子を見て、衛の気落ちした心は若干平常心を取り戻していた。


「もうジャンケンで決めちまえよ。勝った方のリクエストを作るからよ」

「よっしゃー!絶対目玉丼を勝ち取ってやるわ!」

「抜かせじゃじゃ馬!わしの卵雑炊が負けるわけがなかろうが!」

 気合いを入れつつ、両者が構える。

 そして、しばし睨み合い―――

「「せーの・・・!ジャンケンポン!!」」

 威勢の良い掛け声と共に、互いに向かって手を突き出した。

 マリー―――チョキ。

 舞依―――パー。

 マリーの勝ちであった。

「うぉっしゃああああああ勝ったああああああああああ!!」

 マリーは両拳を天に掲げ、雄叫びを上げる。

「ぬおおおおおおおわしの最強のパーがあああああああああああ!!」

 舞依はというと、床に跪き、激しく慟哭していた。

 彼女達のオーバーなアクションを見て、衛は逆に落ち着きを取り戻していた。

 冷静な様子で、衛はキッチンに入ろうとする。

「よし、決まりだな。そんじゃあ早速―――」


 その時である。

 衛の携帯の着信音が、騒がしい室内に鳴り響いた。

 画面を見てみると、知らない電話番号が表示されていた。

「・・・?何だ?仕事か・・・?」

 不審に思いつつ、電話に出る。

「はい、青木です。仕事のご依ら―――」

『たっ、助けてください!!』

 衛が言い終わるよりも早く、電話の相手が叫ぶ。

 女性の声であった。

 悲鳴に近い叫び声であった。

『お願いします!もうそちらしか頼れる方がいないんです!お願いします、うちの娘を助けてください!』

「落ち着いてください、何があったんですか・・・!?」

 相手の様子から、ただ事ではないと衛が察する。

 両目がキッと鋭くなっていた。

 その顔を見て、マリーと舞依が神妙な顔をした。

 彼女達も、何か事件が起こったのだと察していた。


 彼女達がそんな顔をしている間にも、衛は電話の相手との会話を続けていた。

 事態の深刻さを物語るかのように、その表情は真剣であった。

「・・・はい、分かりました。では、大至急そちらに向かいます。それでは、失礼いたします」

 衛は丁寧に挨拶をすると、相手が切り終えるよりも先に、すぐに電話を切った。

 そして、ジャケットを羽織りながら、マリーと舞依に指示を飛ばす。

「お前ら、依頼だ。すぐに準備しろ」

「何?妖怪の追跡はどうするんじゃ?」

「緊急事態だ!まずはこっちを優先させて、片付き次第追跡する!」

「うむ、了解じゃ!」

 真剣な表情で頷く舞依。

 そんな彼女の様子とは逆に、慌てたような表情でマリーが尋ねた。

「えっ?えっ!?朝ごはんは!?目玉丼は!?」

「また今度だ!今日はコンビニメシで我慢しろ!」

「嘘ぉぉぉっ!?うわあああああん、あたしの目玉丼ーーーーーーー!!」


 次は木曜日の午前10時頃に投稿する予定です。

 また、Pixiv上にも本日中に『市松人形の呪い』までのエピソードを掲載する予定です。

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