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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第四話『爆発死惨』
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爆発死惨 十四

 悶絶するマリーを尻目に、衛が雄矢に顔を向ける。

「それじゃあ、まずは俺の仕事について話そうか」

「仕事?」

「ああ」

 そこで衛は、マリーが煎れた緑茶を啜る。

 軽く一息吐くと、相変わらずな真剣な表情で切り出した。


「俺は、『退魔師』という仕事をやってるんだ」

「『タイマシ』……?」

「そうだ」

 聞き慣れぬ言葉に、雄矢が眉をひそめる。

 雄矢の復唱に、衛は首を縦に振った。


「この世の中には、人々に危害を加える悪霊や妖怪、そして超能力者がいる。それを狩るのが退魔師だ」

「……」

 雄矢は、話を聞き続けている。

 信じがたい話であろう──そう衛は思った。

 何せ、現実には有り得ない、フィクションの中で活躍するような職である。

 しかし、雄矢はたった今、そんな非現実的なものの一端を目の当たりにしている。

 そのため、衛が語る嘘のような話も、すんなりと耳に入っているようであった。


「今回の俺の仕事は、歌舞伎町のバラバラ殺人──その犯人である超能力者を見つけ出し、倒すことだ」

「……」

「これまでの調査で、宮内へと至る重要な証拠を手に入れることが出来た。これからそれを使って、宮内を誘き出し、対決する」

「『誘き出す』……? どうやって?」

 雄矢が問う。

 衛は、頭をさすっているマリーを見ながら答えた。

「マリーの力を使う」

「『力』? その娘の?」

「ああ。こいつは、道具からその持ち主の情報を調べることが出来る。持ち主の住居や、今そいつがいる場所なんかをな。それを使って、宮内を見つけてもらう」


 そう言うと、衛は内ポケットから何かを取り出した。

 カツミから受け取った名刺入れである。

「それじゃあマリー、頼んだぞ」

「うう……わ、分かった」

 チョップのダメージからようやく回復したらしい。

 マリーは名刺入れを受け取ると、両目を静かに閉じた。

「……」


 すると、マリーの体から、白い光の粒が浮かび上がった。

 妖気の光である。

 蛍の光を彷彿とさせるような、美しい光であった。

 光は徐々に大きくなり、眩しさを増す。

 そして、マリーの全身を包み始めた。

「……!」

 その神秘的な光景を目にし、雄矢が息を飲む。


 しばらくして、マリーがまとっている光が霧散する。

 ゆっくりと、マリーが目を開く。

 それを見て、衛が問い掛ける。

「どうだった?」

「うん……持ち主は、その宮内って奴で間違いないみたい。今は小さな廃工場に隠れてるみたいよ」

「でかした。宮内に念話は使えそうか?」

「うん。携帯を持ってるみたいだから大丈夫」

「よし、分かった。ありがとよ」


 マリーに礼を言うと、衛は再び雄矢の顔を見た。

「それじゃあこれから、宮内との闘い方について、俺が考えていることを説明させてもらう」

「……」

 雄矢は真剣な面持ちで衛を見返した。


 ──その様子を、衛はじっと見た。

 雄矢は、緊張と不安からか、顔が強張っているようであった。

 これまで雄矢は、宮内に報復をするということで頭が一杯になっていた。

 だが、今の雄矢は違う。

 超能力という危険な武器を持った相手とどう闘えばいいのか──そう考えているように感じた。

 己の空手の技が通用するのか──そう考え、心の内に不安と真宵が生じているようであった。


 衛が切り出す。

「何度も繰り返すが、宮内は超能力者だ。それも、何の能力も持たない普通の人間からすると、とてつもなく危ない能力を持っている。だから、まずは奴の能力を封じなきゃならない」

「封じる……? どうやって?」

「奴のエネルギーを空っぽにしてやりゃいいんだ。奴が当分、超能力を使えないくらいにな」

「なるほどね……。具体的な方法は?」

「簡単さ。あいつに能力をひたすら無駄撃ちさせる。だから、最初は俺があいつと闘って、奴のエネルギーを削る。そして、奴の力が尽きたらあんたに合図を送る。そこから先はあんたに譲るよ。煮るなり焼くなり好きにしな。それまでは、安全な場所に隠れててくれ」


