市松人形の呪い 八
その時であった。
「あ、青木さん! さっきから騒がしいですけど、何かあったんですか!?」
廊下から、一人の女性の声が聞こえた。
真奈美であった。
物音を聞きつけ、駆け付けたらしい。
(二瓶さん……!? くそ、何やってるんだ俺は!)
衛は心の中で、己を叱りつけた。
真奈美が近付いていることに、衛は気付くことが出来なかった。
舞依の様子に気を取られ、周囲の気配を察知するのがおざなりになっていたのである。
「駄目だ、来るな!」
真奈美に向かって、衛が短く叫ぶ。
だがその時既に、真奈美の足は、和室の前に達していたのである。
「……!? こ、これは……!?」
真奈美が、愕然とした表情で立ち竦む。
彼女が目にしたのは、宙に浮く着物姿の少女。
そして、その周囲を漂っている、無数の物体。
──この世のものとは思えぬ光景であった。
舞依が放っている妖気と殺気が、その恐ろしい雰囲気を更に引き立てていた。
真奈美はしばらく、その光景を前に立ち尽くしていたが──
「……あ……あぁ……」
──やがて、ゆっくりと畳の上に崩れ落ちた。
まともに睡眠をとっていない状態で、ショッキングな光景を目にし、更には妖怪の怨念と殺気に触れてしまったのであろう。
ここまで最悪の条件が重なってしまっては、倒れない方が不自然であった。
「二瓶さん!」
衛が駆け寄り、真奈美の状態を起こす。
同時に──
「ま・・・真奈美様ッ!!」
──悲鳴に近い叫び声が聞こえた。
舞依の声であった。
真奈美の名を叫びながら、彼女の下へと駆け寄っていた。
「真奈美様、しっかりしてくだされ、真奈美様!!」
真奈美の体を揺すりながら、舞依が叫ぶ。
そこには、先程までの殺気に塗れた様子は無い。
今にも泣きそうな顔で、必死に真奈美の名を呼び続けていた。
「……大丈夫だ。気を失ってるだけだ」
真奈美の体調を伺い、衛が安心したように呟く。
それを耳にすると、舞依は再び怒りの形相を衛へと向けた。
「お、お主……! 一体何をした!? 真奈美様に何をやったのじゃ!?」
「何もしてねえよ。お前の殺気と妖気に耐えられなかったんだ」
「何……!?」
衛がそう答えると、舞依が愕然とした表情を見せる。
己が真奈美を傷付けてしまった──その事実に絶望していた。
「……ねぇ、衛。これって一体、どういうこと……?」
一部始終を傍で見ていたマリーが、衛に問い掛ける。
腑に落ちないといった様子であった。
「……この舞依って奴、真奈美さんに恨みを持ってるんだと思ってたけど……」
「……ああ。この様子だと、違うみたいだな」
「何じゃと!? 寝ぼけたことを抜かすな! どうしてわしが真奈美様を恨まねばならんのじゃ!!」
マリーと衛の会話に、舞依が激昂する。
その言葉に、衛は確信した。
舞依が怒りを抱いているのは、真奈美に対してではない。
それどころか、彼女は真奈美のことを大切に思っている。
彼女が憎む相手は、別の誰かだ──と。
衛はそう考えると、憤慨する彼女を、冷静になだめた。
「ああ、悪かったよ。俺達はお前のことを誤解してた。……そして多分、お前も俺達のことを誤解してる」
「え……?」
その言葉に、舞依はきょとんとした顔になった。
完全に思考が停止してしまったらしい。
「俺達のことを話そう。俺達の素性や、目的をな」
そんな彼女に、衛は静かに語り掛けた。
「……代わりに、お前のことも聞かせてくれ。お前が一体何に対して、怒りを抱いているのかを」
次回は、火曜日の午前10時頃に投稿する予定です。




