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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第四話『爆発死惨』
36/310

爆発死惨 十九

【これまでのあらすじ】

 超能力犯罪者・宮内と対決を行う衛。宮内に己の体の秘密が勘付かれ、満身創痍にされながらも、彼は宮内のエネルギーを全て削り取ることに成功した。

 衛は森の中に逃げ込み、友の敵討ちに燃える男──進藤雄矢の下へと、宮内を誘導する。

17

 森の中を、宮内はひたすら走り続けていた。

 ──森の中は、予想以上に暗かった。

 数メートル先はおろか、足元すらもよく見えない。

 夜の闇を照らす月の光は、生い茂る木々の葉に遮られ、明かりとしての機能を全く果たしていなかった。

 

「はぁ……はぁっ……はぁ……」

 息が荒い。

 運動不足で鈍った体は、思ったようには動いてくれない。

 心臓の激しい鼓動が、全身に響き渡っていた。

「はぁっ……はぁ……がっ!?」

 木の根に躓き、宮内が転倒する。

 跪いたまま、宮内はその場で息を整えていた。


 ──森に入って数分が経過していた。

 宮内は既に衛を見失っていた。

 現在彼は、当てもなく衛を探している状態である。

 だが、走っても走っても、衛の姿は影も形もない。

 衛は一体どこに行ってしまったのか。

 そして、今自分はどこを走っているのか──焦りと苛立ちを抑え切れず、宮内が俯いたまま叫んだ。

「くそっ……くそっ……! どこだチビ! どこに行きやがったぁっ!!」


 ──その時。

「ここだ」

 宮内が叫んだ、正にその直後。

 男の声が、宮内の耳に届いた。

 前方から聞こえてきた。


「……っ!?」

 脂汗に塗れた顔を上げる。

 すると、少し離れた先に、小さな人影があった。

 目を凝らして見てみると、その人物は、全身がボロボロであった。ジャケットの至る所が裂け、血が滲んでいた。

 満身創痍───その言葉通りの姿の衛が、そこにいたのであった。


「てめぇ……っ!」

 唾液の泡を口の端から漏らしながら、宮内が叫ぶ。

「お、俺に何をしやがったっ! 俺の力を返せっ!!」

「ああ、そのことか」

 衛が平然とした表情で答える。

 凄まじい剣幕で怒鳴り散らす宮内に、全く物怖じしていなかった。


「悪いな。『力を封じた』ってのは嘘だ」

「嘘だと!?」

「ああ、ハッタリさ。てめぇはただ、力を使い過ぎたんだ。回復するまで、少なくともあと一時間は掛かるだろうな」

「な……にィ……!?」

 予期せぬ衛の答えに、宮内が歯軋りをする。

 怒りと屈辱によって出来た皺が、顔中に広がっていた。

 獣の如き形相であった。


「ところでな」

 衛が呟く。

 先程と変わらぬ、平然とした様子であった。

 だが──身にまとう雰囲気が、変わっていた。

 全身から、冷気にも似た、ひやりとする凄みが滲み出ていた。


「あんたに紹介したい奴がいるんだ」

「は……!? てっ、てめぇ、いきなり何──がっ!?」

 衛の言葉に戸惑う宮内。

 その背後から、突然凄まじい衝撃が襲い掛かった。

 耐え切れず、うつ伏せの姿勢で地面に倒れ伏す。


「ぐ、ぅっ……な、何が──っ!?」

 立ち上がりながら、宮内は背後を振り返る。

 その顔が、驚愕の表情を浮かべた。

 背後に、岩のような肉体を持った男が佇んでいたのである。


「礼を言うぜ、青木──」

 その巨大な男は、凄みのある声で衛に声を掛けた。

「お前のおかげで、あいつの仇を討つことが出来る。……迷惑かけたな」

 その声に、衛は平然とした様子で言葉を返す。

「気にすんな。俺の分まで、ドギツいのをお見舞いしてやれ」

「ああ、そうさせてもらうぜ──」

 男は、衛の言葉に返事をしながら、力強く頷いた。


「だっ、だだ、誰だ、てめぇは!?」

 戦慄を覚えながら、宮内が叫ぶ。

 するとその男は、宮内へと一歩近付いた。

「……進藤雄矢」

 ──恐ろしい顔をしていた。

 怒り、憎しみ、そして苦しみ──それらが複雑に入り混じった、凄まじい形相であった。

「てめぇがぶっ殺した、被害者の一人──そいつのダチだった男だ」


18

「ひ、ヒッ……!」

 宮内の小さな悲鳴が響く。

 雄矢はまたもう一歩、足を前に進めた。

「俺のダチの……後藤英樹の仇……! 覚悟しやがれ!!」

 その言葉とともに、雄矢が拳を握り締める。

 直後、その拳が唸りを上げていた。


「がッ──!?」

 ──剛拳炸裂。

 宮内の口から、血と共に折れた前歯が飛ぶ。

