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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 三十七

29

 一方その頃──青木衛は依然として、大勢の半グレたちを相手に大立ち回りを演じ続けていた。

 現在、彼が闘いを繰り広げている舞台は七階。

 それより下の階層にたむろっていたならず者たちは皆、現在は床にはいつくばっていた。


「シッ!!」

「がッ……!?」

 力みなく打ち出された左直拳が、もう何十人目か分からない半グレの顎に直撃する。

 そしてその半グレが倒れると、また次の半グレが襲い掛かってくる。


「おおッ!!」

 咆哮とともに、打撃を放つ。

「ご、あ──!?」

 苦悶の声とともに、敵の血と汗が飛び散る。

 そんな応酬を、この階に辿り着くまでに何度も繰り返していた。


 衛の闘い方を傍から見ると、怒りに任せて敵をなぎ倒しているように見えるが、そうではない。

 闘いの最中、衛は常に冷静に周囲の状況を把握していた。

 そして、多数の敵に囲まれた中でも、可能な限り一対一の状況に持ち込めるようにしていた。


 突く。

 蹴る。

 投げる。

 折る。

 防ぐ。

 躱す。

 移動する。


 目まぐるしく変化する戦況を冷静に見極め、最適な行動を理性と直感で選択する。

 衛のその能力は、退魔師として死闘を繰り広げる日々の中で、鋭く研ぎ澄まされている。

 故に、一対多数という危険な状況でも、衛はこうして闘うことが出来た。


 そもそも、今ここで相手にしているのは妖怪や超能力者ではない。ただの人間である。

 いかに凶悪な本性を持っていても。武器を持っていたとしても。衛にとって、薙ぎ払うことは容易であった。


「動くな!」

 ──衛の耳に、悲鳴に近い大声が入り込む。

 声の方向に目をやると、血走った目をした半グレがいた。

 右手には小振りのナイフ。

 そして左手で、少年の首根っこを掴んでいた。縛られた上に目隠しと猿轡で自由を奪われている。この階層に捕らわれていた人質の一人であろう。奮戦する衛に恐れ慄き、人質を使えば止められるのではと思ったに違いない。


