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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第五話『市松人形の呪い』
44/310

市松人形の呪い 七

【これまでのあらすじ】

 二瓶真奈美の屋敷で起こる怪奇現象の調査を依頼された衛。彼女から事情を聴いた衛は、その現象の原因は、二瓶邸にある古い市松人形ではないかと推測する。衛とマリーは、早速その市松人形の妖怪と対決する。念力や幻術などの妖術を用いて、マリーを翻弄する市松人形。そして遂に、その妖怪は真の力を現そうとしていた───

「な、何!? あいつ、何するつもりなの!?」

「……どうやら、本気を見せるつもりらしいぜ」

 慌てふためくマリーと、冷静に人形の様子を伺う衛。

 二人をよそに、人形は更に強い輝きを発する。


 そして──光が瞬時に消え失せる。

 それと同時に、ボワン、という間抜けな音とともに煙が人形を包み込んだ。

 マリーが化ける際に発生する煙とよく似ていた。

「ククク……これがわしの真の姿じゃ……!」

 煙の中から、女の笑い声が聞こえる。

 余裕と威厳を含んだ笑い方であった。


 やがて、煙がたちどころに消え失せる。

 そこに佇んでいたのは、先ほどの市松人形と同じ格好をした少女であった。

 マリーと同じくらいの身長。

 赤を基調とした、鮮やかな着物。

 黒々とした艶のある長い後ろ髪に、綺麗に切り揃えられた前髪。

 そして、幼いながらも大人びた印象を与える、可愛らしくも美しい顔立ち。

 間違いなく、市松人形が化けた姿であった。


「我が名は市松人形の妖、舞依(まい)! さぁ、かかって来るが良い!!」

 そう高らかに宣言し、両腕を大きく広げた。

 まるで、妖怪である己の恐ろしさを示すかのように。


 それを見た衛は、拳を握ったり開いたりし、調子を確かめる。

 どんな攻撃が来ようと、全て弾き飛ばすつもりであった。


 一方のマリーはというと──

「……」

 ──拍子抜けしたかのように、ぽかんとした表情を浮かべいた。

 そして、『舞依』と名乗る市松人形を見つめ、口を閉ざしていた。

 しばらくして、マリーはようやく口を開いた。

「……ねぇ、衛」

「何だ」

「……あれが、さっきの人形?」

「ああ、そうだ」

「……あのちんまいのが?」


「ち、ちんまい……?」

 マリーの漏らした言葉に、舞依の顔が強張った。

 それに気付かず、衛とマリーは会話を続ける。


「小さいからって油断すんな。少なくとも、お前よりも妖怪としての格は上だ」

「えぇ~? あれがぁ? あんなちっさい女がぁ?」

「小さいのはおぬしも同じじゃろうが……!」

 苛立った様子で舞依がツッコむ。

 だが、その言葉も衛とマリーの耳には届かなかった。

 舞依を放置したまま、2人は会話を続けていた。


「んなこと言ってると、また幻術やら念力やらで大変な目に遭うぞ」

「『大変な目』ねぇ……? 本当にあの子どもがあんな技使ったの?」

「ああ。つーかお前も子どもみたいなもんだろうが」

「おーい」

「そりゃそうだけど。……うぅ~ん……何だかなぁ。正体を見ちゃったら、一気に怖くなくなっちゃったなぁ。人形の姿の方が不気味だったし」

「そういやお前も、化けた姿より人形の姿の方が不気味だよな」

「お~い!」

「不気味って何よ、失礼ね! こんなにプリティな人形いないでしょ!?」

「自分で言ってんじゃねえよ。……つーか、人形の顔ってのは何であんなに──」

「おぬしら、人の話を聞かんか!!」

 舞依が怒り顔で怒鳴り散らす。

 その声によって、2人の会話が遮られた。


「も~、何ようっさいわねぇ!」

 マリーが面倒臭そうな顔を舞依に向ける。

 声の調子も実に気だるげであった。

「そりゃこっちの台詞じゃ! わしを無視してペチャクチャ喋りおってからに、この小娘が!」

「何よ! あんたも小さいじゃないの!」

 マリーが咆える。

 それを皮切りに、両者の罵り合いが始まる。


「大体何よその話し方! 安易なキャラ作りしてんじゃねーわよ!」

「やかましい! お主こそ何じゃそのチャラチャラした髪と服は! 女なら外見だけじゃなくて中身で勝負せんかいこのアバズレ!」

「うっさい! 中の美しさが外見にも出てくるのよ! そのくらい知っときなさいよ時代遅れのチビババア!」

「誰がチビババアじゃ! 格上の相手を敬わんかい西洋かぶれのヤンキーが!」

「「ムキーーーーーーー!!」」

 互いが互いを罵り、そして憤慨した声を上げる。

