爆発死惨 十九
【これまでのあらすじ】
超能力犯罪者・宮内と対決を行う衛。宮内に己の体の秘密が勘付かれ、満身創痍にされながらも、彼は宮内のエネルギーを全て削り取ることに成功した。
衛は森の中に逃げ込み、友の敵討ちに燃える男──進藤雄矢の下へと、宮内を誘導する。
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森の中を、宮内はひたすら走り続けていた。
──森の中は、予想以上に暗かった。
数メートル先はおろか、足元すらもよく見えない。
夜の闇を照らす月の光は、生い茂る木々の葉に遮られ、明かりとしての機能を全く果たしていなかった。
「はぁ……はぁっ……はぁ……」
息が荒い。
運動不足で鈍った体は、思ったようには動いてくれない。
心臓の激しい鼓動が、全身に響き渡っていた。
「はぁっ……はぁ……がっ!?」
木の根に躓き、宮内が転倒する。
跪いたまま、宮内はその場で息を整えていた。
──森に入って数分が経過していた。
宮内は既に衛を見失っていた。
現在彼は、当てもなく衛を探している状態である。
だが、走っても走っても、衛の姿は影も形もない。
衛は一体どこに行ってしまったのか。
そして、今自分はどこを走っているのか──焦りと苛立ちを抑え切れず、宮内が俯いたまま叫んだ。
「くそっ……くそっ……! どこだチビ! どこに行きやがったぁっ!!」
──その時。
「ここだ」
宮内が叫んだ、正にその直後。
男の声が、宮内の耳に届いた。
前方から聞こえてきた。
「……っ!?」
脂汗に塗れた顔を上げる。
すると、少し離れた先に、小さな人影があった。
目を凝らして見てみると、その人物は、全身がボロボロであった。ジャケットの至る所が裂け、血が滲んでいた。
満身創痍───その言葉通りの姿の衛が、そこにいたのであった。
「てめぇ……っ!」
唾液の泡を口の端から漏らしながら、宮内が叫ぶ。
「お、俺に何をしやがったっ! 俺の力を返せっ!!」
「ああ、そのことか」
衛が平然とした表情で答える。
凄まじい剣幕で怒鳴り散らす宮内に、全く物怖じしていなかった。
「悪いな。『力を封じた』ってのは嘘だ」
「嘘だと!?」
「ああ、ハッタリさ。てめぇはただ、力を使い過ぎたんだ。回復するまで、少なくともあと一時間は掛かるだろうな」
「な……にィ……!?」
予期せぬ衛の答えに、宮内が歯軋りをする。
怒りと屈辱によって出来た皺が、顔中に広がっていた。
獣の如き形相であった。
「ところでな」
衛が呟く。
先程と変わらぬ、平然とした様子であった。
だが──身にまとう雰囲気が、変わっていた。
全身から、冷気にも似た、ひやりとする凄みが滲み出ていた。
「あんたに紹介したい奴がいるんだ」
「は……!? てっ、てめぇ、いきなり何──がっ!?」
衛の言葉に戸惑う宮内。
その背後から、突然凄まじい衝撃が襲い掛かった。
耐え切れず、うつ伏せの姿勢で地面に倒れ伏す。
「ぐ、ぅっ……な、何が──っ!?」
立ち上がりながら、宮内は背後を振り返る。
その顔が、驚愕の表情を浮かべた。
背後に、岩のような肉体を持った男が佇んでいたのである。
「礼を言うぜ、青木──」
その巨大な男は、凄みのある声で衛に声を掛けた。
「お前のおかげで、あいつの仇を討つことが出来る。……迷惑かけたな」
その声に、衛は平然とした様子で言葉を返す。
「気にすんな。俺の分まで、ドギツいのをお見舞いしてやれ」
「ああ、そうさせてもらうぜ──」
男は、衛の言葉に返事をしながら、力強く頷いた。
「だっ、だだ、誰だ、てめぇは!?」
戦慄を覚えながら、宮内が叫ぶ。
するとその男は、宮内へと一歩近付いた。
「……進藤雄矢」
──恐ろしい顔をしていた。
怒り、憎しみ、そして苦しみ──それらが複雑に入り混じった、凄まじい形相であった。
「てめぇがぶっ殺した、被害者の一人──そいつのダチだった男だ」
18
「ひ、ヒッ……!」
宮内の小さな悲鳴が響く。
雄矢はまたもう一歩、足を前に進めた。
「俺のダチの……後藤英樹の仇……! 覚悟しやがれ!!」
その言葉とともに、雄矢が拳を握り締める。
直後、その拳が唸りを上げていた。
「がッ──!?」
──剛拳炸裂。
宮内の口から、血と共に折れた前歯が飛ぶ。
そのまま仰向けに倒れそうになり──直後、逆再生をするように、元の位置へと戻って行く。
雄矢が宮内の胸ぐらを鷲掴んで、引き戻したのである。
「ふんッ!」
