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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第五話『市松人形の呪い』
49/310

市松人形の呪い 十二

8

「……ううん……」

 真奈美が目を覚ますと、そこは居間であった。

 どうやら眠っていたらしい。

 何故眠っていたのかは、全く分からなかった。

 体の上には毛布が掛けられていた。

 誰が掛けてくれたのだろうか──そう考えた時、先ほどまでの記憶が蘇って来た。


「そうだ……私は……」

 あの後──衛の指示で居間に待機していた後、突如、何かが壊れるような音が聞こえてきたのである。

 同時に、少女の叫び声も。

 それが気になり、思わず真奈美は、衛の言い付けを破って、居間から飛び出してきたのである。

 そこから先は──

「……何があったのかしら……」

 ──憶えていなかった。

 何が起こったのか、記憶を呼び覚まそうとするが、全く思い出せなかった。


(そうだ、青木さんは……?)

 真奈美がふと、自分が依頼した人物を思い出す。

 彼の姿は、居間にはなかった。

 彼はまだ、人形の調査をしているのであろうか。


 そう考えていた時、声が聞こえた。

「お目覚めですか、二瓶さん」

「体、大丈夫?」

 真奈美が、空いている襖の方──その奥に目をやる。

 そこには、青木衛とマリーが立っていた。

 衛は、先ほどまでと寸分変わらぬ姿であった。

 両腕で市松人形を抱えていることを除けば。


「あ、青木さん。私は一体……?」

「実は、我々が人形の調査に向かった後、居間で物音がしたんです。気になって戻って来たら、あなたが倒れているのを見つけたんですよ。やはり、寝不足が祟ったのでしょう」

「そうですか……ご心配をおかけしました」

 真奈美は立ち上がり、衛達に礼を言おうとする。

 それを衛は、無理をしなくていいと、右手を掲げ制止させた。


「調べてみた結果、やはりこの人形が原因だったようです」

 衛はそう言うと、その場に座り込む。

 そして傍らに、件の市松人形を置いた。

「長い年月が経つと、物には心が宿ります。大切に扱われた物は、特に。あなたのご両親は、この人形を相当大切になさっていたようですね。どうやらこの人形は、ご両親が亡くなられたのが、余程寂しかったのでしょう。その気持ちが高まって、今回のように真奈美さんを苦しめていたようです」

「そう、なんですか……?」

 真奈美は、驚いたような表情を浮かべる。

 そして、おずおずと次の言葉を紡いだ。

「……夢の中で、私を恨んでいるように言っていたのも、その人形が?」

「いえ。この人形は、あなたに恨みは抱いていません。むしろ、あなたのことを大切に思っていました。おそらく、この人形の寂しいと思う心が、真奈美さんの夢に影響を与え、幻聴を引き起こしたのでしょう。……あなたに迷惑をかけたことを、この人形も悔いているようです」

「……そうだったんですね」

 衛の説明を聞き終えると、真奈美は目を伏せた。

 両親のことを思い出し、懐かしい記憶に思いを馳せた。


「父は若い頃から、骨董品や人形の収集に凝っていまして……。とある人形屋さんで、この人形を見つけた時、一目惚れしたそうなんです。それ以来、父はいつも手入れを欠かさなかったんですよ。父が亡くなってからは、母が。その母が亡くなってからは、私が引き継いで……」

 そう言うと、真奈美は寂しそうに笑った。

 そして、傍らの人形の頭を撫でた。

「お父さん達がいなくなって、寂しかったでしょう……? 気付いてあげられなくて、本当にごめんね……?」

 真奈美は撫で続けながら、子供をあやすように、優しい声で語り掛ける。

 すると、人形に触れている手から、何かが伝わって来た。

 とても優しく、安らぎを感じる温もりであった。

 それが、手を通して、全身に伝わってくる。

 真奈美は、人形の心と、己の心が繋がり合っているように感じた。


 その様子を、マリーは懐かしむような目で見つめていた。

 衛も、相変わらずの無表情であった。だが、目にはわずかに優しさが宿っていた。

「二瓶さん。この人形を、預からせて頂いてもよろしいでしょうか? この人形の気持ちを、しばらく落ち着かせてあげたいんです。どのくらい時間が必要かは分かりませんが、また必ずお返しに伺いますので」

 真剣な表情で頼む衛。

 それを見て真奈美は、微笑みながら頷いた。

「……分かりました。よろしくお願いします」

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