 そのまま仰向けに倒れそうになり──直後、逆再生をするように、元の位置へと戻って行く。

 雄矢が宮内の胸ぐらを鷲掴んで、引き戻したのである。


「ふんッ!」

「ぅげぇ!?」

 ──右の膝蹴りが放たれ、宮内の水月に叩き込まれる。

 丸太の先端で打ち抜かれたような衝撃に、宮内は思わず、己の内臓が口から飛び出たように錯覚した。


 ──続けて、右の手刀打ち。

 宮内の首筋に、勢いよく叩き込まれる。


 ──左順突き。

 ──右逆突き。

 ──左回し蹴り。

 ──右下段回し蹴り。

 ──右回し突き。

 ──右猿臂。

 ──左下突き。

 ──左膝蹴り。


 それら全てが、潜り込むようにクリーンヒットする。

 直撃する度に、宮内の体から血が飛び散った。


「っあ……ぐ……あが……げ──うげっ!?」

 雄矢の右足が振り上げられ、よろける宮内の顎を直撃。

 打ち上げられ、宮内の体が再び仰向けに倒れそうになる。


 しかし──今度は元の位置に引き戻されることはなかった。

 天高く振り上げられたままの雄矢の右足──その踵が、宮内の顔面に叩き込まれたのである。

「でぃぃぃぃぃやっ!!」

「がぶっ!?」

 鼻骨をへし折られながら、宮内の後頭部が地面にめり込む。


 直後──雄矢は振り下ろした右足の膝関節を折りたたむ。

 そして、右膝を仰向けになった宮内の下腹部に落とす。

「ぐぇっ──」

 宮内が呻く。

 逃れようとするが、雄矢の膝によって圧され、身動きが取れない。


 その水月目掛け──

「チェェェストォォォォォォォォォォォォッ!!」

「──ッ!!」

 ──隕石の如き、渾身の右の正拳がぶち込まれた。


 ──これぞ、『稲妻落とし』。

 進藤雄矢の異名『稲妻』の所以となった、流れるような必殺の連撃であった。


 宮内の水月から、めり込んだ右拳が引き抜かれる。

 同時に、宮内の両目が大きく見開かれた。

「ぉ、げ──ぇえげぇっ……!!」

 宮内の口と鼻から、血と吐瀉物のカクテルが吹き出す。

 見開かれ、丸くなった両目からは、涙が溢れていた。 


「っ……はぁ……はぁっ……」

 呼吸を整えながら、雄矢が立ち上がる。

 その間も、宮内から目を離していなかった。

 吐瀉物をぶちまけ、地面をのたうち回っている宮内。

 その姿を見て、完全に戦闘不能であると判断し──ようやく雄矢は、衛に目を向けた。


「……終わったぜ」

「ああ──」

 衛がふらふらと近寄る。

 全身の傷が痛む。

 自己治癒の為の仙術を使おうとも思ったが、今の彼に、それを行う体力は残っていなかった。


「……意外だったよ」

「……何がだ?」

 衛の言葉に、雄矢が不思議そうな顔をする。

「俺はてっきり、こいつが死ぬまで殴り続けるんじゃないかと思ってたよ」

「……ああ。俺も、最初はそうしようと思ったよ。だけど──」

 雄矢はそこで、寂しそうな顔をした。


「……俺の空手の技は、こいつをぶち殺す為に磨いて来たんじゃあない。英樹と決着を付けるために磨いた技なんだ。その技でこんな奴を殺しちまったら……あいつに申し訳ないような気がしてな……」

「……そうか」

「甘いと思うか……?」

「いや」

 雄矢の問い掛けに、衛はかぶりを振る。

「……立派だと思うぜ。その誇りは、大事にすべきだと思う。後藤の為にもな」

「……ありがとよ」


 その時、木陰から、一人の少女がこっそりと顔を表す。

 マリーであった。

 不安げな顔をしていた。


「……終わった?」

 恐る恐る、マリーが問い掛ける。

「ああ、終わった。もう出て来ても良いぞ」

「ホッ……」

 衛の答えに、マリーは安堵したように溜め息を吐く。

 そして、とてとてと衛の傍に歩いて来た。


「それじゃあ、こいつはどうするの……?」

 マリーが、足元に倒れている宮内を見ながら尋ねる。

 宮内は、胃の中のものをあらかた吐き終え、呻きながら力なく倒れていた。

「そういや、俺も気になってたんだ。警察に引き渡すのか?もしそうなら、超能力で脱走されるんじゃねえのか?」

「そのことか──」

 マリーと雄矢の問い掛けに、衛が返答する。


「実は、日本政府が秘匿している、超能力関係の組織があるんだ」

「組織?」

「ああ。俺の知り合いに、そこのエージェントがいる。これからそいつに引き渡そうと思う」

「引き渡された後、こいつはどうなるの?」

「一応、更生の余地があるかどうかを検討はされるだろうけど……もう四人も殺しちまってるから、自由にはならないはずだ。その機関の施設の中で、モルモットとして一生を終えるんじゃねえかな」