「ッ……!」

 衛の血液が、一瞬で沸騰する。

 そして、一息の内に全身の気を巡らせた。

 ──走力強化。


「動くんじゃねえぞ! さもねえと、このガキの──」

 男が言い終わる前に、衛は動いていた。

 周囲の半グレたちが瞬きをする間に──男は尻もちをつき、人質の少年は衛によって保護されていた。


 ほんの一瞬の出来事であった。

 ──間合いを詰める。

 ──人質を奪取。

 ──ナイフを破壊。

 ──男の膝を粉砕。

 たった一瞬で、衛はそれらの行動をやってみせたのである。

 男も人質の少年も、そして周囲の半グレたちも、何が起こったか理解出来なかったはずである。


「……ひ、ひ、ぎぃぃぃぃっ!?」

 ようやく痛みに気付いたのか、膝を折られた男が悲鳴を上げた。

 そうしながら、尻もちをついて、膝を抑えている。

 膝は奇妙な方向に折れ曲がり、出血の影響でズボンが赤く染まり始めていた。


「おい──」

 衛は、足元で膝を抱えた男を一瞥した後、倒されていない半グレたちを睨みつけた。

「この子は何だよ。ガキさらってどこかに売り捌くつもりだったのか? それとも何か別のことしようとしてたのか? ……ああ!?」

 声を張り上げると、周囲の半グレたちの体がびくりと震えた。

 同時に、脇に抱えた子どもの震えが大きくなった。

 衛の大声に驚いたらしい。

 衛は心の中で詫びながら、更に大きな声を張り上げた。

「どっちにしろダサいんだよ! やっていいことと悪いことの分別もつかねえのか! ガキ巻き込んで泣かせるんじゃねえ!! お前ら全員根性叩き直してやろうか!!」


「ゴチャゴチャうるせえんだよチンピラが!!」

 その時、衛の大声に引けを取らない怒号が響き渡った。

 衛がそちらに目をやると、見覚えのない九人の半グレたちの姿があった。

 上階から降りてきた増援に違いない。


 その中に、岩のような男が立っていた。

 筋肉と脂肪を身に纏った、プロレスラーの如き体躯。

 餃子のような形をした耳。

 スキンヘッドに、左目を覆う眼帯。

 そして、顔の左側に刻まれたタトゥー。

 間違いない──野口隆太である。


「何やってんだてめえら! こんなチビ一匹しとめられねえのか!!」

 激昂する頭目に対し、周囲の人間は身を強張らせる。

 野口はその様子を見た後、ますます苛立ったような表情で舌打ちした。


「揃いも揃って情けねえ! ヤキ入れられたくなかったらもっと気合い入れていけやてめえら!!」

「「「ウッス!!」」」

 野口の喝に、半グレたちが返事をする。

 萎縮していた空気が再び殺気立ち、衛に向かって注がれる。


 しかし衛は、少しも臆してはいなかった。

 それどころか、野口が手下たちに当たり散らす姿を、サングラスの下から冷ややかな目で見ていた。

 野口の顔には、いくつか打撲痕と血がついている。

 おそらく、江上秀児から暴力をふるわれたのであろう。


 野口は今、かつて格下だった者から痛めつけられ、今は飼い犬と成り下がっている。

 このままでは、かつて自分に従っていた手下たちにすら見限られてしまうかもしれない。

 それを恐れた野口は、残されたプライドを守りつつ、力を誇示するため、必死に周囲に当たり散らしているように見えた。

 そんな野口の姿は、衛の瞳には、ひどく痛々しい姿として映っていた。


「……おいチビ。てめえ一体何モンだコラ」

 その時、野口の怒りの矛先が、衛に向けられる。

 野獣の如く歯をむき出し、少しずつにじり寄ってくる。

「見たことねえツラだな。誰に言われて殴り込んできた? 石橋のボケか? それとも平野のカスか? 答えろクソ野郎が!!」


 野口の咆哮。

 しかし、衛は平然とその怒りを受け流した。

 どうやら、誰かの差し金と勘違いしているらしい──冷静に、衛はそんなことを考えていた。


「シカトかよ。調子に乗ってんじゃねえぞてめえ。生きて帰れると思うなよ!!」

「ゴチャゴチャうるせえんだよバーカ!!」

 次の瞬間、衛はそう怒鳴ると、子どもを抱き抱えたまま、野口に向かって突撃した。

 野口は目を見開き、身構えた。

 衛はそのまま跳躍し──野口の肩を踏み台にし、もう一度跳躍。

 そのまま野口の背後に着地し、凄まじい速度で逃走した。


「なっ──!? 待ちやがれコラァッ!!」

 野口の罵声が背後から聞こえてくる。

 しかし、衛は足を止めることなく、子どもを抱えたまま、階段を駆け上がる。


 八階へと到達──人影は見当たらない。

 ここで待機していたはずの半グレたちは、先ほど野口とともに降りてきたのだろうと思った。


 衛は足を休めることもせず、この階層のトイレへと向かった。

 そこで見たのは、拘束されている女の子。

 床に倒れたまま呻いている二人の半グレ。

 そして──マリーと舞依の姿であった。

 どうやら、一足先にこのトイレに侵入し、見張りたちを倒したらしい。


「首尾は……!?」

「これで七人目じゃ……!」

「その子、下の階の子(八人目)よね……!?」

「ああ、九階の子も頼む……!」

 衛は、人形たちと声をひそめて会話する。

 そして、抱えた子どもをその場に下ろすと、すぐに踵を返した。


 人質は残り一名。

 半グレもあと僅か。

 作戦も大詰めに差し掛かっている。

 衛は両頬を叩きながら、勢いよくトイレから飛び出した。

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