「ぅげぇ!?」
──右の膝蹴りが放たれ、宮内の水月に叩き込まれる。
丸太の先端で打ち抜かれたような衝撃に、宮内は思わず、己の内臓が口から飛び出たように錯覚した。
──続けて、右の手刀打ち。
宮内の首筋に、勢いよく叩き込まれる。
──左順突き。
──右逆突き。
──左回し蹴り。
──右下段回し蹴り。
──右回し突き。
──右猿臂。
──左下突き。
──左膝蹴り。
それら全てが、潜り込むようにクリーンヒットする。
直撃する度に、宮内の体から血が飛び散った。
「っあ……ぐ……あが……げ──うげっ!?」
雄矢の右足が振り上げられ、よろける宮内の顎を直撃。
打ち上げられ、宮内の体が再び仰向けに倒れそうになる。
しかし──今度は元の位置に引き戻されることはなかった。
天高く振り上げられたままの雄矢の右足──その踵が、宮内の顔面に叩き込まれたのである。
「でぃぃぃぃぃやっ!!」
「がぶっ!?」
鼻骨をへし折られながら、宮内の後頭部が地面にめり込む。
直後──雄矢は振り下ろした右足の膝関節を折りたたむ。
そして、右膝を仰向けになった宮内の下腹部に落とす。
「ぐぇっ──」
宮内が呻く。
逃れようとするが、雄矢の膝によって圧され、身動きが取れない。
その水月目掛け──
「チェェェストォォォォォォォォォォォォッ!!」
「──ッ!!」
──隕石の如き、渾身の右の正拳がぶち込まれた。
──これぞ、『稲妻落とし』。
進藤雄矢の異名『稲妻』の所以となった、流れるような必殺の連撃であった。
宮内の水月から、めり込んだ右拳が引き抜かれる。
同時に、宮内の両目が大きく見開かれた。
「ぉ、げ──ぇえげぇっ……!!」
宮内の口と鼻から、血と吐瀉物のカクテルが吹き出す。
見開かれ、丸くなった両目からは、涙が溢れていた。
「っ……はぁ……はぁっ……」
呼吸を整えながら、雄矢が立ち上がる。
その間も、宮内から目を離していなかった。
吐瀉物をぶちまけ、地面をのたうち回っている宮内。
その姿を見て、完全に戦闘不能であると判断し──ようやく雄矢は、衛に目を向けた。
「……終わったぜ」
「ああ──」
衛がふらふらと近寄る。
全身の傷が痛む。
自己治癒の為の仙術を使おうとも思ったが、今の彼に、それを行う体力は残っていなかった。
「……意外だったよ」
「……何がだ?」
衛の言葉に、雄矢が不思議そうな顔をする。
「俺はてっきり、こいつが死ぬまで殴り続けるんじゃないかと思ってたよ」
「……ああ。俺も、最初はそうしようと思ったよ。だけど──」
雄矢はそこで、寂しそうな顔をした。
「……俺の空手の技は、こいつをぶち殺す為に磨いて来たんじゃあない。英樹と決着を付けるために磨いた技なんだ。その技でこんな奴を殺しちまったら……あいつに申し訳ないような気がしてな……」
「……そうか」
「甘いと思うか……?」
「いや」
雄矢の問い掛けに、衛はかぶりを振る。
「……立派だと思うぜ。その誇りは、大事にすべきだと思う。後藤の為にもな」
「……ありがとよ」
その時、木陰から、一人の少女がこっそりと顔を表す。
マリーであった。
不安げな顔をしていた。
「……終わった?」
恐る恐る、マリーが問い掛ける。
「ああ、終わった。もう出て来ても良いぞ」
「ホッ……」
衛の答えに、マリーは安堵したように溜め息を吐く。
そして、とてとてと衛の傍に歩いて来た。
「それじゃあ、こいつはどうするの……?」
マリーが、足元に倒れている宮内を見ながら尋ねる。
宮内は、胃の中のものをあらかた吐き終え、呻きながら力なく倒れていた。
「そういや、俺も気になってたんだ。警察に引き渡すのか?もしそうなら、超能力で脱走されるんじゃねえのか?」
「そのことか──」
マリーと雄矢の問い掛けに、衛が返答する。
「実は、日本政府が秘匿している、超能力関係の組織があるんだ」
「組織?」
「ああ。俺の知り合いに、そこのエージェントがいる。これからそいつに引き渡そうと思う」
「引き渡された後、こいつはどうなるの?」
「一応、更生の余地があるかどうかを検討はされるだろうけど……もう四人も殺しちまってるから、自由にはならないはずだ。その機関の施設の中で、モルモットとして一生を終えるんじゃねえかな」
その衛の言葉に、驚愕の表情を浮かべた者がいた。
苦痛に悶えながらも、聞き耳を立てていた、宮内であった。
「ぐ……ぅ……な、何……だ、って……!?」
宮内が、呻きながら呟く。
それを耳にし、衛が蔑みの目線で見下ろす。
