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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第五話『市松人形の呪い』
46/310

市松人形の呪い 九

7

 衛はまず、真奈美を居間に運んだ。

 最初はすぐに起こそうかと思った。

 だが、彼女がここ数日、あまり睡眠をとっていないと語ったことを思い出した。

 命に別状がある訳でもないので、しばらく寝かせておこう──そう思い、衛は彼女に毛布を掛け、そっとしておくことにした。

 その後、座敷の後片付けを行った。

 室内は奇跡的に何も壊れておらず、舞依が使用した刃物や石も道端で拾ってきたものであった為、何とか衛が弁償せずに済みそうであった。


 それら全てが終わった後、衛とマリーは、自分達が退魔師であることを舞依に打ち明けた。

 そして、何故彼らが、この二瓶邸を訪れたのかも、彼女に話した。

 自分たちが、真奈美に依頼されてここを訪れたことを。

 そして、真奈美が今、舞依の妖気と怨念に当てられて、苦しんでいることも。

「な──それでは……わしは……知らぬ間に、真奈美様に迷惑を掛けておったのか……!?」

「言いにくい話だけど、そういうことだ」

 ショックを受けている舞依に、衛が答える。

「そ……そん、な……」

 舞依はただ、愕然とした表情を浮かべていた。

 自分が犯したことの重大さに、初めて気が付いたようであった。


 そんな舞依に対し、衛が静かに問い掛ける。

「舞依、って言ったよな。聞かせてくれないか」

「……?」

「お前は一体、誰に対して恨みを持ってるんだ?」

「……」

 舞依は口を閉ざし、悲しそうな目をしながら俯く。

 答えるべきか、決め兼ねているようであった。

 衛はただ、その様子をじっと見つめていた。

 催促をすることはなく、ただ辛抱強く待ち続けていた。


 やがて──

「……全ては──」

 舞依が口を開いた。

 意を決したようであった。

「──全ては、八年前のあの日。『あの書物』が盗まれたのがきっかけじゃった」

「『あの書物』?」

「うむ」

 舞依が頷く。

 表情は真剣そのものであった。

「わしは元々、ただの人形だったんじゃが、長い年月を経て、妖怪になった。数十年前、わしがこの家の人形になった時には、既に妖怪となって短くない時間が経っておった」

「……」

「わしはこの屋敷に飾られながら、密かに屋敷を守っておった。二瓶家は裕福な家庭じゃったからな。これまでに、何度か盗人が入り込んでおったんじゃが、その度に、わしが妖術を使って追い払っておった」

「へえ。随分と主人想いだな」

 衛が感心する。

 その言葉に、舞依は寂しげに笑いながら答えた。

「まあの。旦那様と奥様は、わしのことを大切にしてくださったからのう。恩を返すのは当然じゃ。8年前のあの日も、わしは妖術を使い、盗人を追い払おうとした。じゃが──」

 舞依の表情に陰りが差す。

 思い出すだけでも苦しい──そんな様子が伝わってきた。


「あの日、わしは、妖術を使えなかったんじゃ」

「『使えなかった』?」

 舞依の言葉に、衛が眉を寄せる。

「どういうこと? 何か、使えない訳でもあったの?」

「……うむ」

 マリーの問い掛けに、舞依が言いにくそうな表情を見せる。

「……盗人が入ったのは、ちょうど旦那様方が外出されておった時じゃった。その時わしは、盗人がこの屋敷に忍び込んだことをすぐに感知した。わしはいつものように、盗人に幻術を使おうとしたんじゃが……そこで、意識が混濁し始めた」

