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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 四十

「何余裕ぶっこいてんだテメェ」

 野口は、こめかみに青筋を立てながら言った。

「ネズミみてえにウロチョロしやがって。逃げられると思ってんのかコラ」

 野口が啖呵を切っている間に、仲間たちが室内に次々に入ってくる。

 そして、大部屋の隅に佇む乱入者を中心に、扇形に取り囲んだ。


「『逃げる』? 何寝言ほざいてんだお前」

 対する乱入者は、呆れかえったような調子で答えた。

「俺は散歩してただけだぜ。お前らがあまりにヌルくて退屈だからな」

 野口は、己の全身の血が沸騰しているように感じた。

 内側から憎しみの感情が突き上がってくる。


「ああそうかよ」

 野口は怒りに声を震わせながら、腰に手を回す。

 そして、ベルトに差し込んでいた『それ』を握りしめると、ゆっくりと乱入者に向けて構えた。

 ──拳銃である。

 遅れて、周りの部下たちも銃を取り出す。

 皆一様に、乱入者に向かって銃口を向けた。

「これでもまだそんなナメた態度とれんのかよ?」

 野口は口の右端を歪めて笑った。

 顔色が変わるか、慌てふためくか──乱入者の、そんな反応を期待して。


 しかし、乱入者は極めて落ち着いた様子であった。

 それどころか、より一層つまらなそうな表情を浮かべていた。

「へぇ。いいモン持ってんな。どこのおもちゃ屋で買った?」

「チッ……!」

 野口は舌打ちし、乱入者の足元に銃撃した。

 ──バン、と弾ける音が鳴り響き、床に穴が開く。

 だが、それでも乱入者の態度に寸分も変化は見られなかった。


「死ぬ前に答えろ。何でテメェはカチ込んで来やがった? 俺が目的なんだろ? 何で俺に喧嘩売りに来やがった?」

 野口はますます苛立ちながら、そう尋ねた。

「胸に手ェ当てりゃあ分かるんじゃねえか?」

「ああ?」

「お前らは今まで、汚い手を使って大勢の人に散々迷惑をかけやがった。しかも今回は子どもまで誘拐して何かを企んでやがった。見過ごすわけにはいかねえんだよ」

「……ハッ。何かと思ったら、正義の味方を気取ったバカかよ。何いい子ぶってんだ?」

「何とでも言え。これからお前は、そのバカにぶちのめされることになる」

「出来ると思って……ん?」


 ──その時、野口はようやく気付いた。

 乱入者が連れ去ったはずの子どもがいない。

 七階に囚えていた子どもの姿が、どこにもないのである。

「……おいテメェ。さっきのガキはどこにやった」

「隠した。喧嘩に巻き込むのもかわいそうだからな。お前らには見つけらんねえだろうな。頭の回りが悪いだろうしな」


 ──野口が再び発砲する。

 脅しではなく、乱入者の右耳を狙って。


 しかし──当たらなかった。

 乱入者はわずかに頭を動かし、回避していた。

 未だにその余裕のある態度に変化はない。

 その様子に、野口はますます苛立ちを募らせた。


「ああ。もういいか」

 野口は平静を装いながら、そうぼやいた。

「お前が何しようがどうでもいい。ぶっ殺す。ハチの巣にして、バラバラにして海ン中にでもバラまいてやる」

 そう言いながら、乱入者の眉間を狙う。

 周りの手下たちも、据わった目で銃を構えている。

 皆、震えることなく落ち着いている。

 ──この場にいる手下は、全員札付きの(ワル)である。

 暴力はもちろんのこと、殺しを経験した者もいる。

 人一人殺めることなど、造作もなかった。


「へえ」

 乱入者は、なおもつまらなそうに呟いた。

「じゃあやってみろよ。出来るもんならな」


 ──その時であった。

「野口さん、ヤバいっす!」

 慌ただしい声と共に、一人の男が室内に入ってくる。

 人質を連れてくるように野口が指示した手下である。

「うるせえぞ! 何だ!?」

 野口は銃と目線を乱入者に向け続けたまま、その手下に荒っぽく尋ねた。

「それが……! この階のガキがいないっす! 見張りの奴らがぶっ倒れてて、奥にも誰もいなかったんすよ!」

「何!?」

 驚愕し、野口は弾かれたようにその部下を見た。


 ──ほんの一瞬。

 本当に、わずかに目を乱入者からそらした、まさにその刹那であった。


「ぶッ!?」

 ──鈍い音、そして悲鳴。

 すぐに視線を向ける──手下の一人が、仰向けに倒れていた。


「ぎゃ!?」

 再び悲鳴。

 乱入者が、手下の一人に拳をぶち込んでいた。


「クソ!!」

 野口が銃を向ける。

 発砲──しかし、乱入者は回避。

 そのままこちらに突っ込んでくる。


「ぐ──!?」

 銃が弾き飛ばされ──そして鳩尾に衝撃。

 堪えきれず、野口は思わず後ずさる。

 何を食らったのか見当もつかない。

 だが、凄まじい威力である。

 呼吸が一瞬止まった。

 体の奥から、酸っぱいものが込み上げてきそうになる。


「ごッ!?」

「が!?」

「ばッ!?」

 ──銃声。

 ──鈍い音。

 ──手下たちの悲鳴。

 無機質な大部屋の中で、次々に音が反響している。

 野口は呼吸を整えながら、周囲を見た。


「な……!?」

 ──信じがたい光景が、野口の目に飛び込んできた。

 室内の部下たちが、全滅していたのである。

 野口が直々に指名した、グループの中でも選りすぐりの凶悪なメンバーたち。

 そんな連中が、ほんの一瞬で血塗れになり、床に寝転んで呻いているのである。


 そして──その床の上に、手下たちを撃破した張本人が立っていた。

 左手と両足から返り血を滴らせながら、黒服の乱入者は、そこに佇んでいた。

「後はお前一人だ。観念しろ」

 乱入者が言った。

 サングラスで覆い隠されているはずの瞳が、まっすぐに野口を睨みつけているのが分かった。


「ッ……ぐ……」

 野口が呻く。

 屈辱による怒りで、奥歯を噛み締める。

 後がないという焦りが、汗の雫となって肌に浮かんでいる。


「ナメんじゃねぇぞ、このチビが……!」

 野口は、振り絞るようにそう言った。

 ──認めたくなかった。

 認められるはずがなかった。

 ようやく上手くいくかもしれなかった自分の野望が、こんなところで潰えてしまう。

 ──その事実を、野口は認めるわけにはいかなかった。


「この野口隆太が! テメェみてぇなチビに負けると思ってんのか! 俺一人でぶち殺せるに決まってんだろうが! ナメてんじゃねぇぞゴラァッ!!」

 野口は吠えた。

 体と心を怒りに震わせながら。

 己の内に残った野望と、傷だらけのプライドを守るために。


「ゴチャゴチャ抜かしてんじゃねえぞバカタレが!!」

 対しする乱入者も、凄まじい怒号を返した。。

 それまで抑揚のなかった声に、とめどない激情と殺意が乗っていた。

「悪事を働いてきたツケが回ってきたのに、まだ反省しねえのか! その歪みきった性根、ぶん殴って無理やり叩き直してやる!!」


「う……っせェんだよォッ!!」

 野口は一瞬気圧されかけ──己を鼓舞するかのように、叫び返した。

 そして、猛獣の如く突進した。

 またしても阻まれそうになっている野望を、今度こそ守るために。

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