 そこで雄矢は、衛の身を案じるように問い掛ける。

「『削る』って……簡単に言ってるけど、大丈夫なのか……? もし失敗したら、あんたも英樹みたいに木端微塵だぜ……?」

 そう言いながら、雄矢の表情に陰りが差す。

 後藤の無惨な姿を思い出したのであろう。

 身体の中に詰まっているもの全てを四散させられ、歌舞伎町の路上に赤黒の花を咲かせた、掛け替えのない友の姿が。


「大丈夫だ。俺には奴の力は効かない」

 衛が答える。

 そして、茶菓子として傍らに置いてある品川巻きのあられを、ポリポリと齧った。

 不安げな雄矢とは真逆の、リラックスした様子であった。


「効かない? どうしてだよ?」

「俺の体質のおかげでな」

「『体質』?」

「ああ」

 そう言うと、衛は緑茶を啜り、一息吐いてから答えた。


「俺の身体を流れてる気の中には、『抗体』っていう力が含まれてるんだよ」

「き? こうたい?」

「そうだ。簡単に説明すると、抗体は、超常的な力を無効化することが出来るんだ。そのおかげで、俺には超能力や妖術の類は効かねえんだよ」

「効かない──ってこたぁ、あんたは宮内の超能力じゃ死なないってことか?」

「ああ。……ただし、ダメージを受ける危険性がゼロって訳でもない」

「……? どういうことだ?」

 衛が付け加えた説明。それに対し、雄矢が眉を寄せる。


「確かに抗体は、超常的な力を打ち消すことが出来る。ただし、打ち消せるのは『俺自身』や、『俺が身に付けているもの』に対して使われた力だけだ。それ以外のもの──俺から離れている物体に対して使われた力は、無効化出来ないんだ。俺がそれに触れて、抗体を流し込めば、話は別だけどな」

「……」


「例えば、宮内が俺を直接爆発させようとして超能力を使った場合、俺の中の抗体が反応して、自動的に打ち消してくれる。でももし、俺の近くに、鉄の塊か何かがあって、それに宮内が能力を使ったとしよう。その場合、抗体で打ち消すことは出来ないし、それによって飛び散った鉄の破片は、超常の力じゃあないから、それも消せない」

「つまり、その破片で普通にダメージを貰っちまうってことか」

「ああ、その通りだ」

 雄矢が理解したことに対し、衛が頷く。


「ただし、防御の手段も用意してある。もし宮内が、今俺が言った方法で攻撃してきたら、『鋼鎧功(こうがいこう)』という技で耐えるようにする」

「こうがいこう?」

「気の力を使って、全身を一瞬だけ鋼みたいに固くする技だよ。エネルギーの消耗が激しいから連発は出来ないけど、上手くいけば刀が折れるくらいの防御ができるようになる」

「刀……!? なんだよその大道芸みたいな技!? マジで使えんのか!?」

「そう思うよな。でも、本当に使えるんだよ。今回は使う機会がなきゃいいけど」

 衛はそう言いながら、お茶を一口啜った。


「宮内が抗体の秘密に気付くかどうかで、闘い方は変わって来るだろうな。……まあでも、奴は完全に発狂している。超能力に目覚めていることが何よりの証拠だ。そんな精神状態だから、奴がこのことに気付く可能性は低いと思うけどな」

「なるほど……。……って、ちょっと待てよ?」

「どうした?」

 衛が尋ねる。

 相槌を打った直後に、雄矢が首を捻り始めたのである。


「……なぁ青木。あんた今、『宮内が発狂してる』って言ったよな」

「……ああ、言ったな」

「で、その後、『超能力に目覚めてるのがその証拠』って……」

「言った」

 雄矢の問い掛けに、衛が短い返答を返す。

 その答えに、雄矢は更に首を傾げた。

「……どういうことだ?超能力に目覚めたら、頭がおかしくなっちまうっつーことか?」

「……そのことか。その辺りの説明もしとかなきゃな」

 そう言うと、衛は静かに語り始めた。


「……実はな。人間が超能力に目覚めるための方法ってのがあるんだ。何か分かるか?」

「え……? いや、分かんねぇ……。超能力者ってのは、大抵生まれつきそういう力を持ってるもんじゃねえのか?」

「ああ、その通りだ。通常、超能力っていうのは、ごく一部の人間が、生まれた時から先天的に持ってるものなんだ。ただし、普通の人間が後天的に目覚めるパターンもある」

「何……? どうすれば目覚めるんだ?」

「代表的なのは三つ。まず一つ目は『修行を積む』ことだ。それもただの修行じゃない。下手をすればくたばり兼ねないほどの凄まじい修行を積むことで、ごく稀に目覚めることがある」

