爆発死惨 十四
悶絶するマリーを尻目に、衛が雄矢に顔を向ける。
「それじゃあ、まずは俺の仕事について話そうか」
「仕事?」
「ああ」
そこで衛は、マリーが煎れた緑茶を啜る。
軽く一息吐くと、相変わらずな真剣な表情で切り出した。
「俺は、『退魔師』という仕事をやってるんだ」
「『タイマシ』……?」
「そうだ」
聞き慣れぬ言葉に、雄矢が眉をひそめる。
雄矢の復唱に、衛は首を縦に振った。
「この世の中には、人々に危害を加える悪霊や妖怪、そして超能力者がいる。それを狩るのが退魔師だ」
「……」
雄矢は、話を聞き続けている。
信じがたい話であろう──そう衛は思った。
何せ、現実には有り得ない、フィクションの中で活躍するような職である。
しかし、雄矢はたった今、そんな非現実的なものの一端を目の当たりにしている。
そのため、衛が語る嘘のような話も、すんなりと耳に入っているようであった。
「今回の俺の仕事は、歌舞伎町のバラバラ殺人──その犯人である超能力者を見つけ出し、倒すことだ」
「……」
「これまでの調査で、宮内へと至る重要な証拠を手に入れることが出来た。これからそれを使って、宮内を誘き出し、対決する」
「『誘き出す』……? どうやって?」
雄矢が問う。
衛は、頭をさすっているマリーを見ながら答えた。
「マリーの力を使う」
「『力』? その娘の?」
「ああ。こいつは、道具からその持ち主の情報を調べることが出来る。持ち主の住居や、今そいつがいる場所なんかをな。それを使って、宮内を見つけてもらう」
そう言うと、衛は内ポケットから何かを取り出した。
カツミから受け取った名刺入れである。
「それじゃあマリー、頼んだぞ」
「うう……わ、分かった」
チョップのダメージからようやく回復したらしい。
マリーは名刺入れを受け取ると、両目を静かに閉じた。
「……」
すると、マリーの体から、白い光の粒が浮かび上がった。
妖気の光である。
蛍の光を彷彿とさせるような、美しい光であった。
光は徐々に大きくなり、眩しさを増す。
そして、マリーの全身を包み始めた。
「……!」
その神秘的な光景を目にし、雄矢が息を飲む。
しばらくして、マリーがまとっている光が霧散する。
ゆっくりと、マリーが目を開く。
それを見て、衛が問い掛ける。
「どうだった?」
「うん……持ち主は、その宮内って奴で間違いないみたい。今は小さな廃工場に隠れてるみたいよ」
「でかした。宮内に念話は使えそうか?」
「うん。携帯を持ってるみたいだから大丈夫」
「よし、分かった。ありがとよ」
マリーに礼を言うと、衛は再び雄矢の顔を見た。
「それじゃあこれから、宮内との闘い方について、俺が考えていることを説明させてもらう」
「……」
雄矢は真剣な面持ちで衛を見返した。
──その様子を、衛はじっと見た。
雄矢は、緊張と不安からか、顔が強張っているようであった。
これまで雄矢は、宮内に報復をするということで頭が一杯になっていた。
だが、今の雄矢は違う。
超能力という危険な武器を持った相手とどう闘えばいいのか──そう考えているように感じた。
己の空手の技が通用するのか──そう考え、心の内に不安と真宵が生じているようであった。
衛が切り出す。
「何度も繰り返すが、宮内は超能力者だ。それも、何の能力も持たない普通の人間からすると、とてつもなく危ない能力を持っている。だから、まずは奴の能力を封じなきゃならない」
「封じる……? どうやって?」
「奴のエネルギーを空っぽにしてやりゃいいんだ。奴が当分、超能力を使えないくらいにな」
「なるほどね……。具体的な方法は?」
「簡単さ。あいつに能力をひたすら無駄撃ちさせる。だから、最初は俺があいつと闘って、奴のエネルギーを削る。そして、奴の力が尽きたらあんたに合図を送る。そこから先はあんたに譲るよ。煮るなり焼くなり好きにしな。それまでは、安全な場所に隠れててくれ」
