魔拳参上 六
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闇であった。
何もなく、誰もおらず、ただ黒い空間が続く暗闇。
何の音も聞こえず、何の気配も感じられない、どこまでも続く暗黒の闇。
その中央に、衛は1人佇んでいた。
(ここは―――)
辺りを見渡し、衛が呟く。
声が空間に反響し、己の耳に届く。
それだけで、衛の表情に影が差した。
この光景は、衛にとって見慣れたものであった。
しかし、見慣れた光景とはいえ、それに順応出来ているかと言われれば、それは断じて否であった。
この場所に立っているだけで、衛の心はいつもざわついていた。
出来れば、ここにはいたくない―――そう思っても、衛はいつもこの場所に放り込まれていた。
(・・・!)
ふと気が付くと―――目の前に、女性が佇んでいた。
暗闇の中で、その女性だけが、弱々しい光に包まれていた。
背の高い女性であった。
衛よりも、いくらか背が高い。
顔は判らなかった。
その女性の胸元から上が、光によってぼやけている為である。
しかし―――衛には、その女性が誰なのかが判った。
顔を見なくても、誰なのかがハッキリと判った。
(お前は―――)
衛は、その女性に声を掛けようとした。
だがその瞬間、女性の体から輝きが消え始め、姿がおぼろげになっていく。
(・・・っ!)
衛は思わず、その女性に手を伸ばしていた。
だが、どうしても届かない。
歩み寄って触れようとするが、何故か女性の体が遠ざかっていく。
(待て・・・!)
衛は走る。
その女性に何とか追い付こうと、全力で走り始める。
(待て・・・!待ってくれ・・・!!)
衛が悲痛な叫びを上げる。
しかし女性は、みるみるうちに遠ざかっていく。
そして、女性の体から光が消え―――やがて、闇に呑まれ、消え失せてしまった。
(クソッ・・・クソッ・・・!)
それでも衛は、走り続けた。
消えてしまった女性の姿を探して、暗闇を1人疾走していた。
体が重い。
息が切れる。
肺が苦しい。
吐き気が酷い。
それでも、彼は走り続けた。
走って走って、走り続けた。
突如、闇の中に声が響き渡る。
―――諦めろ。
衛の声であった。
しかし、衛の口から飛び出した言葉ではない。
だが、その声は衛にとって、生まれてからずっと耳にしていた、聞き覚えのある声であった。
響き渡る声は、なおも衛に語り掛ける。
―――お前に、『あいつ』を助けることは出来ない。
(うるせぇ・・・)
その声に、衛は苛立ったように反論する。
足はまだ、女性を捜し求めて走り続けていた。
―――諦めろよ。もう全部遅い。
(黙れ・・・)
―――自分でも分かってるだろ。全部終わってしまったんだ。
(黙れ・・・)
―――『あいつ』はもういないんだ。助けようにも、助けることなんて出来ないんだ。
(黙れ!!)
衛が怒鳴る。
それでも、足の動きは止めない。
ここで止めたら、絶対に『彼女』には会えないという気がしたから。
絶対に『彼女』を助けることが出来ないという気がしたから。
(『あいつ』は・・・!まだ生きてるんだ・・・!)
走りながら、衛が怒鳴る。
(俺は・・・!誓ったんだ!『絶対に助けてやる』って!!諦めねえ・・・!俺は、絶対に諦めねえ!!)
衛のその言葉をきっかけに、闇がさらに濃くなっていく。
そして、徐々に衛の姿を包み、覆い隠し始めた。
―――無理だよ。お前には。
再び、『声』が響く。
―――俺にも、お前にも、そんな力があるものかよ。
やさぐれたように。
嘲るように。
その『声』は、衛に語り掛けた。
暗闇は更に深く濃くなる。
やがて、衛の姿は完全に見えなくなり―――
次の投稿日は未定です。
【追記】
次は、水曜日の午前10時(もしくは午後7時)に投稿する予定です。




