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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
299/310

夢幻指弾 三十三

25

 ──遡ること数分前。

 一人の青年が、荒れ果てた街をすさまじい速度で駆け抜けていた。

 黒いジャケットの前を閉じ、スポーツサングラスで目を覆い隠している。

 その正体は、『魔拳』の二つ名を持つ退魔師、青木衛である。


 彼が目指す場所はただ一つ。秀児と野口のグループが陣取っている、山郷ビルである。

 衛は全力疾走を続けながら、廃ビルに突入してから自分がどのように動くのかを、何度も脳内でシミュレートしていた。


 今回の作戦は、衛の行動が要となっている。衛が活躍すればするほど、作戦の成功率も大きく上昇する。

 しかし、危険性も極めて高い。

 敵は無数の荒くれ者。中には喧嘩はもちろんのこと、殺人にまで手を染めた者までいる。

 対するこちらは衛一人。一応、衛にも仲間はいるが、彼らには別に大切な役割がある。彼らが心置きなく自身の役割を果たすためには、衛の奮闘が鍵となってくるのである。

 その上、衛はルチアーノとの闘いの際、右手を負傷している。そのため、右拳を使えないという大きなハンディを持っているのである。

 攻城野戦、孤軍奮闘──危険な作戦に違いなかった。


 しかし、衛に怖気づいた気持ちは微塵もなかった。

 それどころか、敵を全て打ち据えた末に、その勢いのまま秀児も叩きのめしてやるつもりでいた。


 ──やがて、扉が外された山郷ビルのエントランスが見えてきた。

 エントランスの前には、門番のように立ちふさがる二名のならず者がいた。全力疾走で向かってくるこちらに気付いたらしく、訝しげに睨みつけている。

 その奥の、メインロビーの前に、一人の男がいた。その男は、まだこちらの接近には気づいていないようであった。


「──!」

 彼は走る速度を緩めることなく──それどころか一層加速しながら、エントランス目掛け突っ込んでいく。


「オイ! 止まれコラ!」

「誰だテメェ! 何を──」

 門番たちが立ちふさがる。

 それでも速度を緩めることなく跳躍し、二人の頭上を軽々と飛び越す。

 そのまま着地することなく、右の足刀を突き出した。

 鋭い飛び蹴りの矛先は、門番達の罵声によってようやくこちらに気付き振り返った、カウンターの前の男──。


「え」

 ──一瞬、男の呆けた声が聞こえた。

 その口に向かって、疾風をまとった右足刀をぶち込む。

 男は悲鳴も上げることなく、奥のカウンターまで吹き飛ばされた。


 着地後、衛はすぐに振り返り、門番たちに向かって突進する。

「テメェ──」

 右の門番が、振り向きながら罵声を上げる。

 その時既に、衛は男の懐に飛び込んでいた。


「ッ!!」

 体軸を右に旋回させ、門番の顔面に左フック。

「ぶ!?」

 その勢いのままに、左の門番の右脇腹に右の後ろ蹴りを叩き込んだ。

「ッ、か、は──」

 ──右の門番はきりもみしながら吹き飛び、床に倒れて気絶した。

 左の門番は壁に叩きつけられたが、辛うじて意識は保っていた。


「うおおっ!!」

 衛はそのまま、壁にもたれかかった姿勢の門番の男に突進。

 門番の胸倉を掴み、死なない程度に手加減を入れた肘の連打で追撃を加える。

 男の鼻骨が折れ、口が切れ、額が裂け──苦悶の声と共に、血が溢れた。


「おいうるせえぞ!! 何騒いで──」

 その時、奥から怒鳴り声と、複数のドタドタという足音が聞こえた。

 衛が目を向けると、三名の半グレが走ってくるのが見えた。

 メインロビーの喧騒を不審に思い、様子を見に来たに違いない。


「えっ」

 直後、半グレたちの顔が強張った。

 男たちが硬直するのも無理はなかった。騒々しいと思い様子を見に来たら、自分の仲間が目の前で正体不明の人物から執拗に殴打され、なすすべもなく血祭りに上げられていたのである。

