爆発死惨 十三
【これまでのあらすじ】
衛は雄矢に対し、現在調査している事件に、超能力が関わっていることを打ち明ける。しかし、これまでに非現実的な存在に対面したことが無い雄矢に、そんな話が信じられるはずがない。そこで衛は、超能力の存在を信じて貰う為に、『あるもの』を自宅で見せるというのだが──
11
「着いたぞ」
衛と雄矢の二人は今、とあるマンションの二〇三号室にいた。
──即ち、衛の自宅の前である。
「……」
雄矢の顔が、緊張で強張っている。
これから衛が、何を見せようとしているのか──ここまでくる間に、雄矢は何度もそのことを考えたに違いない。
だが結局、何の見当もつかなかったらしい。
それでこうして、この扉の前に佇んでいるのである。
「ただいま」
扉の鍵を開け、衛が中に入る。
「……お邪魔します」
緊張した面持ちを崩さぬまま、雄矢が後に続く。
それと同時に、ドタドタと何者かが駆け寄って来る音が聞こえてきた。
──雄矢の目が鋭くなる。
衛が見せようとしているもの──それの正体である
雄矢がわずかに身構えた。
そして、薄暗い二〇三号室内から──足音の主が、姿を現す。
「おっそーい! 何時だと思ってんの! もうご飯食べちゃったわよ!」
「!?」
怒り顔で可愛らしい声を発した『それ』の姿を見て、雄矢が唖然とした表情になる。
日本人とは思えぬ顔立ちに、金色の髪。
フリルやリボンで飾り付けられた、ふわふわとしたドレス。
どこからどう見ても、幼い少女であった。
「悪い。調査が長引いてな。でも犯人に繋がる手掛かりを手に入れた。お前が活躍するチャンスがようやく来たぞ」
「む~……それなら良いけど……。ってあれ? その人誰?」
衛の後ろでぽかんとしている雄矢の姿を見つけ、少女が不思議そうな顔をする。
「紹介するよ。こいつは進藤雄矢。今朝、俺とタイマン張った空手家だ」
「ほえ~、この人が……。確かに強そうな体してるわね……」
雄矢の肉体を、頭から爪先までじっくりと眺め、感嘆の声を漏らす。
それから、にっこり笑って挨拶した。
「こんばんは、あたしマリー! よろしくね、雄矢!」
「え……よ、よろしく」
雄矢は、戸惑いながら挨拶を返す。
それから、衛に尋ねた。
「……お、おい青木……誰だよこの娘? お前の娘か?」
「違う。こいつはマリー。俺の助手だよ」
「助手……? こんな小せぇ女の子が……?」
衛の言葉を聞き、雄矢が目を丸くする。
その直後、疑わしい目付きになり、衛に問い掛けた。
「……お前、ひょっとしてそういう趣味か?」
「……趣味? 俺の趣味は料理だけど」
「……あんたら、アホみたいなこと話してないでさっさと上がんなさいよ」
噛み合わない会話を玄関で始めた二人を見て、呆れた様子のマリーがそう催促した。
「それもそうだな。マリー、お茶を煎れてくれ」
「はーい」
台所へ向かって、マリーが駆けて行く。
「さぁ、上がれよ。色々と説明することもあるしな」
「あ、ああ……」
衛の後に続き、雄矢が廊下を歩く。
その間も、雄矢は警戒を怠っていないようであった。
リビングに入ると、衛は無造作にソファーに座った。
衛に促され、雄矢も机を挟んだ向かいのソファーに腰を下ろす。
「……そんで、見せたいものってのは何だよ?」
怪訝な顔で、雄矢が問い掛ける。
雄矢には未だに、超能力が存在するなどという話が信用出来ずにいるらしい。
長い間を置いて──衛が語り出した。
「見せたいものってのは、マリーのことだ」
「あの娘……?」
衛の言葉に、雄矢が思わず眉をひそめる。
「なになに? あたしの話?」
緑茶と茶菓子を載せた盆を運びながら、マリーが近寄って来る。
興味深そうな顔で2人の会話に耳を傾けていた。