「混濁?」

「うむ。幻術をかけようとした瞬間、急に目眩がしての。……気が付いた時には、屋敷中酷い荒れ具合じゃった」

「……」

「お帰りになった旦那様方は、それを見て大層驚かれた。それで、盗まれたものはないか急いでお調べになったんじゃが、金品は何一つ奪われとらんかった。……じゃが──」

「代わりに、書物とやらが盗まれてた訳か」

「……その通りじゃ」

 そう呟くと、舞依は溜め息を吐いた。

 長年に渡って蓄積された自責の念が、その溜め息に集約されていた。


「あの書物は……旦那様の友人の、大事な形見だったんじゃ……。その本が盗まれてからは、旦那様は酷く気落ちなさってのう。一月経ってから、病で亡くなられたんじゃ」

「病……? どんな病気だったの?」

 恐る恐る、マリーが尋ねる。

 それに対し、舞依は目を伏せながら、頭を振った。

「それが……分からんのじゃ。急に高熱が出て、三日三晩苦しんで亡くなられた。……その二ヶ月後、奥様も同じ様な症状で命を落とされた」

「ううん……」

 衛は、腕組みをしながら唸る。

 そして、舞依から聞き出したこれまでの情報を、頭の中で整理し始めた。


 ──最初に気になったのは、舞依の意識が混濁したという点であった。

 当時、何故彼女は、意識を失ってしまったのであろうか。

 そう考えた時、衛の頭の中に浮かんだ答えは、妖術や超能力といった、『異能の力』によるものであった。

 その泥棒は、何らかの力を用い、舞依の意識を奪ったに違いない。

 そしてその隙に、屋敷からその本を奪ったのではないか──衛はそう思った。


 ──次に気になったのは、二瓶夫妻の謎の死である。

 舞依の話によると、二瓶夫妻は原因不明の高熱を発し、それが元で亡くなっている。

 衛は医学的な知識はあまり持っていない。

 そのため、夫妻がどんな病気にかかったのかは、全く分からなかった。

 だが、代わりに衛には、退魔師としての知識がある。

 その知識と照らし合わせて、衛は夫妻の死因について考え始めた。


 ──そして衛は、一つの答えを導き出した。

 もし舞依が意識を喪失した原因が、本当に異能の力によるものだったとしたら、夫妻の死因も、その力によるものではないだろうか──と。

 衛は過去に、呪術によって命を落とした者の話を何度か耳にしたことがある。

 その中には、原因不明の高熱で死に至った者の話もあった。

 おそらく二瓶夫妻は、泥棒本人──もしくは協力者の呪術によって、命を落としたのではないかと思った。


(けど……その場合、別の疑問が浮かんでくる)

 衛はそこで、眉を寄せた。

 衛が抱いた疑問――それは、『犯人は何故、二瓶夫妻を殺したのか』というものであった。

 ただ本を盗むことだけが目的だったのであれば、二瓶夫妻を殺害しなくても良いはずである。

 しかも、事件当日、夫妻は家を留守にしており、犯行の瞬間を目撃した訳ではない。

 つまり、口封じに殺す必要はないのである。

 では何故、犯人は二瓶夫妻を殺害したのであろうか。


「……」

 衛はしばし黙考した後、再び舞依に尋ねた。

「……盗まれた本がどんな本だったのか、覚えているか?」

 二瓶夫妻が殺された原因。

 それは、盗まれた本そのものに原因があるのではないかと考えたのである。

 例えば、その本には何らかの秘密が隠されており、その秘密を封じるために殺されたのではないか――衛はそう思ったのである。


「ぬう……『どんな本だったか』か……」

 舞依が眉を寄せる。

「実は、内容に関しては、旦那様も把握出来ておらんかったんじゃ。意味が分からん単語を羅列してあっただけで、それが何を示しておるかはさっぱり。題名なら覚えておるんじゃが……」

「題名か。何て題名だったんだ?」

「ん? そうじゃな。確か――」

 舞依が、その名を口にしようとする。

 衛が知りたがっている、その本の題名を。


 その瞬間――衛の背筋を、嫌なものが走った。

 ぞくりとするそれは、衛の背筋から、全身へと広まっていく。

 衛には何故か、その感覚が何なのかが分かった。

 ──それは、『予感』であった。

 舞依が口にしようとしている、その本の題名が――そして、その内容が、決して良くないものであるということを知らせる、本能の働きによるものであった。


 そして舞依の口から声が――本の名が、発せられた。

「『鍵の書』……とかいう題名じゃったな」

 次回は、水曜日の午前10時頃に投稿する予定です。

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