市松人形の呪い 十一
【これまでのあらすじ】
衛の口から語られる、鍵の書の秘密。鍵の書とは、遙か昔に封印された邪竜を復活させるための書物であった。奪われた鍵の書と、その犯人を捜し出すことを決意した衛。そんな彼に舞依は、ある頼みを持ち掛ける。それは、『自分を衛の助手にしてほしい』というものであった───
「何──」
「何ですってええええええええええええ!?」
衛の言葉に被せるように、マリーが絶叫する。
その大声に、傍らの衛は思わず顔をしかめた。
衛の様子を気にも留めず、マリーが舞依に詰め寄る。
「ちょちょちょ、ちょっと! あんた一体何言ってんのよ!? 何でそうなるのよ! あんたに務まるわけが──」
「頼む! わしにも手伝わせてくれ! 何としても、鍵の書を取り戻したいんじゃ! そうしなければ、わしは旦那様たちに顔向け出来ん!」
「ぬおっ、おお……」
必死の形相で頼み込む舞依。
その勢いに、思わずマリーはたじろいでしまう。
言葉に詰まったマリーは、衛に助けを請う。
「ま、衛! あんたも何か言ってやんなさいよ! 『そんなの駄目だ』とか、『退魔師のお仕事は大変だぞ』とか!」
「分かった。いいぞ」
「ほら見なさいよ! 衛だってこう言ってうぇええええええええええええ!?」
マリーがもう一度絶叫する。
衛が返した『いいぞ』の意味を、ワンテンポ遅れて理解したらしい。
即ち──『助手になることを許可する』という意味であった。
「何だよギャーギャーうるせえな。そんなにこいつが助手になるのが嫌なのか?」
「あっ、当り前じゃない! こいつ、あたしのことをアバズレだとかヤンキーだとか言いやがったのよ!? そもそも、こいつはさっきまで敵だったのよ!?」
「……お主もわしにチビババアとか言っておったじゃろうが」
「……お前だって最初は俺を倒そうとしてただろうが」
「うぐ……」
舞依と衛の反論に、マリーは次の言葉を言いよどむ。
「……ほ、本当に、そんなにあっさり決めちゃっていいの!? こいつが助手になっても大丈夫なの!?」
「ああ。こいつは、幻術やら念力やら色々な妖術が使えるみたいだからな。……他にも使える妖術はあるのか?」
衛が尋ねる。
それに対し、舞依は冷静な調子で答えた。
「うむ。催眠術だったり、治癒術だったり……他にも色々使えるぞ」
舞依の返答に、衛は静かに頷く。
「なら問題ねえよ。戦闘のサポートとして申し分ない。それに、マリーに妖術のコーチをしてもらうことも出来そうだしな」
「え!?」
衛の言葉に、思わずマリーは耳を疑った。
「ちょっと!?こいつから妖術を教われって言うの!?」
「ああ。お前は人探しの妖術しか習得出来てないからな。今後のためにも、こいつから色々教わっといた方がいいと思うぞ」
「ぐ……ぐぐ……」
その言葉に、マリーが悔しそうな顔をする。
事実──マリーは、戦闘用の妖術を習得していない。
今後、凶悪な力を秘めた敵と闘う時が来た時の為に、何か一つでも妖術を習得した方が良い。
それはマリーにも分かっているはずであった。
しかし───それを舞依から教わるのが、屈辱なようであった。
同時に、色々な妖術が使える舞依に、嫉妬しているようであった。
「それに──」
そんなマリーに、衛は諭すように言葉を掛ける。
「──お前も分かってるんじゃないか? こいつが、そこまで悪い奴じゃないって」
「う……そ、それは……」
衛の言葉に、マリーは口をつぐみ、真剣な顔で考え始める。
彼女のその反応を見て、『やはり』と衛は思った。
舞依に対して、共感するところがあるのではと思ったのである。
主人を失った悲しみと、己の無力さに対する怒り。
それは確かに、マリーも抱いたことのある感情であった。
「こいつの主人に対する想いは、お前にも負けてないと思ってる。このままこいつの想いを無駄にするなんて、俺には出来ねえよ」
「む……うう……」
「お前も、そうじゃないか?」
「う……うん……」
衛の真剣な言葉に、マリーは眉を寄せて唸る。
そこに、舞依がもう一度頼み込む。
「……マリーとか言ったな。先ほどの暴言は謝ろう。わしも、お主に言われたことは全部忘れることにする」
「ぬぐぅ……」
「だから、頼む。お主のように、わしもこやつの助手にしてくれ。……何としても、わしは旦那様たちの無念を晴らしたいんじゃ……!」
「うう……ううう・」
舞依の真っ直ぐな視線に、マリーは思わずたじろぐ。
悩みながら、しばらく唸り声をしばらく出し続けた。
が、やがて──
「ううう……っ、はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
──深く、溜息を吐いた。
遂に観念したようであった。
「……分かった、負けよ。あたしも謝る。……まあ、いいんじゃない? 根は悪い奴じゃないみたいだし」
マリーの答えを聞き、舞依の表情がぱっと明るくなる。
「本当か……!? ありがとうの、マリー!」
マリーの手を握り、彼女に礼を言う。
その行動に、マリーが赤面して慌てふためく。
先ほどまでいがみ合っていたはずの舞依が、素直に礼を言ってくるのは、マリーにとって予想外のことであったらしい。
「ちょっ、やめなさいよ! お、お礼なら衛に言ってってば!」
「あ、そ、そうじゃったの……。おほん」
上品に咳払い。
その後に、舞依は微笑みながら、衛に向き直った。
「礼を言うぞ、衛。無念を晴らす機会を与えてくれて」
「気にすんな。主人想いの人形に、敬意を払っただけだ」
「ふふ……」
衛は澄まし顔で答える。
ぶっきらぼうな口調ではあったが、彼なりの優しさがこもった言葉であった。
その言葉に対し、舞依は嬉しそうに笑うのであった。
「じゃあまずは、二瓶さんに色々と説明をしないとな」
衛が立ち上がり、二人に言葉を掛ける。
その時、舞依が口を開く。
「その事なんじゃが……」
「……? どうした?」
衛が尋ねる。
舞依の顔を見ると、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「……実は……もう一つ、頼みがあるんじゃ」
次回は、金曜日の午前10時頃に投稿する予定です。