この娘が超能力を持っているとでも言うのか──そんなことを雄矢は考えているのだろうと、衛は思った。
そして、これから自分が語る話は、もっと信じられないだろう──とも。
「マリーはな――『妖怪』なんだ」
「……。……は?」
衛が語った言葉に、雄矢はぽかんとした表情を浮かべた。
雄矢にとって、予想を遥かに凌駕する、あまりにも荒唐無稽な話に違いない。
「よ……妖怪……?」
「ああ。こいつの正体は、長い年月を経て、心と肉体を得た、西洋人形の妖怪なんだ」
衛は、傍らにいるマリーを見ながら説明する。
普段通りの、至って真剣な調子であった。
「ふっふーん! すごいでしょう!」
肝心のマリーは、自慢げに鼻息を鳴らし、ふんぞり返っていた。
そして、雄矢はというと。
「……」
長い時間、たっぷりと沈黙した後──
「……は、はは……はははは……!」
──腹を抱えて、笑い出した。
「ははははは……! おっ、お前……! よ、よう、妖怪って……! はは……! ち、超能力の方がまだ現実味があるぜ……! ははは……!」
苦しそうな顔をしながら、雄矢が笑い声を上げる。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、怒りを通り越して、笑いが込み上げてきたのだろうと思った。
衛は、雄矢が考えていることが何となく分かった。
──元より衛は、自分に友の仇を討たせる気など無かったのだ。
こうやって冗談を言って煙に巻いて、厄介払いをしようと思っていたのだ──そんなところであろうか。
「はは……ははは……!」
笑い続ける雄矢。
その姿から、彼の落胆する感情が伝わってきた。
きっと、裏切られたような気持ちになっているに違いない。
自分の怒りと悔しさを分かってくれている、そう思っていたのに──と。
雄矢のそんな様子を衛が見ていると、マリーが不機嫌そうに頬を膨らませた。
「……む~。……信じてない……」
「むくれんなよ。これが普通の反応なんだ。妖怪なんて普通信じないさ」
そう言って、マリーをなだめる衛。
予想通りの反応だと言わんばかりの落ち着き方であった。
「それじゃあ、どうやって信じさせるの?」
「簡単だよ。見せてやりゃあいいんだ。……進藤、ちょっと良いか」
衛が、笑い続ける雄矢に呼び掛ける。
「はは……ああ? 何だよ?」
その声を聞き、雄矢が笑いを堪えながら返事をする。
笑い声は治まったが、顔には嘲るような笑みがこびり付いていた。
「面白いもんを見せてやる。……マリー、人形の姿に戻ってくれ」
衛は雄矢にそう告げると、マリーに要求を投げ掛ける。
その言葉に、マリーがきょとんとした顔になった。
「へ……? あ、うん、良いよ」
一拍間を置いて、コクリと頷いた。
次の瞬間──ボワン、という間抜けな音と共に、マリーの周囲から煙が噴き出した。
「うわっ!? 何だこりゃ!?」
雄矢の顔から嘲笑が剥がれ落ち、驚きに満ちた表情が表れる。
煙はマリーを包み込んだかと思うと、一瞬で消え失せる。
すると──
「……? ……え? あれ!?」
たった今までその場にいたはずのマリーの姿も、消えていたのである。
「……っ!? おい、何だ今のは!? あの子はどこに行ったんだ!?」
動揺した雄矢は、衛に問い掛ける。
そうしながら、きょろきょろと首を回し、マリーの姿を探していた。
「ソファーを見てみろ」
「……え?」
衛の冷静な言葉。
それに釣られるように、雄矢はマリーがいたソファーを見やる。
そこには──
「………………は?」
──少女が転がっていた。
金色の髪に、フリルとリボンのドレス。
マリーである。
だがその肌は、生物の性質を持った、温かみのあるものとは程遠かった。
