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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第五話『市松人形の呪い』
51/310

市松人形の呪い 十四(完)

10

「出来たぞ! これがわしの饅頭じゃ!」

 キッチンから、割烹着姿の舞依が現れる。

 両手で持っているのは、白い大皿。

 その皿の上には、湯気を立てる三つの饅頭があった。


 ──帰宅した衛とマリーは、当初の予定通り、饅頭作りを再開しようとしていた。

 その時、舞依が自信たっぷりな様子でこんな発言をした。

『饅頭作りなら、わしに任せろ!』と。

 どうやら以前、真奈美の母親が料理をしているところを、影から見ていたらしい。

 そして、屋敷に誰もいないのを見計らって、こっそりと自分で料理をしていたのである。

 そんな訳で、衛とマリーは、彼女の料理の腕を見せてもらおうと、キッチンを預けたのである。


「おお……」

 舞依の饅頭を見て、衛が感嘆の声を漏らす。

 表情にはさして変化はなかったが、目には驚きの色が見られた。

「こ、これは……っ!」

 同様に、マリーも声を漏らす。

 しかし、その声は、衛のような賞賛の意味を込めたものではない。

 どちらかと言うと、悔し気な声であった。

 自分に作れなかったものを易々と作って見せた舞依に対する、敗北感のようなものが感じられた。


「むふふ……! どうじゃ、美味そうじゃろう? さぁどうぞ、ご賞味あれ!」

 目を閉じ、自信満々と言った表情で胸を張る舞依。

 彼女に促され、二人は早速、まだ湯気を立てている饅頭に齧り付いた。

 衛は躊躇なく。

 マリーはおそるおそる。

 饅頭を咀嚼し、ゆっくりと味わいながら、飲み込んでいく。


 そして──

「美味ぇ……」

「お、美味しい……」

 ──二人は、素直な感想を口にしていた。


 皮は非常に柔らかく、赤ん坊の肌のようにもちもちしっとりとしている。

 噛んだ瞬間、とろけるような生地の味わいが口の中に広がる。

 そして、中に包まれた甘い餡と混ざり合い素晴らしいハーモニーを奏でるのである。


「むふふ、そうじゃろうそうじゃろう? わしにかかれば、饅頭作りなど造作もないわ!」

「ぐ、ぬぬ……!」

 勝ち誇ったように宣言する舞依。

 彼女の自信満々な笑みに、マリーは屈辱に顔を歪ませていた。

 そんなマリーの表情に気づき、舞依はにまにまと嫌らしい笑みで問い掛ける。

「おやおやぁ? どうしたんじゃ西洋人形ぉ? そんなに悔しそうな顔をして?」

「うぐっ……ぬぬぬ……!!」

 マリーがぷるぷると震えだす。

 彼女の様子などお構いなしに、舞依は更に煽っていく。


「ああそうかぁ! お主は饅頭作りに失敗したんじゃったなぁ! わしが容易く作って見せたのが悔しいのかぁ! そりゃあスマンかったなぁ! わしゃお主と違って手先が器用じゃからなぁ! お主のような大雑把な作りの人形が、丁寧に作られたわしみたいに繊細な動きが出来るはずがないものなぁ!!」

「うぐぐぐぐぐぐぐぐ……!」

「どうじゃ? 何だったら、料理の手解きもわしがやってやろうか? ただし、わしを『華麗なる舞依お嬢様』と崇めひれ伏すのならなぁ! うしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!!」

 妙な笑い声を室内に響かせる舞依。

 完全に調子に乗っていた。


 そんな彼女の様子に、遂にマリーの怒りが頂点に達した。

「うがぁーーーーーーーーーーーーっ!! 何が舞依お嬢様よ!! あんたに教わるくらいなら藁人形に弟子入りした方がマシよ!! 調子こいてんじゃないわよこの年増のオンボロ人形がぁぁぁ!!」

「何じゃと!? 人が下手に出ておればつけあがりおってからにこの白豚めが!!」

「いつ下手に出たってのよ!! 客観的に自分を見なさいよこの山猿が!!」

 そして、屋敷で終焉を迎えたはずの喧嘩が、またもや勃発してしまう。

 罵り、憤慨し、揉みくちゃになる。

 それらを何度も繰り返した後、両者が衛に顔を向ける。


「このーーーっ! 衛!! あんたも何か言ってやんなさいよ!!」

「そうじゃ衛!! このチャラ人形にビシッと言ってやらんかい!!」

 鬼気迫る表情で、衛に話を振る二人。

 しかし──衛は両者の様子を全く意に介していなかった。

 無表情で饅頭にがっつき、緑茶をのんびりと啜っていた。

「お茶がまた美味ぇ……」

「「爺臭いこと言って和むなこのあほーーーーーっ!!」


 ──某所のマンション、二〇三号室。

 しばらく前までこの部屋は、本当に人が住んでいるのかと疑われる程、静まり返った部屋であった。

 だが現在の二〇三号室は、二人の人形の少女の喚き声と、一人の人間の青年が漏らす声で、騒がしい雰囲気に包まれていた。

 その変わり様は、部屋の前を通り過ぎた人が大いに驚くほどであった。

 しかし、その騒がしい声は、耳にしても何故か嫌な気持ちが湧き上がらなかった。

 それどころか──平和な日常を心から感じさせるような──そんな温かい空気が漂っていた。

「ムキーーーーーーーーー!!」

「フシャーーーーーーーー!!」

「美味ぇ……」


                          第5話 完

 今回でこのエピソードは完結です。次からは、新しいエピソードを投稿していきます。

 次回は、衛の過去の一端に触れると共に、少年漫画的な熱いストーリーを書ければいいなぁと思っております。

 投稿日は、月曜日の午前10時を予定しています。

 それでは皆様、ありがとうございました。

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