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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 三十四

26

 ──衛が二階へと駆け上がった直後。

 一階のトイレの前に、二つの小さな影が突然現れた。

 マリーと舞依である。

 衛が一階で大立ち回りを演じている最中、彼女たちは舞依の幻術で姿を隠しながら、こっそりと山郷ビルに侵入していた。

 そして、一階の半グレたちが全滅したタイミングを見計らって、人質の救出のために立ち上がったのである。


「よし、もういいじゃろう。行くぞ!」

「うん!」

 幻術を解除した直後、二人が一階トイレに侵入する。

 奥には、拘束されたまま取り残された人質の子どもが、縮こまったまま震えていた。


「ああ……!」

 マリーが声を震わせながら駆け寄る。

 舞依も周囲に気を配りながら彼女に続く。


「助けに来たわよ……! 大丈夫……!? 痛かったでしょう……!?」

 マリーが男の子を優しく抱きしめる。

「ぐ……ううっ……」

 彼女の優しい声に安堵したのか、男の子の体の震えが、徐々に大きくなった。猿轡を噛まされた口の隙間からは呻くような嗚咽が零れ、目隠しに滲んだ涙の染みがより濃くなっていく。


「ごめんね……! 遅くなって、本当にごめんね……!」

 マリーは、男の子の背中を優しくさする。

 詫びる声は、心が張り裂けそうなほどに悲痛で、両目からは透き通った涙の粒が次々に零れ落ちていく。


「マリー、早く治癒を……! 頬が腫れあがって真っ赤じゃ……!」

 舞依がそう促す。

 彼女は、男の子の体を拘束している縄を解く作業に集中していた。


「そ、そうね……! ちょっと待ってて……!」

 マリーは涙を拭うと、男の子の頬に手をかざした。

 そして、小さな声でぶつぶつと言葉を唱えると──小さな光の明滅とともに、頬の晴れが消え失せていた。

 同時に、舞依が縄を解き終わった。


「これでもう大丈夫よ……! さあ、逃げましょう……!」

「目が見えないままですまんの……! 暗くて怖いじゃろうが、もう少しだけ我慢するんじゃぞ……!」

 二人はそう言うと、泣きじゃくる男の子の両肩を支えながら立ち上がらせた。


 ──猿轡と目隠しは、わざと外さなかった。

 脱出中、この子が大きな声で泣き喚いてしまった時、秀児に気付かれてしまう可能性がある。猿轡を外さないのは、その防止のため。

 目隠しは、自分たちの顔を見られないようにするため。そして、大怪我を負った半グレたちが大勢倒れているという、このショッキングな光景を見ないようにするためである。


 三人はゆっくりと歩きながら、トイレを出る。

 そこに、二人の男が倒れていた。一階の人質を見張っていた半グレである。

 見張りの二人は、衛の強烈な打撃によって顎を砕かれており、血と涙を流しながら、無様に転がっていた。脳震盪を起こしているのか、意識ははっきりとはしていないようであった。


「……ッ!」

 倒された見張りの姿を見たマリーの両目が、大きく吊り上がった。

「このバカ! アホ! 大バカ!」

 マリーは小さな声で罵倒しながら、見張りの一人の股間を執拗に蹴った。

「ごっ……ごあっ……」

 男の砕かれた口から、血の泡と共に声が漏れる。

 意識がまだしっかりと戻っていないのか、両目は閉じたままである。


「何でこんなちっちゃな子に酷いことできるのよ! バカ! 大バカ!」

 執拗に蹴りを入れるマリー。

 そんな彼女に──

「待て、マリー」

 ──澄ました表情で、舞依が声をかけた。

「止めないでよ舞依! こいつらは──」

「止めたのではない」

 舞依がそう言った次の瞬間──彼女の顔に、般若の如き恐るべき表情が浮かび上がった。


「わしもぶっちゃけクソムカついとったんじゃ! これでも食らえ!」

「!! ……あ、ぉご……」

 舞依は小さな声で叫ぶと、もう一人の見張りの股間を、思いきり踏みつけた。

 その強烈な金的攻撃により、見張りの曖昧な意識は、完全に深い奈落の底へと落ちていった。


「あたしより容赦ないわねあんた……」

「ひひ。まあ、少しはスッとしたのう」

「まあ、少しだけね」

 舞依が浮かべたニヤリとした笑みに、マリーもまた同じ表情を返した。

 二人に支えられている男の子は、隣の少女たちが何をしたのかわからず、困惑したようなうめき声を漏らすのみであった。


「余計な時間を食ったな。さあ、気を取り直して行こうかの。残るはあと8人じゃ」

「そうね。衛も頑張ってるしね……!」

 二人は顔を見合わせ頷くと、男の子とともに再び歩き始めた。

 解放した男の子を、安全な場所に避難させるために。

 そして、上階の人質たちも救出し、同じ場所に向かわせるために。

 人形妖怪たちの潜入任務は、まだ始まったばかりである。

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