 その衛の言葉に、驚愕の表情を浮かべた者がいた。

 苦痛に悶えながらも、聞き耳を立てていた、宮内であった。

「ぐ……ぅ……な、何……だ、って……!?」

 宮内が、呻きながら呟く。

 それを耳にし、衛が蔑みの目線で見下ろす。

「聞こえていたか」

「ふ……ざっ、けるな!おれっ、俺……は、嫌だ……!」


「『嫌だ』じゃねえよ」

 衛が、凄みのある形相で、宮内に言い放つ。

「貴様は、四人の人間を殺してるんだ。自分が恨みを持ってる奴だけじゃねえ。無関係な奴もだ。その責任はしっかりとってもらうぜ」

「い、嫌だ、嫌だぁぁぁぁっ!!」


 泣き叫びながら、宮内が立ち上がり、後退る。

 骨は折れ、内臓にも大きなダメージがある。

 そんな体でありながら、素早い動きであった。

 己の体の苦痛以上に、自分が自由でなくなるという事実が耐え切れない様子であった。


「い、嫌だっ、お、俺っ、俺は、カミっ、カミサマなんだっ! こ、こん、こんな所で、つかっ、捕まって、たた、たまる、か!!」

 そう言い、両腕を衛達が立っている地面に向けて掲げる。

「止めろ。お前の力はもう、ほとんど残ってない。その状態で使ったら、お前は死ぬぞ」

 衛が冷ややかな様子で制止する。

 だが、宮内は聞く耳を持たなかった。


「嘘だ……! それも、どうせ、嘘だ! 俺は、使えるんだ! 俺、俺は! カミサマなんだ! 俺は、カミサマなんだ!! 死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 血を吐き出しながら、宮内が絶叫する。

 地面が吹き飛ぶイメージを作りながら、エネルギーを注ぎ込むように、全身の力を振り絞った。


 その時。

「……!」

 ──プツンと。

 何かが切れたような音がした。

 宮内の顔から、感情が抜け落ちる。


 同時に──鼻の両穴から、どろりとした血が流れ出る。

「……?」

 呆然とした表情で、宮内はその血を手の平で拭う。

 そして、その手を見たまま、立ち竦んだ。


 ──が、次の瞬間。

「ぐっ!?」

 宮内の顔が、びくりと痙攣する。

 両目を見開き、血と吐瀉物に塗れていない肌の箇所が、紅潮する。

 すると突然、顔がむくみ始めた。

 膨らんでいるようであった。


 その様子を見て、衛が顔を歪めながら舌打ちをする。

「チッ、言わんこっちゃねえ……!」

 その言葉に、マリーと雄矢が動揺したように尋ねる。

「な、何……!? あれ!?」

「お、おい、どうなったんだよ!?何が起こってんだ!?」


「……暴走だ」

 衛が忌々しげに答える。

「こいつは、能力に目覚めてからまだ日が浅い。脳が力に順応できてないんだ。その上、今こいつのエネルギーは空っぽだ。そんな状態で無理をして能力を使おうとしたから、脳が耐え切れなくなったんだ」


 衛が二人に解説をしている間にも、宮内の顔は急激に膨張していく。

「う──ぼっ──」

 宮内の口から、呻き声が漏れる。

 空気を吹き込まれている風船の如く、大きく膨張していた。


 それを見た衛は──突然、左手でマリーの両目を覆い隠す。

「えっ……何!?」

 戸惑うマリー。

 それと同時に、宮内の眼窩から、両目が零れ落ちた。

 水玉風船のヨーヨーのように、視神経が繋がったままの両目が、だらりとぶら下がっていた。


 衛はマリーの顔を左手で覆ったまま、彼女を右脇に抱える。

「えっ!? えっ!?」

「離れるぞ!」

 そして短く叫ぶと、踵を返して走り出した。

「え!? ちょ、ちょっと待てよ!」

 雄矢が慌てて、その背中に続く。


 宮内の顔面の膨張は、なおも続いていた。

 顔中の穴という穴から血が噴き出す。


 そして、膨張は限界に達し──

「ぼごっ!?」

 ──勢い良く、弾け飛んだ。


 びしゃり、という音を立て、頭部の破片と、中に詰まっていたものが辺りにぶちまけられる。

 草が、木々が、地面が───周囲のあらゆるものが、赤黒く染まった。

 頭部を失った宮内の体は、その場に立ち尽くしていた。

 しばらくして、ふらふらと左右に揺れ始め───ゆっくりと、その場に崩れ落ちた。


 そこから五十メートル程離れた場所に、衛達はいた。

 衛は、マリーの視界を覆ったまま、その光景を見つめていた。

「……終わったか」

 衛が淡々と呟く。

「『因果応報』って言葉はあるが……」

「……ああ」

 衛の呟きに、雄矢が顔をしかめながら返事をする。

 そして、衛の言葉を引き継ぐように、吐き捨てた。


「こんなに後味の悪い結末ってのは、堪らねぇな……畜生が」

 次回で、このエピソードは完結です。

 本日の、午後7時ごろに投稿する予定です。

 このエピソードが完結したら、また新しいエピソードを執筆していこうと思っています。

 それでは、是非最後までお付き合いくださいますよう、よろしくお願い致します。

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