そこで雄矢は、衛の身を案じるように問い掛ける。
「『削る』って……簡単に言ってるけど、大丈夫なのか……? もし失敗したら、あんたも英樹みたいに木端微塵だぜ……?」
そう言いながら、雄矢の表情に陰りが差す。
後藤の無惨な姿を思い出したのであろう。
身体の中に詰まっているもの全てを四散させられ、歌舞伎町の路上に赤黒の花を咲かせた、掛け替えのない友の姿が。
「大丈夫だ。俺には奴の力は効かない」
衛が答える。
そして、茶菓子として傍らに置いてある品川巻きのあられを、ポリポリと齧った。
不安げな雄矢とは真逆の、リラックスした様子であった。
「効かない? どうしてだよ?」
「俺の体質のおかげでな」
「『体質』?」
「ああ」
そう言うと、衛は緑茶を啜り、一息吐いてから答えた。
「俺の身体を流れてる気の中には、『抗体』っていう力が含まれてるんだよ」
「き? こうたい?」
「そうだ。簡単に説明すると、抗体は、超常的な力を無効化することが出来るんだ。そのおかげで、俺には超能力や妖術の類は効かねえんだよ」
「効かない──ってこたぁ、あんたは宮内の超能力じゃ死なないってことか?」
「ああ。……ただし、ダメージを受ける危険性がゼロって訳でもない」
「……? どういうことだ?」
衛が付け加えた説明。それに対し、雄矢が眉を寄せる。
「確かに抗体は、超常的な力を打ち消すことが出来る。ただし、打ち消せるのは『俺自身』や、『俺が身に付けているもの』に対して使われた力だけだ。それ以外のもの──俺から離れている物体に対して使われた力は、無効化出来ないんだ。俺がそれに触れて、抗体を流し込めば、話は別だけどな」
「……」
「例えば、宮内が俺を直接爆発させようとして超能力を使った場合、俺の中の抗体が反応して、自動的に打ち消してくれる。でももし、俺の近くに、鉄の塊か何かがあって、それに宮内が能力を使ったとしよう。その場合、抗体で打ち消すことは出来ないし、それによって飛び散った鉄の破片は、超常の力じゃあないから、それも消せない」
「つまり、その破片で普通にダメージを貰っちまうってことか」
「ああ、その通りだ」
雄矢が理解したことに対し、衛が頷く。
「ただし、防御の手段も用意してある。もし宮内が、今俺が言った方法で攻撃してきたら、『鋼鎧功』という技で耐えるようにする」
「こうがいこう?」
「気の力を使って、全身を一瞬だけ鋼みたいに固くする技だよ。エネルギーの消耗が激しいから連発は出来ないけど、上手くいけば刀が折れるくらいの防御ができるようになる」
「刀……!? なんだよその大道芸みたいな技!? マジで使えんのか!?」
「そう思うよな。でも、本当に使えるんだよ。今回は使う機会がなきゃいいけど」
衛はそう言いながら、お茶を一口啜った。
「宮内が抗体の秘密に気付くかどうかで、闘い方は変わって来るだろうな。……まあでも、奴は完全に発狂している。超能力に目覚めていることが何よりの証拠だ。そんな精神状態だから、奴がこのことに気付く可能性は低いと思うけどな」
「なるほど……。……って、ちょっと待てよ?」
「どうした?」
衛が尋ねる。
相槌を打った直後に、雄矢が首を捻り始めたのである。
「……なぁ青木。あんた今、『宮内が発狂してる』って言ったよな」
「……ああ、言ったな」
「で、その後、『超能力に目覚めてるのがその証拠』って……」
「言った」
雄矢の問い掛けに、衛が短い返答を返す。
その答えに、雄矢は更に首を傾げた。
「……どういうことだ?超能力に目覚めたら、頭がおかしくなっちまうっつーことか?」
「……そのことか。その辺りの説明もしとかなきゃな」
そう言うと、衛は静かに語り始めた。
「……実はな。人間が超能力に目覚めるための方法ってのがあるんだ。何か分かるか?」
「え……? いや、分かんねぇ……。超能力者ってのは、大抵生まれつきそういう力を持ってるもんじゃねえのか?」
