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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 三十九

31

「はあ……! はあ……!」

 野口は手下たちと共に、八階へと至る階段を駆け上がっていた。

 血走った目に熱がこもっている。

 胃液が沸き立ち、喉元へと込み上げてきているような感覚がある。


 野口は、気に入らなかった。

 自分をこんな状況に追い込んだ全てが、虫唾が走るほどに気に入らなかった。

 使えない手駒たちが。

 勝手に乗り込んで来て、何故か大暴れし始めたあの謎のサングラスの乱入者が。

 そして、この事態を引き起こすきっかけになった、秀児という存在が。


 ──思い返せば、野口の人生は、誰かに邪魔をされてばかりで、何一つ野望を果たせないままのものであった。


 高校の部活では、自慢の体躯を駆使して柔道で大活躍していた。

 春高やインターハイでも優勝を狙えるのではと目されていたほどであった。

 しかし、大会前に素行不良が発覚し、退部処分となってしまったのである。

 処分を下された時、野口は憤慨した。

 煙草の何が悪い。他に隠れて吸っているものはたくさんいる。

 いじめやカツアゲだってそうだ。この世は弱肉強食。強い奴が弱い奴から搾取するのは当然の権利だ──そう思っていた。


 高校を辞め、柔道からも離れた野口が次に手をつけたのは、総合格闘技であった。

 元々、柔道というバックボーンがあった野口は、打撃という新たな牙を手に入れた。

 そして、巨体と技術を活かし、地下格闘技の大会で大型新人として名を馳せた。

 ここならば、自分は大暴れすることできる。

 柔道で手に入らなかった栄光が、ようやく手に入る──そう思っていた。

 しかし、またしても野口の野望は果たされなかった。

 暴行、恐喝、薬物の使用などの悪事により、逮捕されたのである。

 それにより野口は、次のステージとして選んだ地下格闘技を追放されてしまったのである。


 娑婆に戻った野口は荒れに荒れ、完全に悪の道を突き進むこととなった。

 持ち前の暴力を駆使し、荒くれ者どもを自らの手下にした。

 そして、集めた半グレたちとともにグループを結成し、特殊詐欺を始めとした様々な犯罪行為に手を染めることとなったのである。

 野口はもう、表の世界での栄光などどうでもよかった。

 裏の世界で成り上がり、自分を見捨てた全てに目にものを見せてやると、決意したのである。


 しかし──結果はこの有り様である。

 ただのチンピラとしか思っていなかった秀児から、全てを台無しにされた。

 片目を奪われ、リーダーの座を蹴落とされ──今は手駒として働くことを強要されている。

 派手な犯罪行為にグループまるごと加担させられ、せっかく集めたメンバーを使い捨ての兵隊として消費させられている。

 またしても、野口の野望は水の泡と化そうとしていた。


 何故こんなことになってしまったのか──階段を駆け上がる野口の脳裏を、悲観的な考えが横切っていく。

 それからすぐに、弱気な己を正すかのように、走るスピードを上げた。

(まだ諦めるのは早ぇ。まずはあのグラサン野郎を殺す。そして秀児の奴も隙をついて殺す。昨日は油断したんだ。もうあいつをナメたりはしねぇ。全部カタをつけたら、海外に逃げるんだ。そうすりゃ、いくらでもチャンスはある!)

 野口はそう決意しながら、最後の段を力強く踏みしめた。


 八階に到着──まず野口は、部下の一人に、この階に監禁している子どもを連れてくるよう命じた。

 あの乱入者は、子どもが囚われていたことに激しい怒りを示していた。

 子どもを人質にすれば、動きを封じることができるかもしれない──そう判断したのである。


 それから、乱入者の姿を探した。

 自分の部下たちを散々痛めつけてくれた、あの小男の姿を。

 廊下を走った。

 小部屋を覗いた。

 大部屋の扉を開け──そこで、足を止めた。

「見つけたぞ、クソチビ野郎が!!」

 野口は腹の底から怒号を飛ばした。


「よぉ」

 ──そこに、乱入者がいた。

 大部屋の中央で、体の調子を確かめるように、その場で何度か軽くジャンプしていた。

「待ってたぜ」

 サングラスの青年は──ただ一言、そう言った。

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