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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第五話『市松人形の呪い』
43/310

市松人形の呪い 六

6

 衛とマリーは現在、二瓶邸の廊下を歩いていた。

 目指すは、件の市松人形が飾ってあるという座敷の部屋である。

 その傍らに、真奈美の姿はない。

 市松人形の化生が襲い掛かって来る可能性を考慮し、衛が居間で待機するよう指示したのである。


「よーし、待ってなさいよ市松人形……! このマリー様がとっちめてやるんだから……!」

 ドレスの袖をめくり、鼻息を荒くするマリー。

 いつになく気合いの入った雰囲気を漂わせていた。


「あまり気負い過ぎるな。まだその人形のせいだって決まったわけじゃない。もしその通りだったとしても、まずは話し合いからだ。それに、妖怪とのタイマンは俺の担当だろ」

 衛が冷静にマリーをなだめる。

 彼女が使える妖術は、道具の持ち主を判別するだけのものである。

 衛のように、素手で敵と渡り合える武術を習得している訳でもない。

 正直なところ、もし犯人が妖怪化した人形だったとしたら、マリーには荷が重すぎる──衛はそう判断していた。


 しかし──

「も~、心配し過ぎだってば! 相手は人形の妖怪なのよ? だったら、同じ人形のあたしが負けるはずないもん!」

 ──衛の心配など、当のマリーにはどこ吹く風であった。

 腕の筋肉を伸ばすストレッチをしながら、相変わらず息巻いていた。

「全く。油断すんなよ。ヤバいと思ったら、すぐに俺が代わるからな」

 衛はそう咎めると、ジャケットの内ポケットから何かを取り出した。

 戦闘の際に使用する、愛用の黒いグローブである。

 それを両手にはめながら、体の調子を確かめていた。


「ふふーん! 油断なんかしないもんね~。……っと、ここね……!」

 二人が立ち止まる。

 そこは、襖で閉ざされた部屋の前であった。

 真奈美に教えられた、市松人形が飾ってある座敷の前である。

「よぅし……! そぉれっ!」

 勢い良くマリーが襖を開ける。

 それによって、室内が日の光によって一気に照らされた。

 同時に、マリーは仁王立ちの姿勢になり、室内に向けて人差し指を突き付けた。


「さぁ観念なさい市松人形! このマリー様がけちょんけちょんにやっつけうぎゃああああああああああああああああああ!?」

 マリーの名乗り口上が、突然引き攣った悲鳴に変わる。

 襖を開けた次の瞬間、室内に刃物やら拳大の石やらが浮いているのを目にした為であった。

 その奥の棚の上に、怪しい光を放っているものがあった。

 ──妖気の輝きである。

 それを放っているのは、赤く美しい着物に身を包んだ市松人形であった。

 無機質的で不気味な顔が、その恐ろしげな雰囲気を更に引き立てていた。


『よくぞ参った、この不届き者らめが! あの世で旦那様方に詫びるが良いわ!』

 座敷全体に、女の声が響き渡る。

 同時に、宙に浮いていた物体が、マリーと衛を目掛けて突進し始めた。

「ちょ、ちょっ待っ、タンマ、のほおおおおおおおおおおおおお!?」

 マリーが絶叫する。

 目の端には、大粒の涙が浮かんでいた。

 その瞬間、マリーの戦意は完全に潰えていた。


 マリーに物体が直撃する──その直前であった。

「チッ──!」

 衛が突進物の前に立ち塞がる。

 マリーを庇うように立ち──

「ッ──ふんッ!!」

 ──迫り来る物体を、衛が叩き落とした。

 強烈な打撃により、刃物は割れ、石は砕け、畳の上に散乱する。

 室内は、物が飛んでくる風切り音と、破壊音で包まれた。


『ほう、やるではないか! 盗人の分際で!!』

 再び、女の声が反響する。

 衛を褒め称える言葉であったが、声の調子には怒りが滲み出ていた。

「し、死ぬっ、死ぬかと思った……!」

 肩で息をしながら、マリーがやっとのことでそう呟く。

「だから油断するなって言っただろうが。下がれ、後は俺が引き受ける」

 後ろへと下がらせながら、衛がマリーに言葉を掛ける。