 両者の怒りは、既に頂点に達していた。


「もう我慢ならないわ! こうなったら素手で決着付けてやる! うおおおおおおおっ!!」

「ハッ!上等じゃ! わしの腕っ節の強さを見せてやるわい!おりゃあああああっ!!」

 両者が叫び、突進する。

 そして、互いの体が衝突した瞬間、壮絶な取っ組み合いが始まった。

「んおおおおおお!! 掴むんじゃないわよこのパッツン!」

 胸ぐらを掴まれたマリーは、それを引き剥がそうと、舞依の鼻をつねり、引き千切ろうとする。

「いたたたたた! はっ、離せこの金髪!」

 激痛に舞依は手を離してしまうが、すかさずマリーの口の両端を掴み、広げながら裂こうとする。

「いひゃひゃひゃひゃ! はーなーへー!!」

 マリーは思わず泣きそうになるが、その痛みを根性で堪え、舞依の耳をもぎ取ろうとする。


 ──熾烈な闘いであった。

 互いに譲れぬ女としてのプライドが、闘いの炎を熱く燃えたぎらせていた。

 傍から見ている衛には、子供同士が揉みくちゃになって喧嘩をしているようにしか思えなかったが。


「おい、お前ら」

 流石に見兼ねたのか、衛は仲裁しようと歩み寄る。

「もうその辺で──」

「「ああん!?」」

 マリーと舞依が、衛を睨み付ける。

 ひん剥いた両目は血走っており、恐ろしい程の凄みが宿っていた。


「何よ、邪魔してんじゃないわよバカ!!」

「そうじゃ、すっこんでおれ間抜け!!」

 闘いを邪魔されたことにより、両者の怒りの矛先が衛へと向けられる。

「この脳筋!!」

「悪人面!!」

「チビマッチョ!!」

「老け顔!!」

「上等だ人形ども……!」

 妙に息の合った人形達の罵倒に、遂に衛の堪忍袋の緒が切れた。

 両者の顔面を、左右の手で鷲掴む。

「ふぎゃっ!? んごごごごごごごご───」

「あぎゃっ!? んごごごごごごごご───」

 顔に襲い掛かった握力によって、マリーと舞依が悶え苦しむ。

 いわゆるアイアンクローである。


 衛は、般若の如き形相で二人に問い掛ける。

 先程2人が放っていた気迫よりも凄みがあった。

「お前ら、何勝手に人が気にしてることをバンバン言ってくれてんだ……? ああ……?」

「んごごごご……ごめんなさい……」

「お前ら、人が気にしてることを口にするなって教わらなかったのか……? ああ……?」

「んごごごご……すいません……」

 衛の説教に力なく反応する両者。


 やがて、二人が反省したことを悟った衛は、ようやく手を開いた。

「んごご───いてっ!?」

「んごご───あだっ!?」

 畳の上に落とされ、尻もちをつく二人。

 その様子を、恐ろしい顔で見下ろしながら、衛が言葉を掛ける。

「落ち着いたか、お前ら。喧嘩は話し合ってからだ。いきなり突っ走りやがって」

「うぐ……ご、ごめん」

 頭に血が上っていたことに、マリーは今更気付いたようであった。

 衛の苦言に対し、素直に謝った。


 しかし、一方の舞依は──

「グ、ググ──」

 衛を睨みながら、唸り声を上げていた。

「お、おのれ……よくもわしの顔を……! 旦那様にも乱暴に扱われたことなどなかったというのに……!」

「そりゃ悪かったな。もう一度アイアンクローを食らいたくなかったら、お前の目的を話してもらおうか」

 衛が静かに脅し文句を浴びせる。

 それに対し、舞依は歯軋りをしながら答えた。

「くっ……舐めるな……! わしは、おぬしらを絶対に許さん! おぬしらから『あれ』を取り戻し、旦那様方の仇を討つまで、絶対に諦めんぞ!」

「……何?」

 その時、衛が眉をひそめる。

 身に覚えのない言葉が、舞依の口から飛び出したためであった。

「……おいお前、一体何を言ってる? 『あれ』だの『仇』だの──」

「問答無用……! お主らは私が倒す! 絶対に倒す!!」

 衛の問い掛けを跳ね除け、舞依が力強く立ち上がる。


 次の瞬間であった。

「ままま、衛!」

「……ああ」

 先ほど衛が砕いた石や刃物───畳の上に散らばっているそれらのものが、再び宙に浮き始める。

 それらに混じるように、舞依の体も、宙に浮いていた。

 まるで、室内が無重力の空間へと変わってしまったかのような光景であった。

「……殺す。必ず、殺す!」

 怒りと憎悪が入り混じった声を、舞依は漏らす。

 先程と比べものにならない程、強い殺気が立ち込めていた。

「我が恨み……これで全て晴らしてやろう……! おぬしらは──ここで死ね!!」

 次回は、月曜日の午前10時頃に投稿する予定です。

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