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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 三十一

23

 荒川区某所は現在、ゴーストタウン化の一途を辿っている。

 原因は、近年この一帯で多発した、凶悪な事件や事故である。

 殺人やテロを始めとした凄惨な事件。多くの命が失われた悲劇的な事故。亡骸も残らぬほどに現場を焼き尽くした大火災。そして、妖怪や悪霊が引き起こした、おぞましい怪奇現象。

 それらが多発したことによって、いつしかこの地区は呪われた地のように扱われるようになり、人々や企業は、逃げるようにこの街を去ったのである。


 ──現在、衛が佇んでいるこの廃工場も、治安悪化の煽りを受けて廃業した自動車整備会社のものである。

 場所は、秀児らが立てこもっているビルから、200メートルほど離れた地点である。

 この周辺には、こういった建物が無数に存在する。秀児や半グレたちから隠れるには、うってつけの環境であった。

 マリーと舞依は現在、秀児らの動向を偵察しに行っているところである。

 その間、衛はここに忍び込み、ウォームアップを行いながら、助手たちの帰りを待っていた。


「……戻ったぞ」

 外から、沈んだ声が聞こえた。

 舞依である。後ろには、俯きながらついてくるマリーの姿もあった。


「ああ、お疲れさん。どうだった?」

 衛が尋ねると、舞依はいっそう深く眉間に皺を寄せ、震える声を発した。

「……ぬしは行かんで正解じゃったぞ」

「……何があった?」

 衛が眉をひそめる。

 ──二人とも、様子がおかしい。

 どちらも、何かを堪えているかのように、体を震わせている。


「……子どもたちは、トイレに閉じ込められておった。10階を除いた各階に一人ずつ。窓からじゃったから、軽く中の様子を伺うことしか出来んかったが……」

「……どうした」

 衛が尋ねるが、舞依は声を詰まらせたままであった。


 しばらくして、マリーが声を震わせながら言った。

「……泣き叫んでる子に、手を上げてる奴がいたの」

「……!」

 ──衛の全身が、カっと熱くなる。

 鳩尾の辺りに力が入り、喉の奥から何かが込み上げてくる感覚がした。


「……あんなに怖い思いしてるんだもの。泣き叫ぶのも無理ないじゃない。それを、金髪の奴が引っ叩いて。そうしたら、叩かれた子がますます泣いて。そして、怒鳴り始めて」

「……」

「……あ、あたし、助けたかったの。でも、下手なことして見つかるわけにはいかなかったし。それで、我慢して帰ってきたの。……で、でも、本当はあたし、助けたくて、すぐにでも、助けたくて……!」

 マリーの声が、小さく震え始めた。

 目は潤み、じわじわと涙が込み上げている。


「……あたし……悔しい……!」

 マリーは堪え切れず、両目に溜まっていた涙をぼろぼろと零した。

 ドレスの裾を握った手が、ぶるぶると震えていた。

 隣の舞依は、無言で下唇を噛み締めていた。そうしながら、泣きじゃくる相棒の背中をさすっていた。


「……分かった」

 衛は一度深呼吸をした後、そう答えた。

 自身の口から出た声の震えは、思ったよりも大きく感じた。

「……辛かったのに、よく我慢してくれたな。もう少しの辛抱だ。子どもたちのことは頼むぞ」

 そう言うと、助手たちの肩に優しく手を置いた。


「……それと、今の話は颯人には内緒にしといてくれ」

「どうしてじゃ?」

「今の話を聞いて、あいつが冷静でいられると思えない」

「……確かに、ショックじゃろうな」

 舞依は目を伏せ、力なくそう答えた。


 ──その時、衛のスマートフォンから着信音が鳴った。

「もしもし」

『颯人ッス! 情報提供、あざッス!』

「ああ。今どこだ」

『ついさっき、秀児の実家を出ました! 20分くらいで廃ビルに到着するッス!』

「そうか。俺らは今、奴らが立てこもってるところから200メートルくらい離れた廃工場にいる。ついさっき、マリーと舞依に偵察に行ってもらったところだ」

『現場はどうでした!?』


 衛が助手たちを見る。

 マリーは涙を袖でごしごしと拭うと、怒りを堪えた表情で通話に応答した。

「どの階にも悪者がいっぱいいる。ほぼ全員、武器を持ってるわ。バットとかナイフとか」

『すごいな。そんな危ない場所まで、よく偵察に行けたね』

「舞依の念力で浮かんで、ビルの外から覗いたのよ」

「バレないよう、幻術でわしらの姿を隠してな。その時に、子どもたちがおる場所も見つけたぞ」

『人質の子たちか! 全員見つけた!?』

「うむ。子どもたちは、10階以外の1階層に1人ずつ囚われておる。場所は全員トイレじゃ」

 舞依がそう答える。

 衛の言いつけ通り、子どもたちがどんな目に遭っているかは伝えなかった。


「江上秀児は、野口とかいう奴と一緒に10階におる」

『最上階か! あの馬鹿、屋上から攻め込まれるかもとか考えてねえのか!?』

「屋上から攻め込まれても返り討ちにする自信があるのかもな」

『チッ、なめやがって!』

「それとも、上から攻めてきたらすぐに人質に危害を加えるつもりなのかもしれない」

『クソ、そんなこと絶対させるかよ! 子どもたちは全員、絶対無事に助け出す!』

「……ああ、そうだな」

 衛は、何とか平静を装った。

 やはり、子供への暴力のことは告げない方がいい──そう思った。


「よし。それじゃあ今から、作戦を伝える」

『了解ッス! どんな策です!?』

「舞依が考案した策だ。陽動作戦ってヤツさ」

 そう言いながら、衛はポケットからスポーツサングラスを取り出した。


「台無しにしてやろうぜ。あいつの悪趣味なゲームをな」

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