夢幻指弾 四十一
32
──十階の大部屋の中で、硝煙が線香のように立ち上っている。
出処は、颯人が構える銃口から。
その銃口が狙い定めた先には、秀児の姿があった。。
──秀児は、倒れ伏していた。
頭頂部からは血が流れており、床に赤い水たまりが出来ていた。
立ち上がるような素振りを見せることもなく、そのままピクリとも動かなかった。
(……ようやく終わった)
──颯人は銃を構え続けながら、そう思った。
秀児は死んだ。
これでもう、何の罪もない人が殺されずに済む。
衛らもきっと、今頃人質たちの救出のために奮闘しているはず。
すぐに自分も向こうに向かわなければ──そう考えようとした。
普通ならば、そう思うはずなのだと思った。
しかし──何故か、安堵出来ずにいた。
横たわっている秀児を見ながら、颯人は胸騒ぎを覚えていた。
あまりにも呆気なさすぎる──そう思ったのである。
念のため、颯人は死亡確認を行うことにした。
銃を構えたまま、秀児に近寄る。
足音をたてないよう、一歩一歩慎重に進む。
どうかもう起き上がらないでほしい──そう願いながら。
秀児は、未だに動かなかった。
両肘を折りたたんだまま倒れ伏している。
能力行使のために必要な両手は、秀児の胸と床の間に挟まれていて、見えなかった。
もしかしたら、すぐに立ち上がってこちらに指先を向けてくるかもしれない──颯人は唾を飲み込みながら、引き金に指をかけた。
──その時であった。
「!?」
鳴り響く爆音。
そして──秀児が消えた。
否、落下した。
突如、秀児が倒れていた場所に、直径一メートルほどの大穴が空いた。
そしてその穴に、秀児の体が吸い込まれるように落ちていったのである。
「な……!?」
颯人は動揺し、秀児がいたはずの場所に駆け寄る。
大穴を覗き込み──そして、己の迂闊さを後悔した。
穴の下には、秀児の姿があった。
──こちらに向かって、両手の人差し指を構えていた。
「ッ!!」
颯人は直感的に、のけぞるように回避姿勢をとった。
直後、目の前を無数の気弾が駆け抜ける。
機関銃の弾丸の如くばら撒かれたエネルギーは、そのまま十階の天井に直撃。
亀裂が入り、砕けたコンクリートが落下してくる。
「──!」
瞬間移動──数歩分後方へと跳び、破片を躱す。
だが直後、颯人が降り立った床の周囲を、何発もの気弾が撃ち貫く。
幸いにも、颯人には命中しなかった。
しかし、床にはいくつもの穴が空き、ひび割れが生じる。
ひびは隣のひびと交じり合い、次第に大きな亀裂となり──やがて、崩落した。
「うおっ──!?」
颯人は崩落に巻き込まれ、九階へと落下した。
辛うじて着地──負傷はない。
すぐに銃を構え、標的の姿を捜す。
破片が立てる煙の中──秀児は、目の前にいた。
両手の人差し指を立て、二丁拳銃のように構えている。
頭からは新鮮な血が流れており、プリン色の頭髪と顔面は赤く染まっている。
そして──眼窩に収まっている二つの目は、黒かった。
瞳だけが黒いのではない。
白いはずの結膜の部分も、どす黒く染まっている。
人間の者とは思えぬ漆黒の眼球が、二つの穴に収まっていた。
「ハ、ハハ! ハハハハハハハ!! ようやく馴染んできやがったァ!! 遅すぎだろこのクスリはよォ!! ハハハハハハハハハァ!!」
歓喜の声を上げる秀児。
血塗れの顔をくしゃくしゃに歪めて笑う姿は、まるで怪物のようであった。
「チッ……やっぱ生きてやがったか……!」
颯人は嫌悪感に顔をゆがませながら、そう吐き捨てた。
彼が感じた違和感は、やはり間違ってはいなかった。
颯人の撃った弾丸は、秀児の脳を粉砕出来ていなかったのである。
それどころか、頭蓋すらも破壊出来ていないのかもしれない。
その理由はきっと、秀児が使用しているあの液にある。
あの液には、肉体を強化する効果もあると衛から聞いている。
秀児の肉体も、あの液の力で強化されている。
おそらく──颯人が秀児の頭部を撃った時、既に液の効果が出始めていたに違いない。
頭を撃たれたのに死んでいないのも、おそらくそれが原因である。
少なくとも、銃弾が貫通しないほどに頭蓋骨が硬くなっている。
頭蓋骨がそうなのであれば、他の骨も相当硬くなっているはずである。
だが、あの時点ではまだ、液の効果は肉体の強化のみだったと思われる。
だから秀児は、銃撃を受けた時、そのまま死んだふりを行ったのだ。
液がしっかりと己の体に馴染み、能力が強化されるまでの時間を稼ぐために。
そして機を見計らい、床を気弾で破壊し、下層へと移動。
こちらがが穴に駆け寄るまでの間に、体勢を立て直し、奇襲に及んだのだ──颯人は、そう予想した。
「ハハハハハハハ! 颯人よォ、テメェのタマのせいでハゲちまったらどうすンだコラァ!! ハハハハハハハハハ!!」
秀児の耳障りな笑い声が部屋に反響し、颯人の耳に入り込んでくる。
颯人はそれらをシャットアウトしながら、思考をフル回転で巡らせていた。
どうにかして目の前の怪物を仕留める、その方法を見つけようとしていた。
しかし──無情にも、怪物は待つつもりはないようであった。
ひとしきり笑い終えると、獣が唸るような声を発した。
「さァて、ようやく体に馴染んだことだし、とっととおっぱじめようぜ。すぐに死んだら許さねェぞ。せっかくパワーアップしたンだからよォ!」
秀児の左右の人差し指が、黒く発光し始める。
来る──颯人は集中しながら、自身のテレポート能力をいつでも使用出来るよう身構えた。
激しく、厳しい闘いになる。
一つ差し手を間違えれば、それが死に繋がる。
冷静さを忘れずに行かなければ──颯人はそう考え、己を戒めた。
そして──怪物と化した秀児が、高らかに咆哮した。
「さァ、第二ラウンドと洒落込もうや!!」