人工物で作られた、無機質な肌であった。
同じく人工物で作られているであろう瞳は、天井の一点をじっと見つめていた、
一言で言うと──人形であった。
マリーとよく似た姿をした、西洋人形が転がっていた。
「あ……? え? ……な!?」
雄矢は、右の人差し指をその人形に突き付けながら、衛の顔を見た。
ぱくぱくと口を動かしながら、何かを訴えようとしていた。
だが、何かを言おうとしても、言いたい言葉が思い浮かばないようであった。
「よし、戻って良いぞ」
雄矢の反応を見た衛が、人形に声を掛ける。
すると再び、ボワン、という音とともに、人形の周囲に煙が立ち上る。
煙は人形を包み込み、また一瞬で消える。
するとそこには、マリーが佇んでいた。
無機質な人形などではない。
生きた肌を持った、元のマリーが立っていた。
「どう? これで信じてもらえた?」
そう言いながら、マリーがジトっとした目で見つめる。
相変わらず不服そうな表情であったが、心なしか、不満げな様子が若干和らいでいた。
そんなマリーを、雄矢は妙なものを見るような目つきで凝視する。
「は……はは……」
そして、引き攣った笑い声を上げた。
「い……いやいや……ど、どうせ手品だろ……? なっ、何かさ……ホラ……何かトリックとか──」
「今見たものが、手品に見えるか? 何か仕掛けがあるように見えたか?」
「だ、だって、ホラ……煙、ボワンって……そ、その時に、すり替えたり──」
「じゃあどこに人形を隠してたんだ?」
「そ、それは……」
己の中の常識に何とか当てはめようとする雄矢。
そんな彼に、衛は追い打ちをするかの如く問い掛ける。
「い……いや……でもよ……い、いくらなんでも、こりゃあ……」
雄矢が狼狽える。
どうしても、現実を受け入れることが出来ない様子であった。
その時である。
「……む~……。……ん?」
不機嫌そうなマリーが、何かを思いついたような顔になった。
「……むふふ?」
にやりとほくそ笑む。
その笑みを崩さぬまま、雄矢に問い掛けた。
「ねーねー? あたしが妖怪だって、ど~しても信じられないの~?」
「はぁ……!? あっ、あたっ、当たり前じゃねえか! 信じられるかよ、そんな嘘みたいな話! 手品か何かやったんだろ!?」
マリーに猫なで声で話し掛けられ、雄矢が動揺した様子でまくし立てる。
「ふ~ん、そ~なんだ~。むふふ~」
マリーはにやけた表情のまま、そう言葉を返す。
その姿から、怪しげな雰囲気が漂っていた。
それを傍らで見ていた衛は、嫌な予感を覚えた。
マリーの表情は、悪戯を実行しようとしている子供のそれであった。
その顔から衛は、彼女が何かを起こそうとしているのを見抜いていた。
一体彼女は何をしようとしているのか──衛がそんなことを考えていると、マリーがそれを実行に移した。
「それじゃあさ……どんな仕掛けの手品なのか当ててみてよ!」
「へ?」
マリーの言葉に、雄矢が間抜けな声を漏らした。
「行っくよ~!」
その言葉を合図に、煙を放出。
マリーが人形の姿に戻る。
すると次の瞬間、再び煙に包まれ、元の女の子の姿に戻る。
と思ったら、再び人形に。
そうしたらまた女の子に。
そしてまた、また──
マリーは何度も、目まぐるしい勢いで変化を繰り返していく。
「え!? ちょっ、え!? うぇ!? ま、待て、待てってちょっと!!」
それを見た雄矢が、悲鳴に近い声を上げる。
目の前で何度も繰り返される摩訶不思議な現象に、思考が追い付いていない様子であった。
「ほれほれほれ! どんなトリックを使ったのか当ててみなよ! ほれほれほれほれほれ!」
戸惑う雄矢──その反応に味をしめたのか、マリーは更に変化を反復させる。
