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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 四十一

32

 ──十階の大部屋の中で、硝煙が線香のように立ち上っている。

 出処は、颯人が構える銃口から。

 その銃口が狙い定めた先には、秀児の姿があった。。


 ──秀児は、倒れ伏していた。

 頭頂部からは血が流れており、床に赤い水たまりが出来ていた。

 立ち上がるような素振りを見せることもなく、そのままピクリとも動かなかった。


(……ようやく終わった)

 ──颯人は銃を構え続けながら、そう思った。

 秀児は死んだ。

 これでもう、何の罪もない人が殺されずに済む。

 衛らもきっと、今頃人質たちの救出のために奮闘しているはず。

 すぐに自分も向こうに向かわなければ──そう考えようとした。

 普通ならば、そう思うはずなのだと思った。


 しかし──何故か、安堵出来ずにいた。

 横たわっている秀児を見ながら、颯人は胸騒ぎを覚えていた。

 あまりにも呆気なさすぎる──そう思ったのである。


 念のため、颯人は死亡確認を行うことにした。

 銃を構えたまま、秀児に近寄る。

 足音をたてないよう、一歩一歩慎重に進む。

 どうかもう起き上がらないでほしい──そう願いながら。


 秀児は、未だに動かなかった。

 両肘を折りたたんだまま倒れ伏している。

 能力行使のために必要な両手は、秀児の胸と床の間に挟まれていて、見えなかった。

 もしかしたら、すぐに立ち上がってこちらに指先を向けてくるかもしれない──颯人は唾を飲み込みながら、引き金に指をかけた。


 ──その時であった。


「!?」

 鳴り響く爆音。

 そして──秀児が消えた。

 否、落下した。

 突如、秀児が倒れていた場所に、直径一メートルほどの大穴が空いた。

 そしてその穴に、秀児の体が吸い込まれるように落ちていったのである。


「な……!?」

 颯人は動揺し、秀児がいたはずの場所に駆け寄る。

 大穴を覗き込み──そして、己の迂闊さを後悔した。


 穴の下には、秀児の姿があった。

 ──こちらに向かって、両手の人差し指を構えていた。


「ッ!!」

 颯人は直感的に、のけぞるように回避姿勢をとった。

 直後、目の前を無数の気弾が駆け抜ける。

 機関銃の弾丸の如くばら撒かれたエネルギーは、そのまま十階の天井に直撃。

 亀裂が入り、砕けたコンクリートが落下してくる。


「──!」

 瞬間移動──数歩分後方へと跳び、破片を躱す。

 だが直後、颯人が降り立った床の周囲を、何発もの気弾が撃ち貫く。

 幸いにも、颯人には命中しなかった。

 しかし、床にはいくつもの穴が空き、ひび割れが生じる。

 ひびは隣のひびと交じり合い、次第に大きな亀裂となり──やがて、崩落した。


「うおっ──!?」

 颯人は崩落に巻き込まれ、九階へと落下した。

 辛うじて着地──負傷はない。

 すぐに銃を構え、標的の姿を捜す。


 破片が立てる煙の中──秀児は、目の前にいた。

 両手の人差し指を立て、二丁拳銃のように構えている。

 頭からは新鮮な血が流れており、プリン色の頭髪と顔面は赤く染まっている。

 そして──眼窩に収まっている二つの目は、黒かった。

 瞳だけが黒いのではない。

 白いはずの結膜の部分も、どす黒く染まっている。

 人間の者とは思えぬ漆黒の眼球が、二つの穴に収まっていた。


「ハ、ハハ! ハハハハハハハ!! ようやく馴染んできやがったァ!! 遅すぎだろこのクスリはよォ!! ハハハハハハハハハァ!!」

 歓喜の声を上げる秀児。

 血塗れの顔をくしゃくしゃに歪めて笑う姿は、まるで怪物のようであった。


「チッ……やっぱ生きてやがったか……!」

 颯人は嫌悪感に顔をゆがませながら、そう吐き捨てた。

 彼が感じた違和感は、やはり間違ってはいなかった。


 颯人の撃った弾丸は、秀児の脳を粉砕出来ていなかったのである。

 それどころか、頭蓋すらも破壊出来ていないのかもしれない。

 その理由はきっと、秀児が使用しているあの液にある。


 あの液には、肉体を強化する効果もあると衛から聞いている。

 秀児の肉体も、あの液の力で強化されている。

 おそらく──颯人が秀児の頭部を撃った時、既に液の効果が出始めていたに違いない。

 頭を撃たれたのに死んでいないのも、おそらくそれが原因である。

 少なくとも、銃弾が貫通しないほどに頭蓋骨が硬くなっている。

 頭蓋骨がそうなのであれば、他の骨も相当硬くなっているはずである。


 だが、あの時点ではまだ、液の効果は肉体の強化のみだったと思われる。

 だから秀児は、銃撃を受けた時、そのまま死んだふりを行ったのだ。

 液がしっかりと己の体に馴染み、能力が強化されるまでの時間を稼ぐために。

 そして機を見計らい、床を気弾で破壊し、下層へと移動。

 こちらがが穴に駆け寄るまでの間に、体勢を立て直し、奇襲に及んだのだ──颯人は、そう予想した。


「ハハハハハハハ! 颯人よォ、テメェのタマのせいでハゲちまったらどうすンだコラァ!! ハハハハハハハハハ!!」

 秀児の耳障りな笑い声が部屋に反響し、颯人の耳に入り込んでくる。

 颯人はそれらをシャットアウトしながら、思考をフル回転で巡らせていた。

 どうにかして目の前の怪物を仕留める、その方法を見つけようとしていた。


 しかし──無情にも、怪物は待つつもりはないようであった。

 ひとしきり笑い終えると、獣が唸るような声を発した。

「さァて、ようやく体に馴染んだことだし、とっととおっぱじめようぜ。すぐに死んだら許さねェぞ。せっかくパワーアップしたンだからよォ!」

 秀児の左右の人差し指が、黒く発光し始める。

 来る──颯人は集中しながら、自身のテレポート能力をいつでも使用出来るよう身構えた。

 激しく、厳しい闘いになる。

 一つ差し手を間違えれば、それが死に繋がる。

 冷静さを忘れずに行かなければ──颯人はそう考え、己を戒めた。


 そして──怪物と化した秀児が、高らかに咆哮した。

「さァ、第二ラウンドと洒落込もうや!!」

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