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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第五話『市松人形の呪い』
41/310

市松人形の呪い 四

4

 ──大きく、立派な屋敷であった。

 歴史を感じさせる家の造り。

 手入れの行き届いた、広く趣のある庭。

 そこが、今回の依頼人の自宅である。


 衛とマリーは、その屋敷の居間に座っていた。

 机を挟んだ向かい側には、今回の依頼人の女性が座っている。

 その女性は、年齢は三十代前半のように見えた。

 だが、衛には、その確証が無かった。

 顔はやつれており、目の下には隈が出来ている。放たれている生気はとても弱々しく、五十代と言われても違和感のない雰囲気を漂わせていた。

 余程、今回の一件で参っているのだろう。衛は、そう思った。


「お忙しいところ、急にお呼び出しして、本当に申し訳ありません……」

 その依頼人──二瓶真奈美が、向かいに座っている衛とマリーに挨拶をする。

 声の調子から、心身ともに疲れ切っている様子が伺えた。


 それに対し、衛も丁寧な調子で挨拶を返す。

「いえ、とんでもありません。……早速ですが、ご相談の内容を聞かせて頂いてもよろしいですか?」

「はい。実は……家の中の様子が、変なんです」

 その言葉に、衛が眉をひそめる。


「『変』……?」

「ええ……この家には、たまに来て下さる家政婦の方を除けば、私一人しか住んでいないんです。……ですが、私以外の気配がしたり、突然、誰かの恨めしい声が聞こえたりすることがあるんです……」

「声……ですか」

「はい。しかもその声は、起きている時だけじゃなく、寝ている時にも聞こえてくるんです……」

 そこで真奈美は、溜息を吐いた。

 溜まりに溜まった疲れが、その息にたっぷりと含まれていた。


「私が寝ている時に、『絶対に許さぬ』、『この恨みは忘れぬ』と、おぞましい声で何度も。その夢を見る度に、何度も起きてしまうんです。おかげで、最近はろくに寝付けなくて……」

「ん……」

 衛が唸る。

 この屋敷に入る前から、衛は妖気を感知していた。そして、実際に入ると、その妖気は大きく膨れ上がっていた。

 間違いなく、何らかの妖怪の仕業であろう。

 しかし、その妖怪の実態は、現時点では把握出来ていなかった。


「これ以上寝付けなかったら、日常生活にも支障をきたし兼ねません。そう悩んでる時に、青木さんの噂を耳にしたんです。悪いものが憑り付いていたら、直ぐに駆け付けて、お祓いをしてくれる人がいる──と。それで、お電話させて頂いたんです」

「そうでしたか」

 真奈美の言葉の節々から、本当に困っているという様子が滲み出ていた。

 このままでは、実際に何らかのアクシデントが起こっても、おかしくはないであろう。

 間に合う内に、対策をとらなければならない──衛はそう考えた。


「……二瓶さん、この家の中に、何か古いものはありますか?」

 情報収集の為、衛が質問をする。

 どんな化け物が出て来ても良いように、ここで有益な情報を掴むつもりであった。

「古いもの、ですか?」

 衛の問い掛けに、真奈美が首を傾げる。

「ええ。怪談などで出てくるような、いわく付きのものだったり……」

「そうですね……」

 そう呟き、真奈美は眉を寄せて考え込み始める。

 しばらくして、何か思い当たったような顔をした。


「ああ、そう言えば──」

「心当たりが?」

「ええ。亡くなった両親が大切にしていた、古い市松人形があるんです」

「市松人形、ですか……」

 今度は、衛が眉を寄せて考え込み始める。


 古い人形が化けるというのは、有り得ない話ではない。

 現に、衛の助手のマリーは、西洋人形の妖怪である。

 何らかの現象が働き、その市松人形が化けた──可能性としては、十分有り得る話であった。


 その時。

「人形ですって!?」

 これまで口を閉ざしていたマリーが、驚いたような声を上げる。

「どうしたマリー」

「どうしたもこうしたもないわよ! ご主人様に迷惑を掛けるなんて、人形の風上にも置けない奴だわ!! あたしが説教してやる!」

「待て待て。まだその人形のせいと決まったわけじゃ──」

 衛が憤怒するマリーをたしなめる。

 しかし、マリーは全く聞いていない様子であった。

 直後、自信満々と言った笑みで、真奈美に言葉を掛けた。


「安心して、真奈美さん! 同じ人形の妖怪として、あたしがズバッと成敗してやるわ!!」

「え……? よ、妖怪……?」

 マリーの言葉に、真奈美が混乱する。

 衛は真奈美に対して、『マリーは人形の妖怪である』という事実を打ち明けてはいない。

 真奈美が混乱するのも無理はなかった。


「ああ……すみません二瓶さん。気にしないでください。こいつ、たまにちょっとアレなこと言い出す癖があるので」

「アレって何よ!」

 衛のフォローになっていないフォローに、マリーが噛み付く。

 それを無視し、衛は真奈美に話し続けた。

「ですが、元凶を何とかするというのは本当です。今日から安心して眠れるように致しましょう。我々にお任せ下さい」

 終始不愛想な顔の衛。

 だが、その口から出る言葉は、真奈美を労わる気持ちに溢れていた。

 それを耳にし、真奈美は、己の心の緊張が、ほんの少しほぐれたような気がした。

 次回は、金曜日の午前10時頃に投稿する予定です。

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