「聞こえていたか」
「ふ……ざっ、けるな!おれっ、俺……は、嫌だ……!」
「『嫌だ』じゃねえよ」
衛が、凄みのある形相で、宮内に言い放つ。
「貴様は、四人の人間を殺してるんだ。自分が恨みを持ってる奴だけじゃねえ。無関係な奴もだ。その責任はしっかりとってもらうぜ」
「い、嫌だ、嫌だぁぁぁぁっ!!」
泣き叫びながら、宮内が立ち上がり、後退る。
骨は折れ、内臓にも大きなダメージがある。
そんな体でありながら、素早い動きであった。
己の体の苦痛以上に、自分が自由でなくなるという事実が耐え切れない様子であった。
「い、嫌だっ、お、俺っ、俺は、カミっ、カミサマなんだっ! こ、こん、こんな所で、つかっ、捕まって、たた、たまる、か!!」
そう言い、両腕を衛達が立っている地面に向けて掲げる。
「止めろ。お前の力はもう、ほとんど残ってない。その状態で使ったら、お前は死ぬぞ」
衛が冷ややかな様子で制止する。
だが、宮内は聞く耳を持たなかった。
「嘘だ……! それも、どうせ、嘘だ! 俺は、使えるんだ! 俺、俺は! カミサマなんだ! 俺は、カミサマなんだ!! 死ねぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
血を吐き出しながら、宮内が絶叫する。
地面が吹き飛ぶイメージを作りながら、エネルギーを注ぎ込むように、全身の力を振り絞った。
その時。
「……!」
──プツンと。
何かが切れたような音がした。
宮内の顔から、感情が抜け落ちる。
同時に──鼻の両穴から、どろりとした血が流れ出る。
「……?」
呆然とした表情で、宮内はその血を手の平で拭う。
そして、その手を見たまま、立ち竦んだ。
──が、次の瞬間。
「ぐっ!?」
宮内の顔が、びくりと痙攣する。
両目を見開き、血と吐瀉物に塗れていない肌の箇所が、紅潮する。
すると突然、顔がむくみ始めた。
膨らんでいるようであった。
その様子を見て、衛が顔を歪めながら舌打ちをする。
「チッ、言わんこっちゃねえ……!」
その言葉に、マリーと雄矢が動揺したように尋ねる。
「な、何……!? あれ!?」
「お、おい、どうなったんだよ!?何が起こってんだ!?」
「……暴走だ」
衛が忌々しげに答える。
「こいつは、能力に目覚めてからまだ日が浅い。脳が力に順応できてないんだ。その上、今こいつのエネルギーは空っぽだ。そんな状態で無理をして能力を使おうとしたから、脳が耐え切れなくなったんだ」
衛が二人に解説をしている間にも、宮内の顔は急激に膨張していく。
「う──ぼっ──」
宮内の口から、呻き声が漏れる。
空気を吹き込まれている風船の如く、大きく膨張していた。
それを見た衛は──突然、左手でマリーの両目を覆い隠す。
「えっ……何!?」
戸惑うマリー。
それと同時に、宮内の眼窩から、両目が零れ落ちた。
水玉風船のヨーヨーのように、視神経が繋がったままの両目が、だらりとぶら下がっていた。
衛はマリーの顔を左手で覆ったまま、彼女を右脇に抱える。
「えっ!? えっ!?」
「離れるぞ!」
そして短く叫ぶと、踵を返して走り出した。
「え!? ちょ、ちょっと待てよ!」
雄矢が慌てて、その背中に続く。
宮内の顔面の膨張は、なおも続いていた。
顔中の穴という穴から血が噴き出す。
そして、膨張は限界に達し──
「ぼごっ!?」
──勢い良く、弾け飛んだ。
びしゃり、という音を立て、頭部の破片と、中に詰まっていたものが辺りにぶちまけられる。
草が、木々が、地面が───周囲のあらゆるものが、赤黒く染まった。
頭部を失った宮内の体は、その場に立ち尽くしていた。
しばらくして、ふらふらと左右に揺れ始め───ゆっくりと、その場に崩れ落ちた。
そこから五十メートル程離れた場所に、衛達はいた。
衛は、マリーの視界を覆ったまま、その光景を見つめていた。
「……終わったか」
衛が淡々と呟く。
「『因果応報』って言葉はあるが……」
「……ああ」
衛の呟きに、雄矢が顔をしかめながら返事をする。
そして、衛の言葉を引き継ぐように、吐き捨てた。
「こんなに後味の悪い結末ってのは、堪らねぇな……畜生が」
次回で、このエピソードは完結です。
本日の、午後7時ごろに投稿する予定です。
このエピソードが完結したら、また新しいエピソードを執筆していこうと思っています。
それでは、是非最後までお付き合いくださいますよう、よろしくお願い致します。




