魔拳参上 七
「―――っ!」
そこで衛は、ベッドから跳ね起きた。
「・・・・・!・・・・・はぁ・・・はぁ・・・」
荒い息遣い。
激しく音を立てる心臓の鼓動。
全身に残る疲労感。
それらの感覚が、夢から覚めたのだという実感を衛にもたらした。
「・・・くそっ・・・またかよ・・・」
悪態をこぼし、溜め息を吐く。
全身から嫌な汗を噴き出しており、寝間着代わりのシャツをじっとりと濡らしていた。
おもむろに時計を見やる。
時刻は午前8時。
いつもよりも遅い起床であった。
「・・・・・はぁ」
衛は、もう一度深い溜め息を吐いた。
眠る時、衛はいつも悪夢を見る。
悪夢の種類は三つ。
一つ目は、大切な友がいなくなった夢。
二つ目は、とある村で遭遇した、地獄のような惨劇の夢。
そして三つ目が、先ほどまで衛が見ていた夢であった。
これらの夢を、衛は眠る度にいつも見る。
しかし、何度見ても、この悪夢には適応出来ない。
この夢から覚める度に、最悪な気分になった。
見る度に跳ね起きてしまう。熟睡など、出来るはずがなかった。
「・・・朝メシ当番・・・今日は俺だったな・・・」
そう呟くと、衛はゆっくりと立ち上がった。
気分を害している暇はない。
朝食をとって、また妖怪達を追わなければ―――そう思い立った。
着替える為に、汗だくのシャツを脱ぐ。
そこで、衛の肉体が露わになった。
全身の筋肉には全く無駄がない。
小柄な体格であることを除けば、理想的な体型であった。
だが、何よりも特筆すべきは、全身に刻まれた闘いの傷痕であった。
斬られたような生傷や、黒くなった痣が、全身の至る所に見られた。
中でも一際目立つのは、胸元に刻み込まれた傷であった。
放射状に抉られたような拳大の傷痕が、胸板の中央にあった。
どこで、何があって付いた傷なのか―――それは分からない。
だが、それらの傷痕が、衛が潜り抜けてきた死闘の熾烈さを物語っていた。
「・・・っしゃ」
汗を拭いて着替え終えると、両頬を軽く叩いて気合いを入れた。
そして扉を開き、居間へと入る。
居間には既に、マリーと舞依の姿があった。
2人並んでソファーに腰掛け、朝のニュース番組を視聴していた。
「おはよう」
2人に挨拶をする。
すると2人は、『待ってました』と言わんばかりの明るい表情で衛を見た。
「あ、起きた!おはよう!」
「今日は起きるのが遅かったのう。疲れておったのか?」
「ん・・・かもな。・・・朝メシ作るけど、お前ら何食いたい?」
話を逸らしつつ、2人にリクエストを訊く。
「目玉丼!!」
「卵雑炊!!」
衛の質問に、2人が同時に答える。
そして顔を見合わせ───睨み合った。
「ちょっと・・・!あんたのリクエストは昨日通ったじゃないの!」
「ふん!2日続けては採用されんという決まりはなかろうが!」
「な!?大体、何で雑炊なのよ!戦闘中にお腹空いちゃったらどうすんのよ!」
「お主こそ、目玉丼なんて量も油もタップリ過ぎじゃろうが!戦の最中に腹でも壊したらどうするんじゃ!」
「・・・お前らは朝っぱらから騒がしいな」
呆れたような調子で、衛が呟く。
しかし、そんな彼女達の普段通りな様子を見て、衛の気落ちした心は若干平常心を取り戻していた。
「もうジャンケンで決めちまえよ。勝った方のリクエストを作るからよ」
「よっしゃー!絶対目玉丼を勝ち取ってやるわ!」
「抜かせじゃじゃ馬!わしの卵雑炊が負けるわけがなかろうが!」
気合いを入れつつ、両者が構える。
そして、しばし睨み合い―――
「「せーの・・・!ジャンケンポン!!」」
威勢の良い掛け声と共に、互いに向かって手を突き出した。
マリー―――チョキ。
舞依―――パー。
マリーの勝ちであった。
「うぉっしゃああああああ勝ったああああああああああ!!」
マリーは両拳を天に掲げ、雄叫びを上げる。
「ぬおおおおおおおわしの最強のパーがあああああああああああ!!」
舞依はというと、床に跪き、激しく慟哭していた。
彼女達のオーバーなアクションを見て、衛は逆に落ち着きを取り戻していた。
冷静な様子で、衛はキッチンに入ろうとする。
「よし、決まりだな。そんじゃあ早速―――」
その時である。
衛の携帯の着信音が、騒がしい室内に鳴り響いた。
画面を見てみると、知らない電話番号が表示されていた。
「・・・?何だ?仕事か・・・?」
不審に思いつつ、電話に出る。
「はい、青木です。仕事のご依ら―――」
『たっ、助けてください!!』
衛が言い終わるよりも早く、電話の相手が叫ぶ。
女性の声であった。
悲鳴に近い叫び声であった。
『お願いします!もうそちらしか頼れる方がいないんです!お願いします、うちの娘を助けてください!』
「落ち着いてください、何があったんですか・・・!?」
相手の様子から、ただ事ではないと衛が察する。
両目がキッと鋭くなっていた。
その顔を見て、マリーと舞依が神妙な顔をした。
彼女達も、何か事件が起こったのだと察していた。
彼女達がそんな顔をしている間にも、衛は電話の相手との会話を続けていた。
事態の深刻さを物語るかのように、その表情は真剣であった。
「・・・はい、分かりました。では、大至急そちらに向かいます。それでは、失礼いたします」
衛は丁寧に挨拶をすると、相手が切り終えるよりも先に、すぐに電話を切った。
そして、ジャケットを羽織りながら、マリーと舞依に指示を飛ばす。
「お前ら、依頼だ。すぐに準備しろ」
「何?妖怪の追跡はどうするんじゃ?」
「緊急事態だ!まずはこっちを優先させて、片付き次第追跡する!」
「うむ、了解じゃ!」
真剣な表情で頷く舞依。
そんな彼女の様子とは逆に、慌てたような表情でマリーが尋ねた。
「えっ?えっ!?朝ごはんは!?目玉丼は!?」
「また今度だ!今日はコンビニメシで我慢しろ!」
「嘘ぉぉぉっ!?うわあああああん、あたしの目玉丼ーーーーーーー!!」
次は木曜日の午前10時頃に投稿する予定です。
また、Pixiv上にも本日中に『市松人形の呪い』までのエピソードを掲載する予定です。




