市松人形の呪い 十
【これまでのあらすじ】
衛とマリーは、舞依が何に対して怒りを抱いているのかを聞き出そうとする。全ては8年前、とある人物の手によって、二瓶邸から『ある本』が奪われたのが切っ掛けであった。マリーの話によると、その本は『鍵の書』という題名であった。その名を耳にした時、衛に異変が───
「かっ──」
衛は思わず両目を見開いた。
全身を、戦慄が駆け巡っていた。
「──鍵の書だって……!?」
「何……? 知っておるのか!?」
「? 何なの?その鍵の書って」
舞依とマリーが、衛に尋ねる。
舞依は必死の形相を浮かべている。
一方のマリーは何の事だか分からず、衛の反応にただ戸惑っていた。
衛は平静を保つよう心掛けながら、二人に語り始めた。
「……鍵の書っていうのは、文字通り鍵の意味を持つ書物だ。ある封印を解くためのな」
「封印……? 何の封印じゃ?」
「『八神戦記』っていう、日本のとある場所に保管されている伝記の封印だよ。それには、千年近く前に世界各地で猛威を振るったっていう、邪な龍を封じ込めた戦いの模様が記録されてるんだ。俺が聞いた話だと、鍵の書にはその邪竜の封印を解くための方法が書かれてるらしい」
「り、りゅう……? 何かいきなり胡散臭くなったわね……」
マリーが疑い深そうな目で衛を見る。
話が急に飛躍したことで、半信半疑になっているらしい。
「確かに胡散臭いけど、本当の話だ。……まさか、このお屋敷にあったとは」
真剣な顔で、衛はそう呟く。
──この依頼を受けた際、衛は、単なる妖怪退治で終わると思っていた。
だが、物事というのは、蓋を開けてみなければ分からないものである。
衛は今、改めてそう実感していた。
「ということは……」
舞依が深刻な顔で口を開く。
「鍵の書を盗んだ犯人は……その邪竜を復活させようとしておるということか……?」
「……確証はない。けど、その可能性もゼロじゃないと思う。二瓶さんのご両親が病気で命を落としたのも、犯人が口封じのために呪いをかけたのかもな」
「くっ……おのれ……盗人め……!」
舞依の顔が、憎々しげに歪む。
己の目的のために、舞依の主人の命を奪った犯人。
その人物に、その行いに、舞依の腸は煮え繰り返っているようであった。
衛は、眉を寄せながら口を開く。
「……鍵の書に関しては、俺もその噂を聞いてからずっと探していた」
「……何じゃと?」
衛が打ち明けた言葉。
その内容に、舞依が強く反応する。
「お主も、鍵の書を狙っておったのか!?」
「勘違いするな。俺は奪うつもりなんて端からない。……それに、俺の目的は邪竜の復活じゃない。何者かによって、邪竜が復活するのを阻止するためだ。そんなもんが現代に甦ったら、大勢の人間が死んじまうからな」
そう呟く衛の腹に、熱いものが宿った。
──怒りであった。
「それじゃあ衛……これからどうするの……?」
マリーが不安げに尋ねる。
「当然、鍵の書を探すさ。それを奪った犯人もな」
「うん……やっぱりそうよね」
衛の言葉に、マリーが消極的に同意する。
邪竜を復活させようとしているその得体の知れない敵に、わずかに怯えているようであった。
助手のそんな様子をよそに──
「……『奴ら』かもしれねえからな」
──無意識に、衛はそう呟いた。
聞き逃してしまうかもしれないほどの声であった。
「……え?」
マリーが反応する。
衛の小さな呟きを聞き漏らさなかったらしい。
「……あ」
彼女のそのきょとんとした顔を見て、衛はようやく自覚した。
言わなくてもいいことを口にしてしまった──と。
「……衛、怖い顔してるわよ」
「……悪い」
衛はそういいながら、ばつが悪そうに目を背けた。
マリーは心配そうな顔で追求しようとする。
「ねえ衛。今何て──」
だが──
「待ってくれんか」
──その言葉は、少女の言葉によって遮られた。
衛とマリーが、そちらを見やる。
その目に映ったのは、強い決意を宿した舞依の顔であった。
どうやら彼女の方は、衛の呟きに気付かなかったようであった。
「どうした?」
衛は、冷静に尋ねる。
「……頼みがあるんじゃ」
「頼み……?」
改まった様子で話す舞依。
その様子に、衛が眉をひそめる。
しばらく沈黙した後、再び口を開いた。
「……わしにも、手伝わせてくれ」
「……?」
「そこの人形のように、わしを助手にしてくれ。そして、鍵の書を探すのを手伝わせてくれんか」