 その目は、棚の上の市松人形を睨み続けていた。


 しかしマリーは──

「だっ、大丈夫よ! ここ、こんな奴、あたし1人でじゅうぶんだわ!」

 ──声を引き攣らせながら、再び衛よりも前へ出る。

 足は震え、目は緊張により血走っていた。

「……お前、何で今日はそんなに気合入ってんだ?」

「あ、当り前じゃない! 相手は同じ人形なのよ! あたしにもメンツがあるの! ナメられてたまるもんですか!」

「メンツかよ……」

 マリーの意図に、衛は呆れたような声を漏らした。


 そうしているうちに、市松人形の妖気が膨れ上がった。

『ほう、未熟な人形にしてはイキのいいことを言うではないか! ほれほれ、次はこれじゃ!!』

 女の声が再び響く。

 すると直後──マリーの体がビクリと震えた。

「……? どうしたマリー?」

 衛が声を掛ける。

 しかし、マリーは返事を返さない。

 蒼白な顔で、前方を見つめ続けていた。


 ───が、次の瞬間。

「ぎゃあああああああっ!!」

 マリーは悲鳴を上げ、畳の上に仰向けに倒れてしまった。


「マリー!? どうした!?」

「ひっ、ひぃぃ! 助けてえええええ!!」

 衛が駆け寄る。

 マリーはというと、倒れたまま両目を瞑り、畳の上をのたうち回っていた。

 そうしながら、腹の底から悲鳴を上げ、助けを求めていた。


「ひぃぃぃぃっ! たっ、助けて!! かっ、蟹が!でっかい蟹が襲ってくるうううううううう!!」

「……蟹?」

 マリーの悲鳴の内容に、衛が怪訝な顔をする。

 ここは、二瓶邸の和室である。

 当然、蟹などいるはずもない。


(まさか……幻術か?)

 衛の思考が、一つの答えへと思い至る。

 幻術──文字通り、相手に幻を見せ、惑わせる術である。

 おそらく、市松人形の妖が、マリーに幻術を掛けたのであろう。


「ひぃぃぃぃ! 首っ、首がちょん切られるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「落ち着けマリー、それは幻だ。気をしっかりと持て」

「まっ、幻ぃ!? 嘘でしょぉ!? ──って、やだ、こっち来ないでえええええ!!」

 衛が助言する。

 だがマリーには、己が今見ている光景が幻だとはとても思えないようであった。

 ただただ、己の視界に映し出された巨大蟹の幻に、気が動転していた。

「気合いで打ち破れ! そもそも、蟹は食いモンだ。逆に食い殺してやれ!」

「む、無茶言わないでよぉぉぉぉぉぉ!!」

 衛の的外れな助言に、マリーが反論する。

 そうしながら、襲い来る蟹の恐怖から必死に逃れようと悶えていた。


「……仕方ねえ。手伝ってやるか」

 衛はそう呟くと、のたうち回っているマリーの額に右手を当てる。

 そして、彼女の妖気を分解しないよう細心の注意を払いながら、微弱な気を脳に流し込んだ。

 すると次の瞬間。

「──あああああああ……え? あれ?」

 マリーの悲鳴が治まる。

 同時に、彼女の身悶えもピタリと止んだ。

 衛の気の中の抗体が、彼女を苦しめる幻術を打ち消したのである。

「そ、そんなことが出来るならもっと早く助けなさいよぉ!」

「『一人で十分だ』っつったのはお前だろうが……」

 マリーの泣き言に、衛は顔をしかめてそう言った。


『わしの術を破ったじゃと……? おぬし、妙な力を持っておるな』

 女の声が再び響く。

 声の調子が、感心したような響きに変わっていた。

「力というか、『体質』みたいなもんでね。妖術の類は俺には通用しないぜ」

『通用せんじゃと……? ほう……中々面白いことを言うではないか』

 衛の語る言葉に、人形が興味を示す。


 その時、和室の空気が変わった。

 否、和室を取り巻いている妖気が変わった。

 室内全体に膨れ上がっていた妖気が、市松人形を中心に収束し始めたのである。

『ならば、試してやろう!!』

 その声とともに、市松人形が光に包まれた。

 次回は、日曜日の午前10時頃に投稿する予定です。

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