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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第六話『魔拳参上』
52/310

魔拳参上 一

1

 草木も眠る丑三つ時。

 二十階建てのビルの屋上に、一つの人影が佇んでいた。

 青年である。

 その人物は、闇に溶け込むような黒いジャケットを羽織っていた。

 両手には、ジャケットと同じくらい真っ黒なグローブをはめている。

 体格は小柄であった。

 しかし、貧弱な肉体ではない。

 それどころか、ジャケットの下に浮かび上がっている筋肉のシルエットからは、一切の無駄が見られない。

 少な過ぎず、多過ぎない──実戦で『使う』ために作られた肉体であった。

 その体の上には、不愛想な表情を浮かべた顔が乗っていた。

 悪人面であった。

 目付きが異様に悪く、やさぐれているような印象を与える目をしていた。


 そんな悪人のような彼の両目は、ビルの下に広がっている、夜の闇を見つめていた。

 妙に静かであった。

 道路に車は走っておらず、歩道も誰も歩いてはいない。

 深夜と言えど、この街に何者の気配もないのは、明らかに妙であった。

「……」

 しかしその青年は、何者かを見つけ出そうと、眼下に広がる街に視線を送り続けていた。

 表情は真剣そのものであった。

 わずかに、殺気が漏れ出していた。


 そんな青年の傍らに──二つの人影が出現した。

 そのどちらも、幼い少女の姿であった。

 一人はふわふわとしたドレスを。

 もう一人は、赤を基調とした着物をまとっていた。

「……首尾はどうだ?」

 青年が、初めて口を開く。

 着物の少女に掛けた言葉であった。

「良好じゃ。『奴ら』を除けば、今この辺りには人っ子一人おらん。わしの幻術が上手く効いておるようじゃ」

 着物の少女が冷静に答える。

 老人のような口調であった。

「じゃが、流石にわしの力はもう限界じゃ。後は簡単な念力しか使えそうにない。すまんな」

「いや、上出来だよ。ありがとう。後は俺が引き受けるさ」

 少女が申し訳なさそうに呟く。

 それに対し、青年は冷静にフォローをした。


「『奴ら』はもう近くにいるか?」

 青年は次に、ドレスの少女に問い掛けた。

 ドレスの少女は、僅かに緊張したような面持ちで答える。

「……うん。もうだいぶ近いわよ。そこの路地裏の影から出てくる」

 少女の答えを聞き、青年は、彼らが立っているビルから七十メートル程先にある、ビルとビルの間──そこの路地裏の入り口に目をやった。

 するとそこから、三つの人影が飛び出してきた。

 三人とも、男性であった。

 全員、外見は三十代前半から四十代前半くらいの年齢に見えた。


 しかし実際の所、彼らはもっと年齢を重ねていた。

 その数、およそ二百年。

 彼らは人間ではない。

 妖怪である。

 青年が探していた、今回のターゲットであった。


 三人の男は、路地裏を抜けると、青年たちがいるビルの真下にある、大きな交差点を目掛けて走り始めた。

 それを見て、ドレス姿の少女が、眉をひそめて青年に問い掛ける。

「でも……どうするつもりなの? 今から階段で降りても、あいつらには間に合わないわよ?」

「お主には妖術は効かんからのう。わしの念力では降りられんしな」

 着物姿の少女も、神妙な面持ちで呟く。

 それらに対し、青年は仏頂面を崩さずに答えた。

「飛び降りる」

「そう、飛び降り──え!?」

「な、何じゃと!?」

 青年のしれっとした一言。

 それを耳にし、二人の少女の顔に驚愕が浮かんだ。

 しかし青年は、彼女達の反応を全く意に介さなかった。

 ただ冷静に、屋上の淵に足をかけていた。


「それじゃあ行ってくる。お前らは念力で降りて来い」

 振り返りながら、青年が声を掛ける。

 それに対し、少女達は慌てた様子で青年を制止しようとした。

「ちょ、ちょっ──」

「待っ──」

 しかし───青年は既に、屋上から身を投げ出していた。


 夜の冷たい風が、青年を打ち付ける。

 青年の体は加速し続け、凄まじい速度で地上へと落下していく。

 その間に、青年は三人組の様子を伺っていた。

 三人組は今、青年の落下地点まで十メートルという位置を走っていた。

 静まり返った街の様子に、違和感を感じているようであった。

 しかし、自分達を狙って青年が飛び降りたことに気付いていないらしい。

 

 地上に到達するまであと少し。

 そこで青年は、着地の用意をする。

 全身の気を操り、肉体を強化する。

 更に着地の際の衝撃に備えて、空中で身構える。

 そして遂に──青年の足が、地面に付いた。


 轟音──そして、煙が湧き上がる。

 青年が着地した衝撃によって、コンクリートの地面は凹み、ひび割れが生じていた。

「なっ!?」

「うっ──何だ!?」

「おい、どうした……!?」

 三人組が足を止める。

 驚愕していた。

 突如、目の前に謎の人物が落下してきたことで、頭の中がパニックになっているようであった。


 ゆっくりと、青年が立ち上がる。

 その動きからは、落下のダメージは微塵も感じられなかった。

 青年の様子は、あくまで冷静であった。

 しかし──

「……」

 ──鋭くなった両目からは、怒りが溢れていた。

 内面から吹き出す憎悪が、両目を通して、三人組を狙っていた。


「赤鬼の康治郎、狼男の義満。そしてリーダー、化け狸の寛太郎だな」

 青年が呟く。

 凄みを湛えた声が、三人の耳に届く。

 その時、彼らは確かに恐怖した。

 突如出現した、その謎の青年の言いようのない迫力に、彼らは恐れを抱いた。


「な……?」

「どうして……俺達の名前を!?」

 赤ら顔の男・康治郎と、無精髭を生やした男・義満が狼狽する。

 恐怖と動揺により、声が震えていた。


「お前らを殺しに来た。覚悟しろ」

 怒りを押し殺した声が、青年の口を通って外へと出る。

 三人は再び驚愕。

 そして、僅かに身構えた。

「何……!? てめえ、何者だ!!」

 目の下に濃い隈のある男──寛太郎が怒鳴る。

 青年は鋭い眼光を崩さず、押し殺した名乗った。

「退魔師──青木衛」

 次回は、火曜日の午後7時頃に投稿する予定です(もしかしたら延期するかもしれません)


【追記】

 予定変更いたします。次回は、火曜日の午前10時に投稿致します。

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