「……」


「二つ目は、『受け継ぐ』ことだ」

「『受け継ぐ』……? 『貰う』ってことか……?」

「ああ。既に超能力を持っている者から、その力を譲ってもらうこと。ただし、誰でも譲ったり受け取ったりすることが出来る訳じゃない。そうやって、誰かの間を行き来することが出来る超能力は、ごく僅かだ」

「……」


「……そして三つ目。宮内は多分、この方法で超能力に目覚めたんだと思う」

「……その方法ってのは?」

 雄矢が思わず身を乗り出す。

 表情は真剣そのものである。

「……それは──」

 衛は一度頷き、雄矢と同じくらい真剣な表情で、その答えを口にした。


「──『狂う』ことだ」


「『狂う』?」

「ああ。人間には、喜怒哀楽といった様々な感情がある。そのいずれかの感情が、自分では抑え切れないくらい高まった時、心は壊れ、狂ってしまう。その時……そういう連中の中の、ごく一部の者が、人智を超えた力に目覚めることがあるんだ。人間離れした身体能力を手に入れたり、妖怪のような、人とは異なる存在になったり。……そして、超能力に目覚めたりな」

「……」

「さっきあんたは、『超能力を手に入れたから狂ったのか』って聞いたが、その逆さ。宮内の場合は『狂ったから、超能力を手に入れた』ってのが正解だと思う」

「……マジで漫画みたいな話だな」

 衛の説明を聞き終えると、雄矢はそうぼそりと呟く。

 口をつけていなかった来客用の湯呑を手に取り、一口啜った。


「……でも、その話が本当だとしたら……宮内の野郎は、何が原因で狂っちまったんだ?」

 釈然としない様子で、雄矢が疑問を口にする。

 衛は眉を寄せながら、その問いに答えた。

「……多分、女のことが原因だな」

「……何?女?」

「ああ。宮内は、恋人の藤枝夏希を愛していた。だけど藤枝が愛していたのは、宮内の持つ金と、別の男だった。相思相愛だと思ってた女から裏切られ、人生を滅茶苦茶にされたんだ。それが原因で、頭がイカレちまったんだろうな」

 そう言うと、衛はソファーに背中を預け、天井を見上げた。

 その声と様子には、同情がこもっていた。


「……。……だからってよ──」

 雄矢が静かに呟く。

 衛は天井を見つめながら、彼の言葉に耳を傾けた。

「……」

「……だからって、誰かを殺しても良いって理由にはならねえだろうが……!」

 雄矢は、そう吐き捨てた。

 宮内に対する憎悪で顔は歪み、瞳からは殺気が零れていた。

「……自分勝手な都合で、無関係な人間までぶっ殺しやがってよ……クソッタレが……!」

「……ああ。その通りだ」

 衛が同意し、顔を正面へと向ける。

 雄矢と違い、無表情であった。

 だがその両目からは、雄矢のそれを超えるほどの殺気が放たれていた。

「宮内はやり過ぎた。これ以上誰かが犠牲になる前に、あの野郎にケジメを付けさせてやる」


 そこで衛は、黙って二人の会話を聞いていたマリーに顔を向ける。

「マリー」

「……。……へ? あたし?」

 不意に呼ばれ、マリーが若干驚いた顔をした。

 ワンテンポ遅れて返事をする彼女に、衛が指示をする。

「これから俺が言う内容を、宮内の野郎に念話で伝えてくれねえか」

「うん、良いよ。どんな内容?」

「そうだな……。それじゃあ──」


 ──そして衛は、マリーに詳細を伝え始めた。

 宮内を誘き出す為の餌。

 そして、宮内との闘いの舞台となる場所の名を。

 次回は、水曜日の午前10時ごろに投稿する予定です。

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