「ああ、その通りだ。通常、超能力っていうのは、ごく一部の人間が、生まれた時から先天的に持ってるものなんだ。ただし、普通の人間が後天的に目覚めるパターンもある」
「何……? どうすれば目覚めるんだ?」
「代表的なのは三つ。まず一つ目は『修行を積む』ことだ。それもただの修行じゃない。下手をすればくたばり兼ねないほどの凄まじい修行を積むことで、ごく稀に目覚めることがある」
「……」
「二つ目は、『受け継ぐ』ことだ」
「『受け継ぐ』……? 『貰う』ってことか……?」
「ああ。既に超能力を持っている者から、その力を譲ってもらうこと。ただし、誰でも譲ったり受け取ったりすることが出来る訳じゃない。そうやって、誰かの間を行き来することが出来る超能力は、ごく僅かだ」
「……」
「……そして三つ目。宮内は多分、この方法で超能力に目覚めたんだと思う」
「……その方法ってのは?」
雄矢が思わず身を乗り出す。
表情は真剣そのものである。
「……それは──」
衛は一度頷き、雄矢と同じくらい真剣な表情で、その答えを口にした。
「──『狂う』ことだ」
「『狂う』?」
「ああ。人間には、喜怒哀楽といった様々な感情がある。そのいずれかの感情が、自分では抑え切れないくらい高まった時、心は壊れ、狂ってしまう。その時……そういう連中の中の、ごく一部の者が、人智を超えた力に目覚めることがあるんだ。人間離れした身体能力を手に入れたり、妖怪のような、人とは異なる存在になったり。……そして、超能力に目覚めたりな」
「……」
「さっきあんたは、『超能力を手に入れたから狂ったのか』って聞いたが、その逆さ。宮内の場合は『狂ったから、超能力を手に入れた』ってのが正解だと思う」
「……マジで漫画みたいな話だな」
衛の説明を聞き終えると、雄矢はそうぼそりと呟く。
口をつけていなかった来客用の湯呑を手に取り、一口啜った。
「……でも、その話が本当だとしたら……宮内の野郎は、何が原因で狂っちまったんだ?」
釈然としない様子で、雄矢が疑問を口にする。
衛は眉を寄せながら、その問いに答えた。
「……多分、女のことが原因だな」
「……何?女?」
「ああ。宮内は、恋人の藤枝夏希を愛していた。だけど藤枝が愛していたのは、宮内の持つ金と、別の男だった。相思相愛だと思ってた女から裏切られ、人生を滅茶苦茶にされたんだ。それが原因で、頭がイカレちまったんだろうな」
そう言うと、衛はソファーに背中を預け、天井を見上げた。
その声と様子には、同情がこもっていた。
「……。……だからってよ──」
雄矢が静かに呟く。
衛は天井を見つめながら、彼の言葉に耳を傾けた。
「……」
「……だからって、誰かを殺しても良いって理由にはならねえだろうが……!」
雄矢は、そう吐き捨てた。
宮内に対する憎悪で顔は歪み、瞳からは殺気が零れていた。
「……自分勝手な都合で、無関係な人間までぶっ殺しやがってよ……クソッタレが……!」
「……ああ。その通りだ」
衛が同意し、顔を正面へと向ける。
雄矢と違い、無表情であった。
だがその両目からは、雄矢のそれを超えるほどの殺気が放たれていた。
「宮内はやり過ぎた。これ以上誰かが犠牲になる前に、あの野郎にケジメを付けさせてやる」
そこで衛は、黙って二人の会話を聞いていたマリーに顔を向ける。
「マリー」
「……。……へ? あたし?」
不意に呼ばれ、マリーが若干驚いた顔をした。
ワンテンポ遅れて返事をする彼女に、衛が指示をする。
「これから俺が言う内容を、宮内の野郎に念話で伝えてくれねえか」
「うん、良いよ。どんな内容?」
「そうだな……。それじゃあ──」
──そして衛は、マリーに詳細を伝え始めた。
宮内を誘き出す為の餌。
そして、宮内との闘いの舞台となる場所の名を。
次回は、水曜日の午前10時ごろに投稿する予定です。




