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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 四十四

34

「……」

 乱入者──衛は、冷ややかな目で足元を見下ろしていた。

 視線の先には、今しがた倒したばかりの男──野口が転がっていた。


 野口は、もう立ち上がらなかった。

 衛の放ったトドメの一撃により、意識は完全に潰えていた。

 死んではいなかった。

 しかし、再起できるような状態ではなかった。


 あの時──野口が挑発を行った時、衛の内側からは、計り知れないほどの憎悪が湧き出ていた。

 だが、衛の理性は負の感情に呑まれはしなかった。

 怒りを感じながらも、その裏で野口が何か企んでいることを見抜いていた。


 野口は、明らかにカウンターを狙っていた。

 衛が右拳を使うところを迎え撃とうと、見え透いた挑発を行っていた。

 なので衛は、敢えて右を使う素振(そぶ)りを見せた。

 当然、殴るためではない。

 フェイントのためである。

 案の定、野口の全意識は衛の右拳に向いていた。

 なので衛は、放った右拳を瞬時に引き戻し──代わりに右膝を突き出したのである。

 意識外からの攻撃に、野口は対応できなかった。

 故に、衛の跳び膝蹴りを、真正面から受けてしまったのである。


 その渾身の一撃によって──野口の顔面の中央は、大きく凹んでしまっていた。

 鼻骨は砕け、完全に圧壊している。

 口は裂け、歯茎も潰れ、歯はバラバラに砕けている。

 その負傷の度合いが、いかに凄まじい衝突であったのかを物語っていた。


 ──気絶した野口は、白目を向いていた。

 そこから、血のにじんだ涙が溢れている。

 痛みによる涙なのか、それとも別の理由による涙なのか。

 衛には解らなかったし、解りたくもなかった。


 その周囲には、野口の手下たちが転がっていた。

 彼らもまた、一人として立ち上がらなかった。

 気絶している者もいれば、悶え苦しんでいる者もいる。

 命に別状はないが、全員重傷であった。


「……はあ」

 室内の惨状を見て、衛はうんざりしたようにため息を吐いた。

 たまらない不快感が、胸の内で蠢いていた。

 まるで、弱いものいじめをしているような気分であった。


 人命救助のために拳を振るわなければいけないことは、衛も理解している。

 だが、他者を救うためとは言え、誰かを殴るのは、いい気分はしなかった。

 それが例え、許しがたい外道であったとしても。


(切り替えろ。そんなこと考えてる暇はないだろ)

 衛は己を叱りつけ、天井を見上げた。

 上階から、轟音と銃声が響いてくる。

 颯人と秀児に違いない。


 サングラスで覆い隠した両目が、一層鋭くなる。

 ──闘いはまだ終わっていない。

 衛は気合を入れ直すと、大部屋を勢いよく抜け出した。

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