 彼らは皆、現在なぜこの場がこのような凄惨な状況に陥っているのか、混乱する頭を必死に働かせて考えているに違いなかった。


 そんな彼らに、衛は静かに言葉を投げかけた。

 ──この言葉こそが、今回の作戦の要であった。

「おい、野口はどこだ」


「え。え」

「野口はどこだって──」

 そう言いながら、パクパクと口を開くことしかできない増援たちに向かって──

「聞いてんだろうがアアアアッ!!」

「な──!?」

 ──掴んでいた門番を持ち上げ、怒号と共に思いきり投げ飛ばした。


 ならず者たち三人の体に、投擲した門番が直撃。

 男たちは門番の体を受け止めきれず、背中から勢いよく倒れた。

 衛はその三人の顔を素早く踏みつけ、意識を断ち切った。


「野口コラアアアアッ!!」

 叫び声を上げながら、衛が一階の奥へと突入する。

「ギャーギャーうるせぇぞクソが!!」

「誰だテメェコラァ!!」

 すぐさま、十人以上の半グレたちが姿を現した。

 長物や刃物で武装している者もいる。

(素手で喧嘩も出来ねえ腰抜けの雑魚カス共が!!)

 衛は心の中でそう吐き捨てながら、臆することなく加速する。


「死ねェッ!!」

 怒号と共に、金髪の男が金属バットを振りかぶる。

「うりゃあッ!!」

 衛は加速の勢いに身を任せ、素早く右上段回し蹴り(ハイキック)を放つ。

 しなるように繰り出された右脛は、振り下ろされた金属バットを『く』の字に曲げ、足の甲が金髪の顔面を弾き飛ばした。

 そのまま、右足を振り下ろして軸として回転し──

「イヤァッ!!」

 ──後続の茶髪男の横っ面を、左後ろ回し蹴りで一閃した。


「──ッ!!」

 オールバックの男が、ナイフで刺突しようと迫り来る。

 衛は床の折れ曲がった金属バットを掴み、手加減なしで投げつける。

「ぶ──!?」

 男の顔面に、バットが絡みつくように直撃。

 前に倒れ込もうとしている所を、衛は右の膝で追撃。

 男は前歯を砕かれ、床に口づけをする羽目になった。


「オオオオッ!!」

 足を止めることなく、衛は次々に渾身の打撃を半グレたちに見舞う。


 一人目、左ストレート──鼻骨圧壊。


 二人目、右ローキック──大腿骨粉砕。


 三人目、左掌底によるボディブロー──右肋骨損傷、及び肝臓にダメージ。


 四人目、右ローリングソバット──水月直撃、後方へ吹き飛ぶ。


 五人目、吹き飛ばされた四人目が直撃──背中から床に叩きつけられる。


 六人目。


 七人目。


 八人目──。


 放たれる必殺の一撃が、迫り来る敵を次々に屠る。立ち塞がる者たちを、気合の怒号と共に薙ぎ払っていく。

 しかし、敵はまだ大勢潜んでいる。

 奥のフロアだけでなく、二階から降りてきた半グレ軍団が次々に押し寄せてくる。


「クソが……!」

 衛は短く悪態をつくと、床に倒れている比較的軽症の半グレの両足を掴んだ。

 そして、両脇に半グレの両足を抱き抱え、その場でグルグルと回転し始めた。

 ジャイアントスイングである。しかし、一般的なジャイアントスイングよりも回転速度が速く、勢いも桁違いである。


「お、おお、おお!?」

 遠心力を伴いながら振り回されている半グレが、両手で己の頭を抱えながら動揺と恐怖の悲鳴を上げる。

「邪魔だアアアアッ!!」

 しかし、衛は動きを止めず、それどころかますますスピードと勢いをつけながら大回転する。

 衛と半グレは今や一体となり、巨大な人間台風と化したのである。

 そしてその台風は、周りを取り囲む半グレ軍団に、うねりをあげて襲いかかった。


「うわああっ!?」

「ギャッ──!?」

「ぶッ!?」

 振り回されている男の上半身が、周囲の増援たちに直撃する。

 鈍い音が、悲鳴が、血が上がる。

 屋内で発生した人工ハリケーンが、怖気づいた半グレ軍団を次々に薙ぎ払う。


 これぞ魔拳式ジャイアントスイング──『人間大旋風』。

 衛の人間離れした身体能力と三半規管を駆使し、対人間──かつ一対多数の状況において繰り出される、敵の一掃と威圧を目的とした必殺技である。


 また、この人間大旋風は次に放たれる技への繋ぎの役割も兼ねている。

 今、衛は猛烈な半グレ台風を巻き起こしながら、その次なる技の標的を既に定めていた。

 身長二メートル、体重一三〇キロはあろうかという筋肉質な男である。

 その頑丈な巨体を活かし、無慈悲なジャイアントスイングを阻止しようと迫っていた。


 衛は回転運動に急ブレーキをかけ、その巨漢を目掛けて──

「食らえェエエエエエエッ!!」