「おいマリー! もういい! やめとけ!」
衛がたしなめる。
しかし、マリーは調子に乗って、何度も変化と解除を繰り返す。
次第に隙が少なくなり、変化の速度が上がっていた。
先ほどまで、室内は物静かな雰囲気であった。
だが今や、変化をする際に発生する間抜けな煙の音と、愉快そうなマリーの声、そして雄矢の悲鳴によって、騒々しい雰囲気に包まれていた。
「ほれほれほれほれ! ほれほれほれほれほれほれほれほれぇ!」
「うわっ、うわわわっ! や、やめろ、やめてくれーーッ!!」
するとその時。
「やめんかい!」
変身を繰り返すマリーを目掛け、衛がチョップを繰り出した。
「ほれほれほれほ──ホギャー!」
女の子の姿に化けた直後のマリーの頭頂部に、衛の手刀が炸裂する。
くらくらとよろけた後、しゃがみ込んで頭を押さえる。
「あだだだ……! あ、頭が、星が……!」
涙目になり、頭を擦るマリー。
衛はというと、普段のむっつり顔のまま、手刀を構えていた。
「混乱させてどうする。いくらなんでもやり過ぎだ」
「うぐ──す、すいません……」
自分が調子に乗っていたことにようやく気付いたらしい。
衛にたしなめられ、マリーが素直に詫びた。
「は!? あ……!? な……!? え!?」
雄矢は呆然とした表情のまま、その場に立ち尽くす。
顔中から汗が噴き出している。
完全に頭の中がパニックに陥っていた。
「……悪い、混乱させちまったな」
マリーに代わって、衛が謝罪する。
その声に、雄矢が顔を向ける。
喉で引っ掛かっている言葉を必死に吐き出そうと、まだ口をパクパクと動かしていた。
「でも、これで分かっただろ」
「え……!? な、何がだよ?」
若干気持ちが落ち着いたのか──ようやく雄矢が、言葉を話せるようになる。
そんな彼に、衛が結論を切り出した。
「『超能力は作り話の中にしか存在しない』──それが世の中の常識だ。それと同じように、妖怪は世間じゃ空想の中の生き物として扱われてる。だけどこうして、妖怪は存在するんだ。だとしたら──」
「『超能力も存在する』……ってことか?」
「ああ、そうだ」
「……おいおい……マジかよ……」
雄矢は俯き、頭を抱える。
世間的な常識を、未だに捨てきれないようであった。
「勘弁してくれよ……」
そんな彼に、衛は諭すような調子で語り掛ける。
「信じられないって気持ちも分かるし、混乱するのも分かる。……俺だって、昔はそうだった。初めて妖怪や超能力を見た時、めちゃくちゃ混乱したよ」
「……」
「だけど進藤。今だけでもいい。超能力の存在を信じてくれ。宮内は、確実に超能力に目覚めている。その事実を認められないまま、宮内とあんたが対峙したら……あんたは間違いなく、宮内に殺される」
「……」
雄矢が沈黙する。
そして、静かに目を閉じた。
衛の言葉を反芻し。たった今見せられた怪奇現象を思い返し。それらを、心にゆっくりと沁み込ませるかのように。
俯いたまま短くない時間考え込み──ようやく雄矢が口を開く。
「……ああ……分かったよ……」
雄矢が顔を上げる。
わずかにやつれ、観念したような顔付きになっていた。
「……妖怪も超能力も実在する。……信じるよ。俺の負けだ」
「……ありがとう。これでようやく、本題に入れる」
疲れ切ったような様子の雄矢。
彼を労わるかのように、衛はその肩をポンポンと叩いた。
「……う~ん。何だか良く分かんないけど──」
それまで口を閉ざしていたマリーが、首を傾げる。
直後、再び胸を張ってふんぞり返った。
「要するに、これもあたしのおかげって訳ね!」
「調子に乗ってんじゃねえ」
その頭に、衛がチョップを振り下ろした。
「ホギャー!」
次回は土曜日の午前10時ごろに投稿する予定です。




