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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第五話『市松人形の呪い』
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市松人形の呪い 十三

9

 二瓶邸を後にした後、衛は帰路に就いた。

 その傍らにはマリーが。

 そして──少女の姿に化けた舞依の姿があった。

「……本当に、あれでよかったのか?」

 ぽつりと──衛が、舞依に向けて呟く。

 先ほどの、真奈美への説明について言っているのである。

「……良いんじゃ。これ以上、真奈美様にいらぬ心配は掛けたくないからのう……」

 マリーが答える。

 微笑んでいるが、どこか物寂しい表情であった。


 ──先ほどの真奈美への説明には、鍵の書のことが全く入っていなかった。

 舞依が、鍵の書を盗まれたことに怒りを抱いていたこと。

 鍵の書が、実は邪悪な生物の封印に関わる秘密を持っていること。

 そして、真奈美の両親が、鍵の書を盗んだ犯人の手にかかって殺された可能性があることも。

 一切、真奈美には話さなかった。


 衛が、それらを真奈美に打ち明けなかった理由──それは、舞依が口止めしたためであった。 

 もし、真奈美がそれらの事実を知ってしまったら、彼女に何が起こるか分からない。

 再び心労が重なり、今回の様に、夜も眠れぬ日々が続くかもしれない──だが、それだけならばまだ良い。

 最悪の場合、彼女の両親のように、真奈美にも呪いがかけられる可能性もある。

 舞依は、それだけは絶対に嫌だと思っていた。

 もうこれ以上、大切な人に死んで欲しくない。

 そう思い、真奈美を巻き込まぬよう、真実を隠してほしいと、衛に頼み込んだのである。


「必ず……果たす……」

 舞依が呟く。

 己に言い聞かせるように。

「わしは必ず……鍵の書を取り戻し、盗人に然るべき報いを受けさせる。鍵の書を持って……必ず、あの屋敷に戻って来る。そして……そして……わしの口から、真奈美様に謝るんじゃ。わしが、真奈美様に迷惑を掛けてしまったことを。わしが不甲斐なかったせいで、鍵の書を……旦那様方の命を奪われてしまったことをな……」

 舞依は、絞り出すように声を漏らす。

 僅かに、体が震えていた。

 嗚咽が漏れだすのを、必死に堪えていた。


「……大丈夫よ」

 俯きながら、マリーが呟く。

「……真奈美さんは、優しい人だから。きっと許してもらえるわよ。きっとね」

 僅かに目を伏せながら、そう続けた。

 彼女なりの、励ましの言葉であった。

「……そうじゃっ……そうじゃろうな……」

 舞依の言葉に、嗚咽が混じりはじめる。

 声の震えも、次第に大きくなっていった。

「わしのような……役立たずの人形でも……きっと、真奈美様は、許して下さるじゃろうな……っ……きっと……また、さっきのように……優しく……笑……って……っ……う……うぅっ……!」

 舞依の目から、涙が零れ落ちた。

 透き通った、大粒の雫であった。


 真奈美は、自身を苦しめた原因である舞依を、決して罵ったりはしなかった。

 それどころか、彼女は『自分に非がある』とし、舞依に謝罪したのである。

 舞依はきっと、真奈美の慈悲深さと、己の不甲斐なさを痛感しているのだと思った。

 あんなに優しい主を、無意識に苦しめていた己に、言いようのない怒りを感じているのだ──衛は、舞依を見ながらそう思った。


「……っ……く……ぅぅっ……」

 舞依の嗚咽も涙も止まらない。

 必死に堪えようとするが、ますます酷くなっていく。

 そんな彼女の頭に──ポンと、何かが乗せられた。

 衛の手であった。

「……自分を責めるな」

 淡々と、衛が呟く。

「俺達が必ず、鍵の書を見つけてやる。そして、胸を張って屋敷に帰れるようにしてやる。……だから、もう泣くんじゃねえよ。な」

 そう言いながら、優しく舞依の頭を撫でた。

 真奈美のような、柔らかい手ではない。

 幾多の敵を殴ってきたことを想像させる、ごつごつとした手であった。

 しかし──苦し気であった舞依の顔が、その手のおかげか、わずかに和らいだように見えた。


「……っ……。そう……そう、じゃな」

 舞依は、流れる涙を拭う。

 そして、赤くなった目を、静かに細めていった。

「……それじゃあ、よろしく頼むぞ。衛、マリー」

 それに対し、二人も口を開いた。

 マリーは微笑みながら。

 衛は、真剣な顔で。

「……こちらこそ」

「……よろしく頼むぜ、舞依」

 次回で、このエピソードは完結です。

 次の投稿は、日曜日の午前10時を予定しています。

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