市松人形の呪い 十三
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二瓶邸を後にした後、衛は帰路に就いた。
その傍らにはマリーが。
そして──少女の姿に化けた舞依の姿があった。
「……本当に、あれでよかったのか?」
ぽつりと──衛が、舞依に向けて呟く。
先ほどの、真奈美への説明について言っているのである。
「……良いんじゃ。これ以上、真奈美様にいらぬ心配は掛けたくないからのう……」
マリーが答える。
微笑んでいるが、どこか物寂しい表情であった。
──先ほどの真奈美への説明には、鍵の書のことが全く入っていなかった。
舞依が、鍵の書を盗まれたことに怒りを抱いていたこと。
鍵の書が、実は邪悪な生物の封印に関わる秘密を持っていること。
そして、真奈美の両親が、鍵の書を盗んだ犯人の手にかかって殺された可能性があることも。
一切、真奈美には話さなかった。
衛が、それらを真奈美に打ち明けなかった理由──それは、舞依が口止めしたためであった。
もし、真奈美がそれらの事実を知ってしまったら、彼女に何が起こるか分からない。
再び心労が重なり、今回の様に、夜も眠れぬ日々が続くかもしれない──だが、それだけならばまだ良い。
最悪の場合、彼女の両親のように、真奈美にも呪いがかけられる可能性もある。
舞依は、それだけは絶対に嫌だと思っていた。
もうこれ以上、大切な人に死んで欲しくない。
そう思い、真奈美を巻き込まぬよう、真実を隠してほしいと、衛に頼み込んだのである。
「必ず……果たす……」
舞依が呟く。
己に言い聞かせるように。
「わしは必ず……鍵の書を取り戻し、盗人に然るべき報いを受けさせる。鍵の書を持って……必ず、あの屋敷に戻って来る。そして……そして……わしの口から、真奈美様に謝るんじゃ。わしが、真奈美様に迷惑を掛けてしまったことを。わしが不甲斐なかったせいで、鍵の書を……旦那様方の命を奪われてしまったことをな……」
舞依は、絞り出すように声を漏らす。
僅かに、体が震えていた。
嗚咽が漏れだすのを、必死に堪えていた。
「……大丈夫よ」
俯きながら、マリーが呟く。
「……真奈美さんは、優しい人だから。きっと許してもらえるわよ。きっとね」
僅かに目を伏せながら、そう続けた。
彼女なりの、励ましの言葉であった。
「……そうじゃっ……そうじゃろうな……」
舞依の言葉に、嗚咽が混じりはじめる。
声の震えも、次第に大きくなっていった。
「わしのような……役立たずの人形でも……きっと、真奈美様は、許して下さるじゃろうな……っ……きっと……また、さっきのように……優しく……笑……って……っ……う……うぅっ……!」
舞依の目から、涙が零れ落ちた。
透き通った、大粒の雫であった。
真奈美は、自身を苦しめた原因である舞依を、決して罵ったりはしなかった。
それどころか、彼女は『自分に非がある』とし、舞依に謝罪したのである。
舞依はきっと、真奈美の慈悲深さと、己の不甲斐なさを痛感しているのだと思った。
あんなに優しい主を、無意識に苦しめていた己に、言いようのない怒りを感じているのだ──衛は、舞依を見ながらそう思った。
「……っ……く……ぅぅっ……」
舞依の嗚咽も涙も止まらない。
必死に堪えようとするが、ますます酷くなっていく。
そんな彼女の頭に──ポンと、何かが乗せられた。
衛の手であった。
「……自分を責めるな」
淡々と、衛が呟く。
「俺達が必ず、鍵の書を見つけてやる。そして、胸を張って屋敷に帰れるようにしてやる。……だから、もう泣くんじゃねえよ。な」
そう言いながら、優しく舞依の頭を撫でた。
真奈美のような、柔らかい手ではない。
幾多の敵を殴ってきたことを想像させる、ごつごつとした手であった。
しかし──苦し気であった舞依の顔が、その手のおかげか、わずかに和らいだように見えた。
「……っ……。そう……そう、じゃな」
舞依は、流れる涙を拭う。
そして、赤くなった目を、静かに細めていった。
「……それじゃあ、よろしく頼むぞ。衛、マリー」
それに対し、二人も口を開いた。
マリーは微笑みながら。
衛は、真剣な顔で。
「……こちらこそ」
「……よろしく頼むぜ、舞依」
次回で、このエピソードは完結です。
次の投稿は、日曜日の午前10時を予定しています。




