市松人形の呪い 十二
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「……ううん……」
真奈美が目を覚ますと、そこは居間であった。
どうやら眠っていたらしい。
何故眠っていたのかは、全く分からなかった。
体の上には毛布が掛けられていた。
誰が掛けてくれたのだろうか──そう考えた時、先ほどまでの記憶が蘇って来た。
「そうだ……私は……」
あの後──衛の指示で居間に待機していた後、突如、何かが壊れるような音が聞こえてきたのである。
同時に、少女の叫び声も。
それが気になり、思わず真奈美は、衛の言い付けを破って、居間から飛び出してきたのである。
そこから先は──
「……何があったのかしら……」
──憶えていなかった。
何が起こったのか、記憶を呼び覚まそうとするが、全く思い出せなかった。
(そうだ、青木さんは……?)
真奈美がふと、自分が依頼した人物を思い出す。
彼の姿は、居間にはなかった。
彼はまだ、人形の調査をしているのであろうか。
そう考えていた時、声が聞こえた。
「お目覚めですか、二瓶さん」
「体、大丈夫?」
真奈美が、空いている襖の方──その奥に目をやる。
そこには、青木衛とマリーが立っていた。
衛は、先ほどまでと寸分変わらぬ姿であった。
両腕で市松人形を抱えていることを除けば。
「あ、青木さん。私は一体……?」
「実は、我々が人形の調査に向かった後、居間で物音がしたんです。気になって戻って来たら、あなたが倒れているのを見つけたんですよ。やはり、寝不足が祟ったのでしょう」
「そうですか……ご心配をおかけしました」
真奈美は立ち上がり、衛達に礼を言おうとする。
それを衛は、無理をしなくていいと、右手を掲げ制止させた。
「調べてみた結果、やはりこの人形が原因だったようです」
衛はそう言うと、その場に座り込む。
そして傍らに、件の市松人形を置いた。
「長い年月が経つと、物には心が宿ります。大切に扱われた物は、特に。あなたのご両親は、この人形を相当大切になさっていたようですね。どうやらこの人形は、ご両親が亡くなられたのが、余程寂しかったのでしょう。その気持ちが高まって、今回のように真奈美さんを苦しめていたようです」
「そう、なんですか……?」
真奈美は、驚いたような表情を浮かべる。
そして、おずおずと次の言葉を紡いだ。
「……夢の中で、私を恨んでいるように言っていたのも、その人形が?」
「いえ。この人形は、あなたに恨みは抱いていません。むしろ、あなたのことを大切に思っていました。おそらく、この人形の寂しいと思う心が、真奈美さんの夢に影響を与え、幻聴を引き起こしたのでしょう。……あなたに迷惑をかけたことを、この人形も悔いているようです」
「……そうだったんですね」
衛の説明を聞き終えると、真奈美は目を伏せた。
両親のことを思い出し、懐かしい記憶に思いを馳せた。
「父は若い頃から、骨董品や人形の収集に凝っていまして……。とある人形屋さんで、この人形を見つけた時、一目惚れしたそうなんです。それ以来、父はいつも手入れを欠かさなかったんですよ。父が亡くなってからは、母が。その母が亡くなってからは、私が引き継いで……」
そう言うと、真奈美は寂しそうに笑った。
そして、傍らの人形の頭を撫でた。
「お父さん達がいなくなって、寂しかったでしょう……? 気付いてあげられなくて、本当にごめんね……?」
真奈美は撫で続けながら、子供をあやすように、優しい声で語り掛ける。
すると、人形に触れている手から、何かが伝わって来た。
とても優しく、安らぎを感じる温もりであった。
それが、手を通して、全身に伝わってくる。
真奈美は、人形の心と、己の心が繋がり合っているように感じた。
その様子を、マリーは懐かしむような目で見つめていた。
衛も、相変わらずの無表情であった。だが、目にはわずかに優しさが宿っていた。
「二瓶さん。この人形を、預からせて頂いてもよろしいでしょうか? この人形の気持ちを、しばらく落ち着かせてあげたいんです。どのくらい時間が必要かは分かりませんが、また必ずお返しに伺いますので」
真剣な表情で頼む衛。
それを見て真奈美は、微笑みながら頷いた。
「……分かりました。よろしくお願いします」




