夢幻指弾 三十五
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謎の侵入者が階下で大立ち回りを演じている頃。
最上階では、秀児が野口に詰め寄っていた。
「オーイ。どうなってンだよ野口ィ」
「うっ!?」
秀児が野口の胸ぐらを掴む。
顔に表情は浮かんでおらず、詰める声にも抑揚はない。
しかし、そんな無感情な様子の裏から、明白な不機嫌な気配がが滲み出ている。
「お前のお客さんだってよ。誰だよ」
「い、いや、俺は何も──グッ!?」
たじろぐ野口の鳩尾に、秀児が拳をねじ込む。
「俺は何回も言ったよなァ? バカで能無しなお前でも分かるようにさァ。これはクソボケ颯人をもてなすためのゲームだってよォ。テメェのオトモダチのためにやってンじゃねェンだよ。 分かるか? あァ?」
「だ、だから俺は知らねえって──ガッ!?」
「知らねェワケねェだろ。お前の名前呼んでンだからお前のオトモダチに決まってンだろうが」
「ううっ……!」
秀児に凄まれ、野口は口をつぐむ。まるで、理不尽に叱りつけられる子どものように。
その姿を見ても、秀児の心は晴れなかった。むしろ、苛立ちが泡のように吹き出し、抑えきれなくなっていた。
「……おい。いつまでボサッとしてンだよ」
秀児は、怯える野口の顔に人差し指を突きつけた。
野口は顔を引きつらせ、ぎこちなく後ずさった。
「とっとと下で暴れまわってるゴキブリを始末しろや!! さもねェとテメェをブッ殺すぞ!!」
秀児は怒鳴り、気の銃弾を発射した。
銃弾はうねりを上げながら、野口の左側面を通過。
そのまま壁に直撃し──直径五十ミリの風穴を作り出した。
「ひっ、ヒィッ!?」
野口は尻もちをつくと、慌てて立ち上がり、扉から出て行った。
一人になった秀児は、苛立ちを隠そうともせず髪を荒く掻き毟った。
それでも気は晴れず、室内をうろうろと歩き回った。
やがて、壁のそばで立ち止まると、抑えきれなかった怒りの感情を右足に込め、壁を思いきり蹴りつけた。
「クソ! クソクソクソクソ!!」
壁に向かって、唾とともに罵倒を浴びせながら、何度も蹴りつける。
コンクリートがむき出しになった壁は、ミシミシと音を立て、次第にヒビが生じ始めた。
「ああああああ、クソッ!! ダルいンだよッ!! クソッタレがよォッ!!」
全身からあふれ出すストレスを発散させるために、ひとしきり怒鳴り散らした。
それが終わると、思い出したかのようにぜーぜーと荒い呼吸を繰り返した。
──どうしてこんなことになってしまったのか。
自分はただ、遊びたかっただけなのに。颯人というおもちゃを徹底的にいたぶった末に、絶望の底に叩き落として殺したいだけだったのに。
そのために、奴隷たちを使ってこんなにもしっかりと準備を済ませたというのに。
その苦労が、たった一匹のゴキブリのせいで水の泡になろうとしている。
どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか。
どうして周りの連中は、自分の邪魔ばかりするのか──苛立ちを抑えきれぬまま、秀児はそんなことを考えていた。
そうしている内に、荒くなっていた呼吸が整い始め、次第に静かになっていった。
「……」
その時──無性に嫌な予感がした。
虫の知らせというやつであろうか。
秀児は何故か胸騒ぎを覚えたのである。
──何だか、妙に居心地が悪い。
冷汗がする。
ここには自分以外に誰もいないはずなのに、誰かから見られているような気がする。
「……!」
秀児は、その場で素早く振り返った。
ふと。
なんとなく。
後ろから気配を感じた気がしたから。
──そこに、颯人がいた。
無表情で、秀児の顔に向けて銃を突き付けていた。




