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魔拳、狂ひて  作者: 武田道志郎
第十四話『夢幻指弾』
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夢幻指弾 二十九

──その時であった。


「カウンターの上だ」


 壁際から、声が聞こえた。

 その場の全員が目を向けると、そこには先ほどの坊主頭の男がいた。

 どうやら目を覚ましたらしい。

 依然として壁にもたれかかったまま座っているが、顔色はだいぶ良くなっていた。


「……タカ」

 オールバックの男がそう呟く。

 タカ──それが、坊主男の名前らしい。


「……見てみろ。野口さんのライターがある」

 タカは、震える声でそう言った。

 衛は早足で店内のカウンターに向かう。

 そこには、純金製のジッポライターが置いてあった。


「……おいタカ。お前何やってんのか分かってんのかよ」

 仲間の一人が、低い声でタカに声をかける。

「分かってるよ。でも、もういい」

 対するタカは、何かを諦めたかのような調子で答えた。


「俺はもう抜けるよ。自首する」

「おい! 何勝手なこと──」

「もういいだろうが!」

 タカの震える叫び声が、ボロボロのバーに木霊した。


「……もういいだろ。グレるのは」

「「「……」」」

「……目が覚めたよ。ガキでもねえのに、いつまでもヤンチャしてたからバチが当たったんだ。足洗って、真面目に生きなきゃならないんだよ」

 タカは、沈痛な面持ちで声を絞り出した。

 彼が発するその言葉には、重みがあった。

 つい先程まで、死の淵に立っていたという経験から生じた、言葉の重みが。

 その重みを感じ取ったのか、ならず者たちは皆、言葉をなくしていた。


「なあ、あんた」

 衛はタカに歩み寄り、腰を下ろす。

「他に知ってることはないか」

 真剣な眼差しで、タカの瞳を見た。

 タカはそれをまっすぐに受け止め──ため息をついた後、ゆっくりと話し始めた。


「……秀児がさらわせた子供は、廃ビルの各階に一人ずついる。階数は全部で十階。どの階にも、俺らの仲間が待ち構えてる」

「どうしてあんたがそれを知ってる?」

「秀児から聞いたからさ。俺は元々、ビルに立てこもるメンバーの一人だったんだ。メンバーは、事前に作戦を伝えられてたんだよ」


「そのメンバーのお前が、どうしてここで死にかけてたんだ?」

「断ったんだよ。『絶対に嫌だ』ってな」

「……」

「俺はクズだ。喧嘩しか能のない、どうしようもないろくでなしだ。……そんな俺でも、越えちゃいけない一線くらいはある。……ましてや、ガキを人質になんて出来やしねえよ」

 タカは苦々しい顔でそう吐き捨て、俯いた。


「……ねえ、あんた」

 マリーが、タカにおずおずと話しかける。

 タカは顔を上げると、マリーに優しい表情を見せた。


「怪我、大丈夫?」

「……ああ。おかげさんでな」

「そう……良かった……」

 そう呟くと、マリーはほっとため息をついた。

 心から安堵したようすであった。

 彼女のそんな姿を見て、タカはくしゃりと顔を歪めた。


「……ありがとう。死ぬかと思った」

「うん」

「……本当に、もう助からないって思った。……ありがとな」

「うん」

 震える声で感謝するタカに、マリーは何度も頷き返す。

 そして、彼の手を取り、優しく言葉をかけた。

「ちゃんと償って、今度は真面目に頑張って」

「……ああ。……頑張るよ」

 タカは鼻をすすると、潤んだ目でそう答えた。


 衛は、マリーの頭を優しくなでると、タカに再び言葉をかけた。

「……俺の知り合いに、この場所を伝える。お前らが自首したがってることも伝えるから、ここで大人しく待ってろ」


 次の瞬間、動揺した半グレの一人が、衛に向かって叫んだ。

「おい、やめろよ! タカはともかく、俺らは自首するなんて一言も──」

「──まだ分かんねえのか?」

 怒気をはらんだ声が、衛の口から零れ出た。

 ゆっくり立ち上がり、振り返って周囲の男たちを睨みつけた。


「お前らはもう詰んでるんだ。じきに江上もお前らも捕まる。いい加減目ぇ覚ませよ。もうダサい真似すんな」

 ぴしゃりと現実を突きつける衛。

 彼の言葉に、男たちはようやく、自分たちが置かれた状況が理解出来たようであった。

 半グレたちの顔からは表情が抜け落ち、愕然とその場に立ち尽くした。


「おい」

 タカが再び衛に呼びかけてくる。

 目元に滲んだものを乱暴に拭うと、震えの収まりきっていない声で話し始めた。


「ビルにいる俺らの仲間は、八十人くらいはいるはずだ。全員、腕っぷしに自信のある奴らばっかりだ。殺人の前科(マエ)がある奴もいるぞ」

「物騒だな。しかもそこそこ多い」

「秀児の奴が、野口さんに昨日バーにいなかった奴にも召集をかけるよう命令したんだ。気をつけろ」

「分かった。用心するよ」


 そう言うと、衛と助手たちはバーの出口へと駆け出していった。

 三人を止めようとする者は、誰一人としていなかった。

 地上へと続く階段を勢いよくかけあがりながら、衛はスマートフォンで電話をかけ始めた。


「大門さん、お疲れ様です。情報を提供します」

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