 ──振り回していた男を、ミサイルの如く射出した。

 人間大旋風からの連続技──『大旋風ミサイル』である。


「ぉ、ご!?」

 射ち出された半グレミサイルは、巨漢の顔面に着弾。

 いかに鍛え上げた肉体といえど、兵器(ミサイル)の前には木端の如し。

 巨漢はそのまま、着弾したミサイル半グレと共に壁面に吹き飛ばされ、動かなくなった。


 停止した衛は、素早く周囲を見回す。

 取り囲んでいた敵は人間大旋風により薙ぎ払われ、死屍累々たる有様となっていた。

 しかし、全ての敵を殲滅したわけではない。

 生き延びた数名の半グレたちが、遠巻きに衛を睨んでいた。


 ──その奥で、一人の男が何者かに電話をしていた。

「知らねえッスよ! 黒いジャケット着たグラサンのチビが、野口さんを出せって大暴れしてるンスよ!」

 悲鳴に近い狼狽した声で、電話の奥の相手にまくし立てている。

 相手はおそらく、野口か秀児──そう見極めた衛は、この日一番の大声を腹の底から解き放った。

 電話の相手に、こちらの『目的』を伝えるために。


「野口ィッ!! どこ行きやがったゴラァッ!!」


 雷が降り注いだかの如きその怒号に、その場の男たちがびくりと震える。

 その隙を見逃さず、衛は残る敵戦力たちを打ち据えていく。

 そして、電話をかけている男に向かって素早く疾走した。


「ヒッ! た、助け──ギャッ!?」

 怯えきった男の鳩尾に、渾身の前蹴りをぶち込む。

 男はその場に倒れ込み、手にしていたスマートフォンを取り落とした。


 衛はそのスマートフォンを見下ろすと、それに向かって再び怒号を浴びせかけた。

 この場に乱入したサングラスの人物の正体が、颯人の仲間ではなく、野口と敵対している何者かであると誤解させるために。

「隠れても無駄だぞ野口ィッ! 今日こそてめえのやらかしたツケを払わせてやる!! 出てきやがれェッ!!」

 そして、怒りのままに、そのスマートフォンを思い切り踏み潰した。

 その一撃で、スマートフォンは砕けた板チョコのように粉々となった。


「おい、誰だよお前!?」

「何しに来やがったテメェオラ!!」

 直後、少し離れた場所にあるトイレから、二人の男が姿を現した。

 動揺と怯え、そして敵意が表情に浮かんでいた。

 その奥──扉の開いたトイレに、男の子がいた。

 縛り付けられ、目隠しと猿轡で自由を奪われていた。

 そして、左頬には──叩かれてできたような、真新しい腫れ跡が見えた。


 その姿を見た瞬間、衛の全身から、煮えたぎるような憎悪と殺意が湧き上がった。

「……随分トイレが長えなオイ。便秘か? 下痢か?」

 怒りに震えるドスの効いた声を発しながら、衛はゆっくりと歩み寄る。

「え──」

「あ、あ──」

 それを見た二人の半グレの敵意が消え失せ、急激に顔が青ざめる。

 それに反比例するかの如く、衛の怒りは頂点に達した。

「便秘か下痢かって訊いてンだろうがコラァッ!!」

 怒号と共に、素早く踏み込む。

 ──左フック。

 ──右ハイキック。

 その二連打で、半グレ二人の頬を一閃。それぞれの顎骨を粉々に打ち砕き、ダブルキルした。


「フーッ……フーッ……」

 衛は心を鎮めるように息を整えながら、トイレの奥の子どもを見た

 子どもは縮こまりながら、体を震わせていた。目隠しの布には、涙が滲んで濡れていた。


 衛は、サングラスで覆い隠した両の瞼を、わずかに伏せた。

(……怖がらせてごめんな。全員、絶対に助けるからな)

 痛む心の中で、そう言葉をかけた。

 そして、踵を返し──突撃を再開した。

 目指すは、何者かが降りてくる足音が聞こえる階段──更に、その上の階である。


 手ぐすねを引いて待っている半グレ軍団を壊滅させるために。

 そして、囚われた何の罪もない子どもたちを救出するために。

 衛はわずかに鎮まった怒りを怒号へと変え、再び解き放った。

「どこだ野口ィッ!! 出てきやがれゴラァアアアアッ!!」

 本日、10周年となりました。

 ここまで応援してくださって、本当にありがとうございます。

 これからも魔拳をよろしくお願いします。


 また、活動報告に連絡事項がございますので、こちらもご一読ください。

 https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/428480/blogkey/3286948/

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